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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.2.02 千殺弓
108/252

106.それぞれの抵抗

 飛鳥タワー。


 そう呼ばれる建物がある。

 市庁舎にほど近い市の中心部にある電波塔である。

 東京にあるスカイツリーほどの高さではないが、それでも全長で250メートルは優に超えている。その150メートル地点にある展望台。

 営業時間をすっかり過ぎてしまったそこに、人影があった。


 長身の男だ。

 若干長い髪を後ろに流しているせいで、その力強い眼差しがわかる。

 バイクにでも乗ってきたのだろうか。そんな黒いレザーのツナギのようなものを身に付けている。立ったまま組まれた腕は筋骨隆々というほどでもないが細いながら弱い印象はない。

 全身一分の隙もなく鍛え抜かれ絞られてでもいるかのような鋭さを感じさせた。

 同時に独特の雰囲気を漂わせている。

 例えるのなら強烈な雄度、とでも言うべき風格。

 剥き出しの野生が人型に押し込まれ落ち着いているかのような錯覚を覚えるほどだ。

 

 彼は静かに見つめていた。

 眼下にはすっかり日が暮れてネオンの灯り始めた街並みが広がっている。

 視線はその中のただ一点。

 とある高等学校だけを凝視するように睨みつけていた。

 と、そこで男の耳がぴくりと動いた。


 ぞぉん…ッ。


 少し耳障りな音と共に、やや離れた距離に幾何学的な魔方陣が浮かび上がり光を放ったそこから、一人の美女が姿を見せた。匂い立つような、そんな表現がぴったりとする色気のある、健康な男であれば誰でも視線で追ってしまう女性。

 であるにも関わらず、男はつまらなそうに一瞥すると視線を戻した。


「あら、アンタ、こんなところで何をしてるのさ」

「知ってて聞くな、魔女モーガン

「ホント可愛くないねぇ。いくら仕事とはいえ、独りで見張るのも退屈だろうから、アタシが一緒に見てあげようって親切心を感じられないとかどうなのさ」

「そりゃどうも。だけど生憎ここの展望台、関係者以外の一般客は有料だ。せめて切符買って来い」

「面倒じゃない。転移魔術ひとつで済むんだから、さ」


 その男―――八束煉は肩を竦めた。


「しかしアンタがこんな地味な監視の仕事させられてるとはねぇ。普通こういうのは監視員みたいな連中がやるんじゃないのかい?」

「監視するだけならいいけどな、いざとなったら周囲に被害を出す前にどうにかしなきゃならないだろ。曲がりなりにも、主人公プレイヤーの中でも有力な連中が集まってるんだ。

 いくらうちの人間でも、まともな人間にゃ荷が重い芸当だぜ?」

「本音は?」

「…………付き合いが短いつっても弟分は弟分だからな」

「…アンタ、損な性分だねぇ」


 人狼は視線を逸らす。


「ああ、あと根本的な質問があるんだけど」

「なんだよ?」

「犬って視覚ダメだったろう? こんなところから見てるよりも、屋外の嗅覚が活かせる場所のほうがよかったんじゃないかい?」

「………妙なことはよく知ってんだな。っつか、犬じゃねぇよ! 狼だ!」


 モーガンの問いかけに少しため息をつきながら、八束は右手にだけはめた黒い革手袋を見せた。分厚く重量感はあるものの光沢が全くない。くすんでいるというわけでもなく、まるでとめどなく光を吸い込んでしまうかのような黒。


