111.集う絆
お待たせしました。
活動報告にある通り、無事にひと段落したので投稿を再開します。
降り下ろされる一閃。
それを相手は両手に装着した手甲鉤で受け止める。
金属同士が擦れる不快な音が一瞬だけ響く―――
「ぐぁぁぁっ!!?」
―――はずもなく、その両手が手甲鉤諸共両断された。
腕を失った激痛に悶え苦しむ相手の腹に蹴りを入れて吹き飛ばしてから、背後に迫る攻撃を横にズレることで回避する。
頬の横を流れるように滑っていくのは釵。
琉球、今の沖縄の古武術で使われていた武器で、剣にも似た形状ながら刺突に剥いた棒状、そして手元の柄が相手に刺さるように向いているのが特徴だ。
見切りの未熟な奴が紙一重で避けようとすると、柄から曲がった脇の先端が突き刺さるという注意が必要な武器。
だがわかっていれば反応することは難しくない。
特に格下の使い手が相手ならば。
さらに振り回してくるのを体勢を低くして避けながらすれ違い様に胴を薙ぐ。相手が防具をつけているのと重要な臓器を切らぬように加減したため、胴を両断するほどには至らなかったものの結構な切り傷になった。少なくともあれだけの出血では戦闘を続行するのは不可能なほどに。
「力の差は実感しただろう。今なら間に合う。さっさと治療しに行くんだな」
慌てて河童の軟膏を出し始める相手を見下ろしながら、そう告げる。
暗にこれ以上を望むのなら、もう殺すしかないと圧力をかけることも忘れない。もっともこれが圧力になるかどうかは相手次第なのだが。
例え腕がなくなったりしたとしても、主人公であるならばいくらでも癒す術はある。
だからどんなに深手を負わされたしても、死ぬほどのものでなければ大事には至らないが、死亡となると話が別だ。
豊富な資金と人脈さえあれば、死亡後の再出現ポイントの設定や、死後の蘇生を手配することは出来るし、それを商売としている会社はこの街にもある。
だがそれはあくまで出来るかどうかといえば可能、というだけの話。
費用を含め様々なデメリットを考えれば死ななくて済むというのならそれに越したことはない。
周囲を確認すればそれぞれ傷を負って倒れる主人公たちの姿。男女比率としては圧倒的に男が多く、総数としては15といったところか。
それなりの腕を持つ者から、駆け出しだろうというようなレベルまで様々だ。
足を狙って機動力を殺した者、武器を破壊して攻撃力を奪った者、技を破って戦意を砕いた者、再生能力を見越して深手を与えた者、術が使えぬように意識を奪った者、様々いるが全員生きていることだけは確かだった。
しばらく様子を見ているが他に戦意がある者はもういない。
どうやら意思を砕くのには成功したらしい。
「まさか……“刀閃卿”が、ここまでとは…」
そんな言葉を背後に聞きつつ、先に進んでいく。正直なところ、元々負けるわけのない話ではあるがここまで殺さないように手加減して尚一蹴できたのは、轟との戦いの成果が大きいわけだがいちいち答える必要がない。
これ以上構っている暇はないのだから。
時計を見ればすでに8時半になろうかとしている。
転送された廃ビルで“蛮壊”こと轟と戦った。
なんとか決着をつけたのはいいものの、アレを使った反動で半日ほど動けなくなっており、なんとか帰宅したのはすっかり暗くなってからだった。
伊達の動きは気になるもののあの戦いの中で携帯含め装備品はほとんど壊れてしまっていたため、一度準備を整える必要があり、帰宅。
飛ばされた廃ビルは隣の市だったため、電車とバスで1時間ほど。
ようやく自宅に帰ってくると固定電話のほうに綾の家から留守番電話が入っていた。
『充の件で今から学校に行きます。主人公とか色々聞きたいことは山ほどあるけれど、これを聞いたら連絡下さい。あと、私のほうは隠身ちゃんたちが護衛してくれてるから大丈夫です。出雲も気を付けてね』
最初聞いたときは、一体何があったのかわからないが無事だということに安堵した。
