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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.2.03 簒奪帝
117/252

115.簒奪帝攻略戦(3) ~月の姫~

 簒奪の暴君に挑む者たち有り。

 先陣を切るは月音・ブリュンヒルデ・フォン・アーベントロート。

 其は狂いし射手の呪縛より解き放たれた月の姫なり。


 

 □ ■ □



 雷で出来た竜。

 一度天空まで舞い上がったそれが校庭にいる充さん目掛けて殺到。

 わたしたちの目の前で大きな爆発を起こしました。

 もくもくと立ち上る爆煙。

 一瞬どきっとしたがよく見ると爆発から逃れた充さんが衝撃に吹き飛ばされつつも校庭の端まで飛ばされているのに気づきました。意識はしっかりしているようですぐに起き上がります。


「……さぁ、いよいよじゃぞ?」


 いつの間に来ていたのでしょうか。

 エッセさんが正門入ってすぐのところにいるわたしたちの目の前に居ます。


「あの雷こそが戦いの狼煙じゃ。今よりきっかり5分。

 それが最期におぬしらが賭けるべき運命の戦となろう」


 厳かに宣誓する声が耳に届きます。


 5分。


 エッセさんから提示された充さんを止めるためにかけられる時間。

 爆発から吹き飛ばされ起き上がった充さんは一瞬だけ雷の竜のもたらした破壊痕を見るなり、まるで敵を探すかのように周囲に視線を向けます。

 そしてエッセさんに向き直ります。しかしすぐにある一点、つまりわたしたちのところでその視線が止まりました。


「…………生憎と、ここからは彼女らの領分じゃな」


 そう言ったエッセさんの言葉が聞こえているのかいないのか。

 何かに驚いたように硬直する充さん。

 その表情はまるで―――。


「いくぞッ!!」


 出雲さんの声に思考を止めます。

 そう、のんびりしている暇はありません。

 すでに制限時間は減っていっているのですから。

 一分一秒が惜しい。


 忽然と姿を消した隠身さん以外、残りの全員が充さんのほうへと動き出します。


 正門から充さんまでの距離はおよそ50メートル。

 全力疾走であれば数秒の距離。


 ごぼぼぼ………がぼぼっ…。


 その半分くらいを詰めたとき、突然充さんの体から再び赤黒い液体が噴出し始めました。先ほどまでのエッセさんとの戦いで見せていたものと同じ。勢い自体は少し弱まっていますが反面これまでのものよりも濃く密度が高い禍々しさを放っています。

 体の表面が覆われていき再び鎧のように完全にその体を覆い尽くしてしまいました。

 中世の騎士の鎧を継ぎ目を極限まで減らし角や刃などの鋭角的な部分を増やしたらあのような外見になるでしょうか。

 変貌の過程を見ていなければこれが充さんだと気づかないくらい完全に覆われてしまっています。

 そのまま彼は天にその両手を掲げます。

 まるで鉤爪のように指を折り曲げたままで開いた掌が不気味に赤黒く脈動した瞬間、


 ……ィィィン。


「ッ!?」

「くっ!!」


 唐突に起こった耳鳴り。

 それは飛行機の上昇下降、電車のトンネルで起こるような気圧の変動によるもの。

 吸い寄せられるように周囲の風が充さんのほうへと向かっていきます。いえ、もしかしたら事実吸い上げられているのかもしれません。

 近づきたいわたしたちにとってみれば一見すると好都合のようにみえるその行動。ですが何の用意もなく向こうの望むタイミングで懐に入るわけにはいきません。

 わたしたちが背中を押すそれに抗うように足を踏ん張っていると、彼のほうはさらなる変貌を遂げていきます。


 ぼご…ッ、ぼごんっ…ぼごッ!!


