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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.2.02 千殺弓
111/252

109.終わる復讐

 ぞぶり…。


 伸ばした手が、伊達の体を縛り上げている赤黒い液体にめり込む。まるで泥の中に手を突っ込むようなそんな感覚。


 どくん…ッ。


 まず奪ったのはその“瞳”。


 名を“傲慢なる門アッロガーンス・ポルタ”。


 霊力を注ぎ込んで発動させるタイプであり、同時にその同じ目で狙いを付ける必要があるため、両目が機能している状態では発動させることが出来ない。使用の際はもう片方に目隠しをするか手で隠すといった物理的な視覚遮断が必要となる。

 つまり使用条件は呼び出すモノに応じた霊力と技能、及び片目のみでの視界。


 流れ込んできた力を理解する。

 なるほど、だから伊達が眼帯をしていたわけか。もっと早くわかっていればもうちょっと楽に勝てたかもしれないが、これはわからないので仕方ない。


 同時に先ほどまでの攻撃も判明する。


 “無限の矢サギッタ・インフィニタース


 上記の“傲慢なる門アッロガーンス・ポルタ”から、見えない矢を呼び出して放つ技。厳密には視線がそのまま矢になるようだ。

 つまるところ視線さえ通っていれば距離に限りがない。地平線の先ですらも見えさえすれば届けることが出来る。今の伊達の体勢であれば月に撃つことだって出来るだろう。もっとも、あの程度の爆発が月に何度あたったところで月は揺るぎもしないわけだが。

 おまけに通常の矢と違い所有者の霊力があれば矢弾の数に制限もない。

 二つの意味で無限の矢。

 これで視線を使っているため狙ってから発動までが即座だというのだから、いくら“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”であったとしても苦戦するのは当然だろう。


 かくして伊達の目はその特殊能力を奪われ、ただ魔術の回路として使えるだけの品に成り下がった。


 ごっぷん…ッ。


「……ぐぁッ!!?」


 警戒すべき不可視の攻撃が無くなった今、一気に赤と黒の濁流が伊達の体を覆い尽くした。なんとか脱出すべくもがこうとするが完全に押さえつける。

 生憎とこちらは従来の鬼の膂力と主人公プレイヤーたちから奪った腕力まである。全身に分配したとしても、後衛職である4位になんとか出来る力ではない。


 どくん…ッ。


 次に技能スキルを。


 狙撃。

 弓(和洋)。

 投擲。

 話術(詐欺)。

 体捌き。

 狂気。


 いや、最後のは要らないから奪うのやめておこう。

 ん? レベルが凄く低いけどなんか変なの持ってるな。


 魔術ソーサリーか。 


 技能を奪うとそれに付随した特殊能力を得ることも出来た。


 “与一の毀矢”

 “暗視像ナイトヴィジョン

 “威圧ブロウビート


 体からありとあらゆる技能と特殊能力を吸い取られる感覚はどんなものなのだろうか。

 相手の表情からすると余り気持ちがいいものではないらしい。

 まぁ、奪ってる側にはさっぱりわからないが。


 どくん…っ。


 引き続いて入ってきたのは能力値。

 腕力は正直大したことはない。ただし技巧、つまり技術と巧緻性についてはかなり高い。遠慮なく頂くことにしよう。残念ながら運だけは吸収出来なかったが。


 ん?


 霊力についてはほとんど消耗していない。

 あれだけ“与一の毀し矢”を乱発していたにも関わらず、である。

 どうも体の表面にくっつけていた紫色した水晶みたいなものから補充を受け取っていたようだ。モノは試しとその水晶からも奪ってみると、随分と大量の霊力が入ってきた。

 消耗戦に持ち込まなくてよかった、と思える量だ。


 殺せ。

 奪え。

 憎め。

 奪え。


 ―――ぐッ。


 一気に流れ込んできた霊力に反応した“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”が体から荒れ狂う。なんとか抑えはしたものの、すでにオレの体から半径2メートル以内はもれなく荒れ狂う流体の海になっていた。


 奪え。

 盗め。

 奪え。

 奪え奪え奪え―――


 まずいな……、長く保たない。


 急ぐ。

 最後に奪うものは決まっている。



 ―――そう、主人公プレイヤーそのもの。



 形あるものではない。

 その中でも最も奪うのに労力が必要なそれ。

 相手の内部もやもやとして漠然と漂っている大元を掌握し掴みあげる。


 流れ込む。

 流れこんでいく。


 世界に祝福された補正をそのまま奪う。

 ぐらぐらと沸き立つ感情を制しながら、冷静に確実に難度の高い簒奪を行う。

 


 ―――出来・・



 完了だ。

 

 ごぷん……ッ!!