それと同時に背筋が凍った。
なぜか主人公のことがバレている。
可能性としては隠身が姿を消したままでは守りきれずにバラしてしまったのかもしれない。
メッセージの入っていたのは午後7時過ぎ。
俺が帰宅するほんの10分ほど前のこと。
思わず固定電話から携帯の方に掛けようとするも致命的なことに気づいた。
……携帯のメモリーに頼っていたせいで番号がわからん。
家のどこかにはデータのバックアップがあると思うが探している時間がないのも事実だった。
仕方ないので、とりあえず着信のナンバーから綾の家にだけ一報入れ戻ってきたら連絡もらえるようにだけ手配をして準備に取り掛かる。
装備一式を手にして一路学校に向かった、というのが今の状況だ。
学校に近づくにつれて人払いの結界がしてあるのに気づく。
綾の言う通りこれが充絡みというのであれば、伊達の仕業なのだろう。
それを肯定するかのように伊達家の主人公たちによる待ち伏せ。見ない顔も混じっているので新加入した連中もいたようだが、それを撃破したところになる。
ぶぉんっ、と刀を振って収めてから先を急ぐ。
綾であれば電車を使うか、もしくはタクシーだろうが、今回は俺はすぐ近くまでバイクでやってきた。途中の路地やら信号手前の細道でショートカットできる分だけ若干ではあるがこっちのほうが早いだろうから。
もしあの電話をかけたすぐ後に出たというのなら、そろそろ追いついてもいいはずだ。
合流したらまずは情報交換だな。
そんなことを思っていると十字路の向こう側からやってくる一団が目に入った。
タイミングよくというのか、その女性たちの集団は俺が探している人間が混じっていた。
「綾!」
声をかけると、女性陣のうち一人、幼馴染の和家綾が駆け寄ってきて抱きついてくる。
思わずこっちも抱きしめ返そうとすると、腕の中の綾は怖い顔でこっちを睨んできた。
間違いなく怒っている。
「連絡もなしにどこいってたの!」
「悪い」
「色々と隠してたことあるのもう知ってるんだからね!」
「すまん」
「あとで全部話さないと許さないんだから!」
「申し訳ない」
ぬぅ…。
そのまま、随分怒られた。
下手に反論すると長引くので、非があることは素直に謝り続けるしかない。
「本当はもっと言いたいことがあるけど、今は急ぎだからここまでにしとく」
「助かる」
さて、他のメンツを見ると、3人のうち2人は心当たりがあった。
一人は隠身。
こいつについては俺が綾の護衛を頼んでいたので理解できる。
もう一人は月音先輩。
充を交えて会話をしたことがあるから忘れるはずもない。ただそのときの月音先輩とは何か雰囲気が違うような印象を受ける。
「……月音先輩がどうしてここにいるかも気になるが、そちらの女性は?」
もうひとりいるポニーテールをした赤毛の女性。
聞いては見たものの、手に長刀を持っている主人公で、この立ち振る舞いから感じられる実力を持っていそうな人物はもう限定的だった。
「“刃姫”のクズノハ、って言えば、わかる?」
「…どうも。お久しぶりです」
顔を見るのは初めてではあるものの、会ったのが初めて、というわけでもない。
上位者同士、イベント戦ではよくも悪くもお互いに活躍を知っている。
「どういった繋がりで、なんて野暮なことは後で聞いてもらうとして……アンタが今ここにいるってことは綾さんからの連絡は聞いているって話でいいの?」
「留守番電話のほうなら。生憎、携帯のほうは襲われたときに壊されてしまいまして」
「ほら、言った通りだったでしょう? こういった不足の事態もありますから、固定機にも掛けておく、というのは有効なのです。携帯が便利過ぎて失念してしまいますけれどね」
「みたいですね……」
クズノハは綾に対してはなぜか恭しい。
まるで年上の使用人が年少の主に優しく諭すようだ。
