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作戦開始

 ルナは、その日夕方からグリフィス家の屋敷でおこなわれるという、チェスターとイブリンの結婚披露パーティーの準備をしていた。急遽決まったとのことで、使用人が全て駆り出されて作業に従事していた。昨夜解雇されたエミリーを除いて。


 ルナはエミリーのこともあって、なかなか仕事が手に付かなかった。こんな時にオリヴァーがそばにいてくれたら…。オリヴァーは今チェスターの屋敷にいるはず。何度もグリフィス家の屋敷を抜け出して会いに行こうかと思ったが、これほど忙しい時に1人で仕事を放り出していくというのもルナには忍びなかった。


 昨晩のディナーの時に、ルナはオリヴァーから、チェスターとエミリーが同じ日にディナーを共にしているという話を聞いた。ルナはチェスターがエミリーに恋心を寄せていることには普段の行動から薄々気付いていたので、オリヴァーから話を聞いた時には二人の共通の友人として心の底から応援したい、と思った。ただ一方で、グリフィス家が…特にイブリンは一筋縄ではいかないことを知っていたので、嫌な予感もあった。


 そしてエミリーの解雇、急遽決まった結婚披露パーティー……。ルナの頭に浮かんだ筋書きはこうだった。


(きっとエミリーは何かしらの形でチェスターとのデートをイブリンに知られてしまったんだわ。そしてイブリンは父であるグリフィス家の当主様に掛け合って、チェスターの両親に急遽開催する結婚披露パーティーの話を通した。チェスターにとって両親の言葉は絶対だということを知っていて……。チェスターには両親を裏切ってエミリーと駆け落ちまではすることができなかった。)


 チェスターの気持ちを想像すると、ルナは心が痛んだ。そしてエミリーはこれからどうなってしまうのだろう。


「ルナ!ちんたらしていないできびきびと手を動かしなさい!今日は私の晴れ舞台なのよ。しっかり仕事をしなかったらエミリーのようにクビにしますからね!」


 真紅のドレスを着たイブリンが扇子を片手に、ルナに向かって罵声を浴びせかけた。


(エミリーが一体何をしたって言うのよ…!)


 ルナはこみ上げてきた悔し涙をグッと堪えながら、イブリンに目を合わせようとはしなかった。


***


 パーティー会場では、壁に沿って色とりどりの料理が並べられ、装飾が施された木の台座の上に1メートルはあろうかといういくつもの大きな花瓶が鎮座し、多くの花が飾られていた。モーガン、グリフィス両家のみならず名だたる名家から関係者が一堂に会しており、急遽のパーティーにも関わらずよく集まったものだ、とルナは思った。100人は下らないだろうか。これもグリフィス家当主の政治力なのかもしれない。一瞬オリヴァーも来ていないかと期待したが、彼の姿は見えなかった。


 ルナはグリフィス家ではほぼ使用人待遇であるものの、対外的には「グリフィス家預かりの元グリーン家令嬢」ということもあり、以前の令嬢時代に着ていたグリーンのドレスを身にまとい、パーティには使用人としてではなく、グリフィス家の一員として参加していた。


 あちこちで挨拶の話し声が聞こえる。しばらくしてから、パーティ会場の中心、一段上がったところにチェスターが立つと、皆の注目を集めた。


(これからチェスターの挨拶が始まるのね。)


 次第に話し声が静まっていったところで、チェスターが口を開いた。


「どうぞ皆さま、グラスを肩の高さまで…。皆さまの前で、生涯に渡り、彼女に幸せにすることを誓います。私チェスター・モーガンの夫人となる……イブリン・グリフィス様。」


 大きな歓声と共に、イブリンが歩いて壇上に上がり、得意げな表情でチェスターの横に並んだ。


「皆さま、我々二人にどうぞご祝福を!……乾杯!」


 ルナは急に気分が悪くなり、グラスを置くと口を抑えて洗面所へとふらつきながら歩いて部屋を出ていった。ルナに気づいたチェスターは、乾杯の拍手が終わり、皆会話に戻ったのを確認すると、急いでルナを追いかけた。


「…ルナ!探したよ!」


 廊下でうずくまっているルナに声をかけた。


「ああ、おめでとうチェスター。ごめんなさい、急に気分が悪くなってしまって。オリヴァーはどこ?パーティ会場には来ていないの?」

「オリヴァーは今日、元々いた100年前の世界に帰ったよ。僕の目の前で消えたんだ。」

「そんな…。嘘でしょ…?」


 ルナは、目の前の視界がもやもやと歪んで狭くなっていくのを感じた。


「オリヴァーが過去から来たと言っていたのは本当だった。最後、消える前にこれをルナに渡してくれと。中身は見ていないぜ。」


 ルナは目の焦点が定まらないまま、チェスターから手紙を掴まされた。


「あいつは消える間際、この時代に来た目的を思い出したんだ。でも…目的を達成できなかった、失敗したと言っていた。どんな手紙の内容か分からないけど、ルナならきっとオリヴァーを救ってやれる。そんな気がするんだ。」


 チェスターはポンポン、とルナの肩を叩いた。


「どうか僕の親友を頼む。」

「…おいチェスター、イブリン様がお待ちだぞ。そんなところで何してるんだ。」


 何人かモーガン家の関係者がやってきて、主役のチェスターを会場に連れ戻していった。1人残されたルナは、力の入らない手で手紙の簡易的な封をなんとか解くと、そこには便せんが入っており、確かにオリヴァーの字で文章が書かれていた。


