全てを失って
いつも読んでいただきありがとうございます!本日先ほどのものに引き続き2本目のアップです。ブックマーク、評価、書き続ける上でとても励みになっています。このあと、物語は大きく変化して後半に入っていく予定です。ハッピーエンドになりますので、どうぞ安心して引き続き読んでいただけると幸いです。
ルナは、カーテンから差し込む温かい光と共に、とても安らかな気持ちでその日の朝目覚めた。昨晩のオリヴァーの柔らかい手と唇の感触がまだ残っていた。
ルナは一緒に朝食を取ろうと、同じ寄宿舎にある使用人のエミリーの部屋へと向かった。しかし、ノックをしても何の反応もない。しばらくすると、通りがかった他の使用人仲間がルナに言った。
「…ルナ様、残念ながらエミリーは昨夜、イブリン様にグリフィス家の使用人の職を解かれてしまいました。もうここに来ることはないでしょう。」
ルナは、しばし硬直したあと、呆然とした表情と浮かべ、その場に膝から崩れ落ちた。
***
一方その頃、オリヴァーはチェスターの屋敷でチェスターと共に朝食を取っていた。執事が2人のカップにコーヒーを注ぐ。オリヴァーは前日もルナとのディナーを終えるとチェスターの屋敷で、ゲストルームに泊まっていた。東側の窓からは、朝日が射しこんでいた。2人はこんがり焼けたトーストを口にしながら、話し始めた。
「オリヴァー、昨晩はどうだった?」
「素晴らしい夜でした。チェスターの計画のおかげです。あなたはどうでしたか?エミリーとは上手くいきましたか?」
「ああ…あんたの作戦は上手くいったよ!ディナーに誘うことに成功した。最後に…いい思い出が残せてよかったよ。」
「最後に?」
オリヴァーがどうして?という表情で聞く。
「僕は今晩、イブリン様との結婚を親族や関係者の前で発表するんだ。これ以上両親に迷惑はかけられない。僕はエミリーのことを愛している。でも、家のために覚悟を決めたよ…。最後にエミリーに会って素晴らしい時間を共に過ごせて、僕の気持ちを伝えられて…。もう後悔はないさ。」
「あなたは…それでいいのですか?」
「…」
チェスターは黙って目をそらすと、コーヒーを一口すすった。
「それがあなたが考えぬいた上での結論というのであれば、私はあなたの友人として否定しません。結婚おめでとうございます、チェスター。」
「ありがとう、オリヴァー。」
チェスターは笑ったが、オリヴァーにはその笑顔が心なしか引きつっているように見えた。
2人は朝食を終えると、オリヴァーの記憶の手がかりを探すために、オリヴァーは屋敷の書庫が見たいと言って、書庫に向かっていった。チェスターは、午後3時頃まで自分の部屋でヒントになりそうなものを調べたあと、屋敷で最長老の祖母であれば何か知っているかと思い、屋敷の別館にある祖母の部屋へと向かっていた。
***
「アイラお祖母様、いらっしゃいますか。ご無沙汰しております。チェスターです。」
チェスターは部屋に入ると、祖母に挨拶して言った。
「あらまあチェスター!久しぶりね。元気にしていた?」
チェスターの祖母アイラは齢100を数えようとしながら、未だ頭はしっかりしていて、気力十分だった。背中は曲がっていたが、それを感じさせない凛としたオーラを持っていた。
「ご存じでしたらで構いません。お祖母様、オリヴァー・モーガンという者をご存じではありませんか?」
「オリヴァー・モーガン…随分と懐かしい名前だねぇ。」
「やはり…!ご存じでしたか。知っていることでしたらなんでもいいのです。話していただけませんか?」
チェスターは、興奮した様子で祖母と横並びで祖母の部屋の木製の椅子へと腰を下ろした。チェスターの祖母はゆっくりと口を開いた。
「オリヴァー様は、それはそれは美男子でねぇ…。屋敷内でも物凄い人気だったよ。特に使用人の女子からね。私にとっても憧れだった。竹を割ったような性格でとても男性からも人気があったけどね。色んな有名な家の令嬢との縁談もあった。でもね、なんでも若い頃に恋した相手が忘れられないって話で、生涯孤独を貫いたよ。勿体ない話だねぇ。」
「…ありがとう、お祖母さん。他にはなにかありますか?なんでもいいんです。」
「ちょっとお待ちね。」
チェスターの祖母はチェスターの手を借りながら部屋を歩き、引き出しを開けると、中にあった1枚の絵を見せた。そこには、オリヴァーにとても良く似た若い男性と、子供の頃の祖母アイラが描かれていた。
「どうだい、男前だろう?私の宝物さ。私に会う時はいつもお菓子を持ってきてくれてね。またお菓子を持ってきてくれるからって約束したんだけどね。会うのはこれが最後になってしまったよ。」
(これは…間違いなくオリヴァーだ。過去からやってきたというオリヴァーの話はまぎれもなく本当だった…!)
「この絵が描かれた頃からしばらくして、オリヴァー様の晩年はとても寂しそうだったと聞いているよ。生涯伴侶がいなかったということもあるけれど、ずっと周囲に『失敗した、失敗した』とうわ言を呟いていたそうでね。気が触れてしまったようで、次第に誰も話しかけなくなってしまっていたそうだよ。そして早くして亡くなってしまった。」
その時、バタン、とドアの開く音がして、オリヴァーが息を切らしながら部屋に入ってきた。
「チェスター、この時代にやってきた目的が分かったんです!今何時ですか?」
「オリヴァー、今は午後4時過ぎだけど…あんた、目的が分かったのか!」
オリヴァーはとても悲しそうな顔をした。
「私は失敗した…!思い出すのが遅くて間に合わなかった。すぐに手紙と万年筆をいただけませんか?早くしないと…!」
オリヴァーはチェスターの両肩を掴むと、鬼気迫る表情で言った。
「ああ、分かった。すぐ用意する!」
「そんな…まさか…オリヴァー様、オリヴァー様なの…?」
チェスターの祖母アイラは信じられないという様子でオリヴァーに近づき、上へと手を伸ばして顔に触れた。
「アイラちゃん、久しぶりだね。元気だったかい?…これで、約束は果たせたかな?」
オリヴァーはその場で片膝を付き、にっこりと笑顔でたくさんお菓子の詰まった袋をアイラに手渡すと、アイラはその場で顔をくしゃくしゃにし、声を上げて涙を流した。
「これで大丈夫か?」
「ありがたい…。」
チェスターが便せんと万年筆をオリヴァーに渡すと、オリヴァーはすぐに床に紙を置いて手紙を書き始めた。急いで書き終えると、手紙をチェスターに渡して言った。
「これをルナに…!必ず届けてくださいませんか。」
「ああ、分かった!必ず!」
「チェスター、ありがとう。君は私の大事な友人です。この3日間、本当に楽しかった。」
オリヴァーはそう言い終えるやいなや、すーっと半透明になり、やがて数秒で見えなくなった。後には、オリヴァーがさっきまでいたところでキラキラと空中に光る白い粒子と、手紙を手に立ち尽くすチェスターと、涙を流す老婆の姿だけが残されていた。