「追ってるのは闘争の気配だ。魔王ラーヴァナの調整も兼ねてな」


 と、そこまで会話が続いたところで、彼は急に視線を戻した。

 無論モーガンも同様に。


「ホント、タイミングがいいよなぁ……」


 呆れたような声色。だがそれを言う男の口元にはにやりとした笑みが浮かんでいた。


「―――はじまるぜ」


 その言葉を裏付けるように、見ている学校―――飛鳥市立第二高等学校、その敷地内にある建物の一階が黒い光に包まれ鳴動した。



 □ ■ □



 地下室の天井を吹き飛ばした。

 ガラガラと破片が落ちてくる。上は倉庫になっていたため、ひしゃげて破損した器具なんかもガラガラと落ちてきている。

 しばらく様子を見て、地下室に倒れている聖奈と一般・・NPC・・・たちに物が落ちて来ないのを確認する。

 すでに髑髏頭巾から死霊魔術とかいう技能を奪った関係で鎮馬の死体は動きを止めていた。いくら動かせるといってもオレにそのつもりはない。今後もおそらく使うことはないだろう。

 動かなくなった死体を見下ろし少しだけ思いを馳せてから、動く。


 たん…っ。


 わずか一歩。

 それだけで地下から一階の床の上まで跳躍できる。

 わかってはいたが吸収した主人公プレイヤーたちの身体能力に舌を巻く。


 だがそれも一瞬。


 倉庫の扉を蹴飛ばして出ると、部活棟の廊下にはひしめき合うように10人ちょっと主人公プレイヤーたちがいた。見ると武器を持った者ばかりで構成されている。

 十文字槍、十手、鎖鎌、長巻、鉾、ボウガン、などなど。

 ちょっと珍しいところでは軍刀みたいなものを持っている奴もいる。

 通常屋内で戦うにあたっては槍みたいな長柄武器は邪魔になりやすいが、部活棟の廊下は割と広く3メートルほどある。

 それでもまだ狭いといえば狭いものの、それを補うように長柄武器を持っている者の周囲にスペースをあけるようにそれぞれが位置取っているあたり、さすが主人公プレイヤーと言うべきか。

 

「……………」


 だがその中に伊達はいない。


「政次様なら上だ。だがそう簡単に通すと思うなよ」


 鎖鎌を持っている鎖帷子の男がそう言った。

 ああ、なるほどね。そういうことなら誘いに乗ってやろう。


「告げる」

 

 静かに左手を前に差し出す。


「ここから先はゲームじゃない。やるのなら本当の意味での命を賭けた戦いになるだろう、退くのならば今のうちだ。退くのなら追うことはない」


 ゆっくりと告げる。

 一体何を言っているのか、というような顔で主人公プレイヤーたちが首を傾げる。

 だがそんな様子でもオレは何も思ったりはしない。

 別に本心から退かせようとは思っていない。

 いや、違うか。

 退こうが退くまいがどちらでもいいと思っていたに過ぎない。

 敢えて警告したのは、単に昔三木充だった存在ものとしての流儀でしかない。


「確かにお前は強そうだけどよ、レアモンスターを前にして引けるもんかよッ!!」


 鉾を持った相手がそう叫ぶと、同意するかのように他の連中も雄叫びをあげる。

 明確な開戦の意志が込もった鬨の声ウォークライ


「レアモンスター…か」


 それならばそれで構わない。

 かすかに浮かんでいた人間らしさを再び埋没させる。

 お前たちがそう望むのであれば、そう在ろう。


 今のオレは三木充ではなく―――世界を奪う獣であろう。

 

「おおおぉぉぉぉ…ッ!!」


 主人公プレイヤーたちが突撃してくる。

 

 まず飛んできたのはボウガンの矢。

 明確に頭を狙ってきた矢を首を少し動かすだけで避ける。いい腕だがこっちの目的はもっと腕のいい弓使いだ。この程度は眼中にない。

 続いて鉾の先端。

 こちらも半身になることで狙いから反れる。そのまま鉾の持ち手に触れようとして、ふと相手の後ろを見る。

 十手、仕込み杖、十文字槍…、まだまだ攻撃手はいる。

 鉾の持ち主をどうにかしたところで、さらに攻撃されるだけだろう。


 ぞわ…ッ。


 だから黒い霧になって通り抜けた・・・・・・

 