「親愛なるルナへ


 時間がなく…私の乱筆をどうぞお許しください。全てを思い出したのです。私はエヴァ・グリーンという方の力で、約100年前からこの世界にやってきました。こちらに来てから少し調べさせていただきました。エヴァはルナ…貴方の曾祖母に当たる方です。


 グリーン家は代々占い師の家系で、エヴァは未来を見通し、干渉できる特に強い力を持っていることで知られていました。彼女が我々に見せたのは、モーガン家が滅亡する未来でした。そして、この時代、この数日間に、大きな運命の分岐が発生していることが分かりました。今日起こること…つまりチェスター・モーガンとイブリン・グリフィスの結婚発表でしょう。私はそれを阻止しなければいけなかった。そのためにやってきたのです。この世界に姿を現せるのは、持って3日間と聞いています。貴方がこの手紙を読んでいるとするなら、私はすでに消えているでしょう。


 ルナはグリーン家の血筋です。もしかしたら…エヴァのような力があるかもしれない。グリフィス家の書庫で、グリーン家ゆかりの書物を探してみていただけないでしょうか。何か手がかりがあるかもしれません。今回私は川で拾われた時点で記憶を失ってしまっていました…。今のこの、貴方への想いと記憶を持って、3日前に戻ることができたなら。きっとルナと力を合わせて、目的を達成できると思うのです。ルナ、また貴方に会えると信じています。


 オリヴァー・モーガン」

 

 ルナはハイヒールの靴を慌ただしく脱ぎ棄てると、グリフィス家の書庫へと走っていった。


***


 グリフィス家の書庫には、グリーン家の書物を置いた一角があった。両親が亡くなったあと、ルナが縁戚のグリフィス家に引き取られた際に、グリーン家の書物もそこに移したのだった。ルナはその場に居合わせていたので、どこにどんな書物があるかはある程度見当がついた。


 ルナが探したのは、「エヴァ・グリーン」の名前で書かれた書物だった。曾祖母が占い師としてそれほどの力を持っていたなら、それを行使するすべも記録しているはず、とルナは当たりを付けたのだった。


(……ビンゴ!)


 ルナは、エヴァ・グリーンの名前が背に刻まれた分厚い本を見つけて本棚から取ると、近くの机で読み始めた。ただ、かなりの年代物の本のようで、損傷や虫食いがひどく、まともに読めるページはほとんどなかった。


(このページもダメだわ、このページも…。)


 それでもルナは、根気強くページをめくり続けると、やがて一つのページに辿りついた。


(このページは読めるわ!「過去に間接的に干渉し、現在に変化を起こす方法…?」)


 読み進めていくと、必要な儀式も大して複雑でなく、自分にももしグリーン家に伝わる占い師の特別な力が備わっているのであれば、できるのではないかという気がした。ルナは本を小脇に抱え、寄宿舎の自分の部屋へと急いで戻った。


「必要なものは、手紙、蝋、シナモンが少々、それから…」 


 幸い、寄宿舎で必要なものは全て揃えられた。エヴァ・グリーンの本によれば、現在から80時間くらい過去に、手紙に書いた任意の情報や、上手くすれば記憶も込めて送ることができるらしい。手紙の宛て先は、グリフィス家の私が妥当だろう。今から80時間前はいつ頃だっけ、と思い出そうとして……ルナははっとして目を見開いた。


「……もしかしてあの日の手紙を送ったのは……私?」


 グリフィス家の他の人間がただのいらずらだと思う一方で、ルナだけが真面目に行動する可能性の高い文面はなんだろうか。そう考えて未来のルナが記したのが「助けて!今ドネル川で溺れています!」だったのではないだろうか。ルナは少しでも遠い過去に手紙を送るため、急いで同じ文面を手紙を記し、儀式の準備を終えると、最後に祈りながら蝋を火で炙った。


「お願い、この私の記憶と気持ちも、手紙に乗せて…届いて!!」


 手紙に封蝋をした瞬間、ルナの周囲の世界は音もなく崩れていった。


***


「ところであなた宛てにお手紙が来ていたわよ。珍しいこともあるのね。笑えるいたずらのような内容でしたけど。」

「わ、私宛のお手紙を開けて読んだのですか……!」


 イブリンは振り返ったルナの顔に手紙を叩きつけると、慌てて手紙を拾い上げるルナを上から見下ろし、氷のような一瞥をくれて部屋から出て行った。


「助けて!今ドネル川で溺れています!」


 手紙には、たったそれだけ書いてあった。

 ルナは一文字一文字黙読していく間、不思議な感覚と共に記憶が上書きされていくのを感じていた。


(……今回は記憶もばっちり送れたみたいね。未来の私、やるじゃない。)


 ルナは、立ち上がって笑みを浮かべると、声を出して言った。


「さぁ、作戦開始ね…!」

いつも読んでいただきありがとうございます!ブックマークや評価、いいねなど、とても嬉しいです。勢いだけで書き進めてしまったので、今後少し戻って文章を見直して書き足したりする予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] (エミリーが一体、何をしたって言うのよ!) 雇い主の娘の婚約者とデートをしましたね…… 何をしたかと言えば、かなりやらかしてるのでは……? そらクビになって当たり前のような。
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