「わたしたちはこれから学校に向かいます。クズノハさんの情報網によって、伊達政次が充さんを待ち伏せして捕らえようとしているとの報を得たからです」
「情報って言うほど大したもんじゃないけどさ。アタシの昔馴染みが“千殺弓”の誘いに乗ってどうなってるのか教えてくれてるだけなんだから」
なるほど。
だから俺をあのタイミングで排除しようとしたのか。話を聞いてみると、綾や月音先輩も襲撃を受けたらしい。
俺を轟で排除し、その隙を逃さず綾や月音先輩の確保、そして充を待ち伏せる。
充の行動を把握していて日にちを限定したのか、それとも充が現れるまで待ち伏せするつもりだったのかはわからないが、そのへんはどちらでもいい。
問題なのは今、充が学校にいるということ。
つまりそれを助けようというのであれば、伊達の陣営と真っ向から衝突することになる。
戦力的には問題はない。
轟との戦いを終え装備もしっかりと整えた今のオレであれば“千殺弓”と真っ向勝負はおろか、奴にいくらか取り巻きがいても普通に勝利できる。
こちらはさらに隠身とクズノハがいるのだ。
向こうに“境界渡し”が居るとしても勝敗は明らか。そもそも奴については伊達の奴と心中してまで共闘することはないだろうけれど。
なのだが―――
「綾と月音先輩は…帰ったほうがいいんじゃないか?」
いくら重要NPCといっても、それはあくまでNPCの中で特別ということ。
主人公たちの戦闘能力とは比べ物にならない。
護るものがある、ということはそれだけ戦闘に制限がつくし、危険にも晒すことになる。
「危険なのはわかってる。でも……」
「自分だけ見て見ぬフリが出来ないのはわかる。だが…」
「黙って聞いていたら女々しいことを! アンタが守ってやりゃ済む話じゃない。それともその自信はないっての? 男のクセに好きな相手の一人くらい護れないで何が彼氏か!」
横にいたクズノハにツッコまれ思わず言葉に詰まる。
「もしアンタが反対してもアタシと隠身が護るだけ。その度胸がないんなら精々軟弱な男らしくガタガタ震えてたらいいんじゃない?」
「よ…クズノハさんッ!」
あまりに挑戦的な言い方を綾に嗜められてクズノハは申し訳なさそうに黙る。
いつの間にこんなに仲が良くなっていたんだ…?
「クズノハさんが言った通り、二人は私が学校に行くってわかった上で守ってくれるって約束してくれたの。だから出雲が止めても私は行くよ」
「…………」
ああ、もうダメだ。
この目をしているときの綾は何を言っても聞きやしない。
こうなったら以上は仕方ない。
覚悟を決めるか。
「龍ヶ谷さん」
声をかけられてそちらを向く。
「綾さんのことならご心配なく。まだ十全ではありませんがその身を護る力を与えています。無論得手不得手はあるでしょうけれど、クズノハさんと隠身さんがいらっしゃれば問題はないでしょう」
静かにそう言う月音先輩。
力を与えている、というその言葉に違和感を覚える。
「信じて頂けるかはわかりませんが……」
そんな俺の態度に気づいたのか、
「わたしの“能力”で綾さんには、不死者や実体のない相手に対抗できる力を与えさせて頂きました。先ほど綾さんたちからお聞きした“境界渡し”の結界はクズノハさんが対抗できるとのことですし、物理の通じる相手であれば隠身さんも動けます。
あとは直接攻撃から護れる龍ヶ谷さんが彼女を護ってあげて頂ければ万全と思いませんか?」
やはり何か違う。
まず端的に違うのは控えめではあるが、その自信。
伊達に人生を滅茶苦茶にされて追い込まれてから出会ったためか、か弱く感じられた最初の印象と違い、全てに覚悟と自負を持っているかのようなそんな立ち振る舞いをしている。
凛と、という表現がこれほど似合う変貌は余りない。
だが彼女は“能力”と言った。
そう聞いて、まず思い浮かべることが出来るのは“天賦能力”だ。
“神話遺産”保有者たちから与えられる特殊能力。
つまり彼女の変貌の背後にいるのは―――、