「…………え?」


 一番奥にいた鎖鎌の男の目の前に立つ。

 何が起きたのかわからず男は無様な間抜け面を晒していた。

 オレがすり抜けた主人公プレイヤーたちも突然オレが目の前からいなくなったことに狼狽しつつ、通り抜けて背後に現れたことに気づくと、すぐに体勢を立て直してこちらに振り向こうとする。


 だが、すでに遅い。


 オレは通り抜けた。

 だがただ通り抜けたわけではない。

 その身に纏っていた“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を一部その場に残して、だ。


 結果として、移動したオレと残された“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の間の通路の床は、まるで何かを引きずったかのように赤黒い液体に染まっていた。

 主人公プレイヤーたちが立っているのは、その上。


 起動。


 赤黒い床がまるで開いた獣の口のように、牙を生やす。

 まるで巨大なトラバサミのようだ、と言えば適切だろう。サイズが3メートル幅の通路一杯ほどで随分デカいことを除けば。

 だが、これは紛れも無く狼の顎なのだ。


「……呑め、ワルフ・・・



 ばぐッんっっ!!!



 まるで本を折りたたむかのように、床が立体的に隆起してそのまま一気に口を閉じた。

 無論、為す術のない主人公プレイヤーたちを飲み込んで。


「ひ…っ…」


 その様子をオレ越しに見ていたのだろう。

 腰を抜かした鎖鎌の男がガタガタと震える。

 今、オレの背後では通路一杯にハマっていると思えるようなサイズの、口を閉じた狼の頭がもぐもぐと喰らった主人公プレイヤーたちを吟味していた。

 実際のところは食べているわけじゃなく、口の中で“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”が主人公プレイヤーや装備品それぞれから、その生命以外のありとあらゆるものを奪っているのだが、そんなことを知らない鎖鎌の男にはただ無残に咀嚼されているようにしか見えないだろう。


「わ、わかった。退く…退くから…ぁ…ッ!!」


 伊達への忠義よりも恐怖のほうが勝ったのだろう。

 鎖鎌の男は武器を投げ捨てて懇願する。

 そのまま、なんとか四つん這いで逃げようとして、


「………っ!!?」


 体が動かないことに愕然とする。

 すでに赤黒い液体が自分の足元の床まで染めていたことにようやく気づいた。 


「退かないのか…なら、仕方ない」


 違う違う違う、と必死に首を振ろうとする男を冷たく見下ろす。

 すでに警告はしたのだ。

 一度牙を剥いてからの敗走を許すほどお人好しではない。

 

 なぜなら―――


 ―――こいつらの誰かが綾を連れ去ったというだけで、もうこれ以上抑えておけるはずがない。


 必死に飲み込んだ憎悪が溢れないうちに退いておけばよかったものを。


 ごぼんっ…ごぼぼぼぼぼぼ……ッ!!


 膨れ上がる憎悪がそのまま形になるかのように、さらなる赤黒い流体が吹き出し体にまとわりついていく。背後にいたワルフは再び床に身を沈め、そのまま残っている“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”ごとオレの体の中へと戻っていく。

 鎖鎌の男は悲鳴をあげることなく、その澱みの中に埋もれていった。



 ごぼ…っ…。ぞぞぞぞッぞぞぞぞぞッ!!!