 伊達を被っていた“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を解除。

 突然解放された彼は反射的に体を動かして距離をあけようとするも、思い通りに動かない体に愕然とした表情を浮かべた。


「……何をした!!?」


 取り乱しながら伊達が問う。

 だがその表情に先ほどまでの迫力や不気味さは感じられない。

 心理的なものなのか、それとも物理的な力量差のせいか、哀れなほど貧弱に映る。


「自分でも、わかっているんじゃないですか?」


 本当はもっと奪いたい。

 最期の命の一欠片まで。

 例えこの憎しみが理不尽・・・なものだとしても。


「もう、ログアウト・・・・・できない」


 嗤う。

 まるで伊達のようだ、と自嘲しながら。

 そんなものまで奪った覚えはないのだけれど。


 確かめるように伊達が一瞬だけ黙り込んで何かを思案しているかのように動きを止める。


 だがそれもかすかの間。

 動きを再開した副生徒会長は見ていて面白いほど顔を引き攣らせた。


「そして―――」


 右手で右目を覆う。


 ぎゅらり。


 最低限まで出力を抑えた“無限の矢サギッタ・インフィニタース”が伊達の足元に着弾。

 爆ぜた衝撃。

 奴は堪えようとしつつも足がまるで踏ん張れずに倒れる。

 なるほど、こりゃ便利だ。


「もう他の全部・・・・を奪った」


 ようやく事態を飲み込めたのだろうか。

 かすかに震えるように立ち上がる伊達に、わかりきった事実を突きつける。


「もうお前は主人公プレイヤーじゃあない。

 力無く無力な一般NPC…そう、お前が虫ケラのように思っていた虫ケラ自身だ」


 一度死ねばおしまい。

 偶然力のある存在の戦いに巻き込まれて死ぬかもしれない、そんな本人たちには見えない薄氷の上の静かな暮らし。

 お前たちが理不尽を押し付けてきた存在。

 だからお前にはその生に必死にしがみついてもらおう。

 なぁに、大丈夫。

 オレだってそこからのし上がってきたのだ。

 本人にやる気があれば、なんとでもなるものさ。

 才能とか特別な立場とか補正とか、全部剥ぎ取った一般市民のまま、頑張ってくれ。



「さぁ、楽しめよ―――そして、ようこそ、この世界へ。一般NPCモブくん?」



 今日からこの世界が貴様の現実リアル



 ―――それこそが、絶望だろう。



 声を失って棒立ちになった仇に興味を無くしたオレは周囲を見た。

 さすがに校庭が荒れ放題だ、というか部活棟とか結構ボロボロだが、どうしたものか……。

 出来るのは知らんフリして逃げることくらいなんだが……結局のところ、出雲や綾がオレのことを覚えているのかはわからなかったな。


 激情が落ち着くと、“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の制御が乱れてきた。いきなり無理をさせ過ぎたかもしれない。

 発動してから1時間もしないうちに随分と奪ってしまった。

 奪うも奪ったり。

 肥大化した能力の操作が意識を尋常じゃないほど乱している。


 とりあえず、モーガンさんか八束さんに相談、かな。

 特に八束さんなら同じ略奪系の能力だから、こういう場合の対処方法を教えてくれるかもしれない。そこまでなんとか保てばいいんだけど。

 …………さすがにこのままでは電車にも乗れないな。

 徒歩でいくしかないか?







「……………なるほど」



 しばしの絶望の後。

 その男―――伊達政次は静かに嗤った。

 だがその嗤いはどこか浅い。


「確かに…ああ、確かに見事な意趣返しだ。悪くない。間違いなくそれはボクにとって絶望だ。

 思わず呆然としてしまったよ」


 その瞳に宿るのは狂気か。

 いや、瞳だけではなく全身。

 すでに彼に残されたのはそれだけなのだから。


「能力を奪ったのもあながち間違いではないのだろう。ああ、なるほど、このまま命までは取らぬから虫ケラとして生きていけという恩情というわけか、確かに気が利いている、お優しいことだな」


 ざわり、と。

 風が哭く。


「だが!!!」  


 伊達は手にしたままの弓を握りしめた。


「この伊達政次!! 貴様程度の恩は受ける必要はないなァッ!!」


 キュィィィィィ…


 手にした弓が帯電するかのように弾ける光を発する。

 咄嗟のその動きを、オレは阻止しなかった。


「わからぬキミには教えてやろう、元の世界に戻る方法は2つ。通常通り、こっちの言葉でいうところのログアウトをするか、それとも死ぬか」


 ばぢんっ!!

 ばぢんッばぢんっ!!!


 眩しく目が潰れるほどの光。

 直視することなどできない。


「ボクに負けはない!!! いずれ別の主人公プレイヤーとなって、愛する月音くぅぅん、と添い遂げる!! これはそのための試練というわけか! なるほど! 肯ける!!」


 圧倒的なエネルギー量。

 弓がまるではち切れんばかりに脈動しているようだ。


「ならば!!! キミだけはここで仕留めておこうじゃないかッ!!!」 



 溜まりに溜まった雷光が満ち。

 弾けた。



「月音くぅぅんに手を出せないようになァァァァァッァッ!!!」



 その伊達の叫びと共に。

 弾けた。



 ドォ…ォォンッ!!!