 正面であるわたしのほうからはわかりづらいですが背面が不気味な音を立て、不自然に盛り上がっていきいくつもの瘤が隆起します。

 そのまま一定の大きさまで膨れ上がるとその部分の背中の装甲が空気を入れすぎた風船のように弾け、そこから赤黒い腕が出てくるのです。

 表面には時折血管のようなものが不気味に脈動するその腕の数は、


「8本……ッ」


 オオオォォォォォォ……。


 エッセさんとの戦いの最中も腕を伸ばしていましたが、一回り太いそれは明らかに別物。

 お伽噺の鬼を彷彿とさせる太い腕におぞましい血の律動を混ぜれば出来上がるかの如きもの。

 充さんが手を振りおろすとその4対の腕がまるで矢のような速度でこちらに向けて伸びてきます。勿論その標的はわたしたち一行。

 触れるだけで致命傷になると確信させる恐ろしさを感じさせつつ向かう黒の腕たち。

 ですが誰ひとりとしてそれを避けようとしません。

 むしろ向かっていくかのように少しずつ前に進んでいきます。

 どうしてなのか。


 信頼している。

 作戦通りあれをわたしがどうにかするということを。命を任せて自らに出来ることにだけ集中するその姿がそれを明確に感じさせてくれました。

 文字通り命懸けの信頼。


 それに応えたい。

 むしろ応えられなければ女が、否、わたしが・・・・廃ります。


「いきます、充さん」


 聞こえていないかもしれないけれど。

 それでも構わないとばかりに口にして、その決意を形に。



 ―――“かぐや姫プリンツェッセン・モーント



 発現。

 天上に煌めく真白き月の光を受けるような錯覚と共に自らの裡、その深い底に潜んでいた魂の扉が開かれていきます。

 “メリーディエース”さんと名乗る、どこかエッセさんに似た女性。

 彼女によって呼び起こされたわたしの“魂源アニマ・ゲネシス”。

 いわばそれはわたしそのもの。

 だからどれほど初めての力であったとしても、間違うことなく使うことが出来ると自身が囁きます。

 わたしの本質は“応えに返す”こと。

 先ほどわたしの問いに対しての綾さんの応えに死を退ける力を返したように。


 それが形を成していきます。



「装え―――“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”」



 ふわり。

 まるで何かショールのようなものを肩にかけるようなそんな柔らかい感覚に包まれます。

 そんな不可視の見えない羽衣を纏ったそのときから思考が変質していきました。


 厳かで冷たく静かに。

 怯えも力みも気負いも焦りも混乱も、スムーズな思考に不要な全てが薄く小さく。

 さながら竹取物語のかぐや姫が羽衣を纏った瞬間、それまでの翁たちを思う心を失ってしまうかの如く。


 “天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”。

 わたしの能力である“かぐや姫プリンツェッセン・モーント”の基本にして中核。

 充さんのあの鎧のような装甲の如く、自らを護る防具としての役割を持つと同時に纏うことで能力使用に関わる不都合な感情の揺らぎをクリアにし内包されている能力を十全に尚且つ拡張して使えるようにするもの。

 

 その間にも腕が伸びてきています。

 すでに先頭を往くクズノハさんに触れる寸前。



 ばぢんっ!!!



 まるで弾かれるようにその腕たちが弾かれます。

 正確には弾かれる、というよりは拮抗しているに近いでしょうか。

 触れる数センチ手前で何かに邪魔されているかのように腕は進めなくなっています。見えない壁を押しているかのようにぶるぶると拮抗。 

 クズノハさんや出雲さんが前に進むに連れてその壁も押し出されていくかのように、腕がどんどんと押し切られていきます。

 “天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”の防護。

 それはわたしの意志次第て一定の範囲まで広げることが出来ます。それが赤黒い腕を妨害しているものの正体。

 ですからこのままわたしと一緒に行けばクズノハさんたちは問題なく近づくことが出来るでしょう。

 でもそれだけです。

 近づけたとしても攻撃するためにはあの鎧そのものと相対しなければならない。

 弾くだけでは攻撃することが出来ない。


 さらに一歩。

 能力を深く差し出す。



 ―――ならば、問いましょう

 


 わたしの意志から離れてわたしの口が語りかけます。

 物理的な言葉でなく、思念のようなものなのかもしれません。

 相手が耳を塞いでいようと音が聞こえない状態でも関係がないのですから。

 これは儀式のようなもの。

 能力が発動するために必要な欠片。


 突然の声に驚いたのか壁にぶつかって力任せに押そうとしていた腕たちが緩んだのがわかります。

 


 ―――其は―――


 ―――奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたい奪いたいッ!!!