 敵を倒して落ち着くどころか、体から湧き出る赤黒い気流や液体はさらにその噴出速度を増していく。

 複数の霊力を一気に奪ったせいか、能力が活性化しすぎている。

 何もかもを破壊したくなる衝動を抑えながらなんとか歩き出した。


 万能感と共に、何かが失われていくのを感じる。

 それが何を意味しているのかはわからない。


 ゆっくりと二階へ階段を登っていく。 

 生きてはいるものの意識を失っている男たちだけが1階の廊下に残された。


 誰もいない二階を素通りして、さらに階段を登り三階へ。

 見覚えのある廊下が感傷を刺激する。


 オンラインゲーム部。

 ジョー、水鈴、咲弥、先輩方。

 ほんの少し前まで在った、毀れて戻らない日常。


 だがそれでも足を止めるには至らない。

 4階にやってくると、ようやく人影が現れた。


 廊下の奥のほうに集まった一団。

 その数は10人ほどか。

 彼らは通路に2人並んでおり、10人でその並びが5列の陣形を組んでいる。

 オレの位置からその先頭までは10メートルほど。

 その間に5メートル地点から1メートル刻みで4枚ほど色のついたガラスのようなものが通路いっぱいに立てられていた。


「ふはははは!! よくぞここまで来たな! だがそれもここまでだッ!! 我らクラスの術者に結界を張らせる時間を与えるとは迂闊だったなッ!! しかも! 陰陽術師であることの私もいるのだから!」


 何やらそのうちのひとりが偉そうに口上を述べている。

 その男は知らない顔だが、隣にいる奴の顔には見覚えがある。

 木槌男と戦ったときに背後から攻撃をしてきた男だ。

 集団のうち半分はその男と同じような式服を着ているので、おそらく技能が同系統なのだろう。

 つまるところ、あれは術者の集団ということか。


「さぁ、大人しく討伐されるがよい!!」


 その言葉を皮切りに、連中がそれぞれ符やらを使って何かを唱えると、攻撃が飛んできた。

 飛んできたのは火球。

 最初は小さな火の玉がいくつも飛んできていたのが、それぞれがまとまって大きな一個の火球に化けて命中する。


 ごぅぉぉぉ、ぉんっ!


 命中するなり爆発。

 体を被っていた“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”が8割がた吹き飛ばされた。

 なるほど、大した威力だ。

 だがそれだけ。


 オレには焦げ目ひとつついていない。


 間を置かず体の中から“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の流体が吹き出していく。再びそれが体を覆おうとしているのに気づくと、相手は慌てて次の攻撃をしてきた。

 オレはゆっくりと歩き出す。


 雷光。

 水弾。

 土礫。

 風刃。

 石槍。


 どれも同じ。

 一時的に表面の“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を吹き飛ばすが、オレには一切の効力をもたらさない。

 それは当然だろう。

 オレの裡にいる煙狼ワルフはモーガンさん曰く、特別製だ。

 一定強度以下の魔術を吸収して自分を強化しちまう優れモノとまで言わしめた吸収術式。術の系統が違うからちゃんと発動するか不安ではあったが、問題なく動いているらしい。

 術者たちが力を合わせて放った攻撃はどれもそれなりに強力だが、“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の防護を突破するのに半分以上の力を使ってしまっている。

 つまりオレに届く頃には傷つけられるだけの一定強度を保てていない。

 わかりやすくいえば―――


 ―――伊達とやりあう前の補給にしかなっていない。


 結界の目の前までやってきた。

 ゆっくりと触れると、結界は澄んだ音を立てて綺麗に砕け散った。


 そんな面白い顔をしなくてもいいのに。

 思わず嗤いながら術者たちを見据える。


 一歩。

 また一歩。


 のれんをくぐるように結界を取っていく。

 その度に割れて消えていく。 


 近づく毎に濃くなっていた恐怖の表情がついに飽和したのか、術者たちは今度はそれぞれ別の術を使い始めた。

 オレの周囲にいくつもの影が現れる。


 鬼。鬼。鬼。鬼……。


 それぞれ体格や持っている武器、格好は違うものの、紛れもない鬼たち。

 どういう理屈かは知らないが、オレのワルフと同じように使役しているのだろう。


 ずぷん…っ。


 が、考えなしにも程があった。

 オレの周囲に直接出現させるなど、奪ってくださいと言っているようなものだ。

 足元から床へ一気に赤黒い液体が波のように広がり、鬼の足を駆け上がる。


 ………ああ、これが式神か。


 奪い理解し使う。

 鬼たちが一斉に術者たちへ視線を向ける。



 自らの鬼に叩きのめされた術者が“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”に飲み込まれたのはそのすぐ後だった。 



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