 伊達の体が。



 吹き荒れる爆発。

 猛烈な衝撃を“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”でガードしつつ、そのまま目の前の煙を見ていた。視界いっぱいに爆煙が広がっている。



 自爆。



 だがおそらくオレを巻き添えにして爆発したかったはずで、自分だけが爆発するなど計算外もいいところだっただろう。

 これがわかっていたからこそ、オレはそれを阻止しなかった。


 一般NPCは主人公プレイヤーを害せない。

 それが世界の理とするならば、あのような過負荷をかけて自爆するような爆発が上手くいくわけもない。


 例えば、偶然マンションの上から落ちてきた鉢植え主人公を避けて偶然脇役に当たるように。

 例えば、道を歩いていて主人公は石に躓いて頭を打って死んだりしないように。


 例えば、武器に過負荷をかけて爆発させようとしたら、たまたま偶然・・・・・・不具合があって爆発させようとしていた本人に力が逆流したり。


 それは比べるまでもない結果。


「残念、あんたはそのことをちゃんと理解していそうだったのにな」


 さんざ特別特別言ってた本人が、自分が逆の立場になったときにそれに気づいていない。

 なんて滑稽なことだろうか。


 命は助けた。

 だがその上で自死へ落ちてしまったのなら、それはもう知ったことではない。


 すこしして煙が落ち着くとゆっくりと近づく。

 爆心地には直径2メートル、深さ50センチほどのクレーターが出来ている。

 主人公プレイヤーであった頃ならいざ知らず、ただの一般NPCとなった今ではさすがにあの爆発に巻き込まれては一溜りもなかったのだろう。

 本人は跡形も無くなっており、身に付けていた装備品が弾けて散乱しているだけになっている。

 その脇には手にしていた弓が落ちていたので、ゆっくりとそれを手に取った。


 和弓に分類されるであろう大きさの弓。

 伊達が使っていたくらいなのだから、何か曰くのある武器なのだろう、と思い形見代わりにそのへんに散乱している矢ごと隠袋に入れておいた。



 ―――終わった。



 体を満たしていた情念の火が消え失せ虚ろになるような錯覚。

 まるで抜け殻。

 かろうじて憎悪の鎖で縛りあげて制御していた“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”が徐々にその拘束を解こうとしている。まぁ制御を解き放っても自分自身の本質には違いないから、周囲への被害はともかくオレ自身がどうにかなるわけではないが。


 どれくらい奪ったのだろうか。

 ふとステータスチェッカーを起動させる。



三木みき みつる

 称号:な し

 年齢:16

 身長:170センチ

 体重:63.7キロ

 状態:良好

 種別:主人公▼

 属性:???/???/???/???

 斡旋所ランク:8級

 評価ポイント(貢献ポイント):400(400)/800

 筋力:68

 敏捷:59

 巧緻:52

 技術:56

 極め:36

 知力:38

 生命:46

 精神:38

 霊力:481

 魔力:38

 運勢:0

 所持金(P)/借金(P):2740/2700

 総合Lv:38

 所有職キープ・ジョブ

  逸脱した者ハエレティクス LV.38

  武芸者マーシャルアーティスト Lv.23

  潜伏師ハインドマスター LV.3

  拳闘士ボクサー LV.17

 技能スキル

  杖 15.27

  刀 23.78 

  鎖鎌 17.10

  槍 18.11

  十手 12.32

  見切り 18.52

  投擲 28.14

  狙撃 48.12

  弓(和洋) 47.21

  話術(詐欺) 21.76

  体捌き 18.11

  拳闘 17.88

  組み技グラップル 23.32

  物理隠密(小) 3.12

  気配隠密(小) 0.98

  感知 11.97

  魔術 22.87

  陰陽術 31.80

 特殊:

  簒奪帝デートラヘレ・インペラトール

  自動再生(弱)

  重心制御

  煙狼召喚

  暗視像ナイトヴィジョン

  威圧ブロウビート

  傲慢なる門アッロガーンス・ポルタ

 技:

  与一の毀矢

  無限の矢サギッタ・インフィニタース

 武器:な し

 防具:な し

 その他:河童の軟膏(10)、制氣薬(2)、百眼の小手、

     雷上動、水破、兵破、曲ツ矢(20)、三日月刀



 ………なんか凄いことになってるな。

 使いこなせるのか、これ?


 まぁいいや。

 後のことは、とりあえずゆっくりしてから考えるか。


 そんなことをふと考えたとき―――



「充……?」


 あり得ない。

 絶対にあるはずがない。


 そんな聞こえるはずのない人物の声が耳を打った。

 


 ようやく伊達に勝利!

 長かった…。


 追記:

 矛盾があったため本文中の伊達のセリフの内容を修正しました。

 指摘してくださった方、感謝です。


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