思考を遮ったのは、この場にいる誰とも違う澄んだ女の声。
「―――いや、それは間違っておるの」
全員がそちら、学校のほうへ続く道へと振り向いた。
上位者たちが揃っている状況において何の気配をさせることもなく、そこに彼女は立っていた。
俺たちがまったく感知もできなかった、ということは影も形もなかったと表現してもおかしくない。
だが声を発した瞬間、これ以上ないほどの圧倒的な存在感が場を包んだ。
銀に輝く髪をたなびかせた美女。
その見た目と裏腹にその中に内包された脅威。
数々の歴戦を乗り越えた俺たち上位者ですら、その力を図りかねるほどの違う次元の存在とでもいえばいいのか。
蟻がライオンと向かい合っていればこんな気分になるのだろうか。
なぜここにいるのか。
そんな疑問よりも先に、呆然と目の前でその名を呼んだ。
「………エッセ、さん…?」
GM。
管理者。
充を助けた相手。
彼女がそこに立っていた。
まったく気配をさせなかったためクズノハと隠身が警戒度を瞬時に最大限にまであげたが、俺が知り合いの様子を見せると一時的に殺気が抑えられた。
「“南”さん……? いえ、違う……」
一瞬誰かと勘違いしたのだろうか、月音先輩が戸惑いの表情を浮かべた。
「わらわをそのへんのレベルと一緒にしてもらっては困る。とはいいえ、詳しく話してやりたいが時間があまりない。言えることはただ一つじゃな」
いつか充の家で実体化した際に見た、どこかの民族衣装のような幻想感を漂わせる布地の多い服装を翻して彼女は続ける。
以前と見た目はまったく同じ。
だが何かが決定的に違うのだろう、その折には感じられなかった絶大な力を感じる。
「もうしばしで伊達とやらと、充の決着がつくじゃろう」
そう言った瞬間、学校の方から轟音が聞こえてきた。
結構な音だったが誰も家から出てこないのはやはり結界ゆえか。
綾や月音先輩が心配して見るからにそわそわしている。
その様子にエッセさんは苦笑しながら、
「予測が正しければ無事に勝利を掴むじゃろう。じゃが問題はその後じゃな」
言霊のように不思議な響きが頭の中に染み入るように入ってくる。
どんな理屈かわからないが、その言葉が事実であるということを無条件で信じてしまう。
「このままでは、あやつは世界から弾かれる」
ぴきり。
世界から弾かれる、その言葉の意味はわからない。
だが何か致命的にヤバいことなのは感じられた。
「まだ早すぎる。
今のまま世界から逸脱してもそれは単に恐るべき化け物の誕生にしかならぬ。
じゃから戻すために力を貸してもらいたい。
一刻を争うがゆえに、詳しい説明は終わった後になるが容赦してもらいたい。
ただ、そこな娘、月音の能力、上位者であるクズノハと隠身の戦闘能力、そして幼馴染である綾と出雲のあやつとの絆。
どれが欠けても、成し得ぬイベントとなろうぞ」
頷く月音先輩。
俺と綾は言わずもがな。
クズノハと隠身もエッセさんを見ながらどこかで見た覚えが…と頭を捻りつつも続く。
「感謝する」
微笑を浮かべてからエッセさんは深々と一礼した。
「そしてその意気に敬意を評し改めて名乗ろう。
わらわの名はエッセ。おぬしらの言うところのゲームにおける、GMというやつじゃ」
「っ!?」
いや、クズノハも隠身も驚き過ぎ。
仮にも上位者なんだからGMコールしたことくらいあるだろうに。
いや、あったとしても実際のGMコールなんて主人公として生きていく中で1、2回あるかどうかだから、覚えていろというのは酷か。
ただまぁ改めて納得した。
世界に弾かれる、という意味はわからない。
だがおそらく言葉面通りであれば世界にとってよくないことには違いない。
GM。
彼女は世界でバグが起こったときに対処する存在だったことを今更ながら思い出した。
109話の最後に充のステータスを追加致しました。
ご覧になってない方はご確認下さい。