 綾さんにしたのと同じように始まろうとするも、問いかけようとするも相手からまともな思考が返ってきません。ただ奪いたいという意志そのものの奔流だけが暴れ狂う一色の闇。

 その意識のままに腕たちが一気に拳を振り上げて障壁を破ろうと殴りかかってくるのを冷めた目で見据えます。


「それが……“応え”ですか」


 がががががっ!!!


 肉と肉がぶつかる音。

 赤黒い拳とぶつかったのは蒼白い手。

 わたしの背後の何もない空間から、彼と同じように同じ数の蒼白く脈打つ腕が現れて8本の腕を受け止めたのです。

 腕と腕が押し合い完全に拮抗。


「ならば…その答えを“返し”ましょう」


 ばきぃぃぃんっ!!!


 金属が砕けるようなそんな響きと共に蒼白い腕が赤黒い腕と溶け合うかのように消滅。

 充さんが身に纏っている鎧の背面まで到達し一部剥げるように砕け落ちていきます。

 あれだけエッセさんの攻撃を喰らったときであってもすぐに噴き出して復元していたその護り、ですが今回はまったく復元する気配がありません。


 やったことはただひとつ。


 彼の奪う力をそのまま同じだけ返してあげただけ。

 1の力で奪うのであれば返すことで逆方向に1だけ奪う力を与える、つまり1にマイナス1をぶつけて消滅させたことになります。単純に形を破壊したのではなく奪う力そのものを破壊したと言えばわかりやすいでしょうか。


「……………く…ぅ」


 思わず胸を押さえます。

 早鐘のように高鳴る鼓動。

 体の中のエネルギーをごっそりと抜き出されでもしたかのように激しい消耗。

 能力の使用に対する代償。


 エッセさんは5分間だけ、充さんの能力が弱体化している、とそう仰いました。

 こうして面と向かって対するとそれを実感させられます。“返す”ためにはまず返すその“応え”を受け理解する必要があります。

 受けた彼の能力は鎖で繋がれた獣のような鈍さと弱さを感じさせるもの。

 にも関わらずそれを相殺するだけで、今のわたしの全力を持っていったことになります。

 同じ“魂源アニマ・ゲネシス”を基にした能力にも関わらず、今尚増大し膨れ上がっていく彼の力に差を感じてしまいました。

 彼の心を乱しているのがあの能力そのものであれば、あれを完全に相殺しきれればそれでなんとかできるかもしれないのに。

 今日与えられたばかりの能力と、単独で主人公プレイヤーたちとの戦いを経て磨き抜かれた能力の違いのためでしょうか。わたしと彼の能力の間には埋めがたい差があり、その望みが叶わぬことだと告げています。



「……あとは頼みます、皆さん」


 立っているだけで精一杯。

 口惜しくないと言えば嘘になるかもしれません。

 わたしにもっと力があれば一気に助けることもできたかもしれないのに。

 それでも今はその気持ちを飲み込んで、向かっている皆さんを見送ります。

 

 これで簒奪する能力は一時的に封じることが出来たはず。

 最低限の役割は果たしたのでしょう。

 エッセさんの作戦通りに他の皆さんが成功することを祈るばかりです。


 残り時間は4分30秒。。


 荒い呼吸を落ち着けながら。

 ふと、充さんを見据えます。


 わたしがあれほど恐れた主人公プレイヤーすら倒してしまうような人。

 だから本当はとっても恐ろしいと感じるべきなのでしょう。

 確かに怖くないとは言えません。



 でも、なぜなんでしょうか―――



 ばきん、と顔を被っていた兜のような装甲が半分だけ砕け隻眼を覗かせる彼。

 そこから見えるのは無表情で昏い瞳だけ。



 ―――行き場を無くした幼子が暴れているかのような、そんな風にしか見えないのは。





 皆、貴方のことが大好きなんです。

 だから―――もうそんなに泣かないで。



 それは、人の感情を抑制する“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”を持ってしても中々どうして御しがたいと思えるような切ない想い。




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