第7話 女騎士は眠らない
国境の砦。
ほの暗い洞窟を幾つも持つ禿山。
その穴の中から、虎視眈々とこちらの様子を窺っている蛮族達。
これを監視するために、国中から集められた若い衛兵たち。
彼らは砦の上にある物見櫓に、目を闇に凝らして立っている。
寝ずの番という奴である。
そんな中、一つの物見櫓の上で、なにやら物々しい声が響いていた。
「おい、おいおい、いくらなんでもありゃ寝てるだろ」
「いやけど、王都から来なさった女騎士様だぜ。居眠りだなんて」
「けどお前、はなちょうちん膨らませてるぞ」
「蛮族達を油断させているのかも」
ざわりざわりと騒ぐ歳若い衛兵達。
ふとそのとき、一陣の風が物見櫓の屋根へと吹き付けた。
そよりそよりと寝息に揺れていた女騎士の鼻ちょうちん。
それがぱちりと割れる。
べっとりと鼻の下に広がる不快な湿り。
手の甲でそれを拭った女騎士は、まだ寝ぼけているのだろうか、彼女を見る少年兵たちの方を振り返ると、気にするなといわんばかりのドヤ顔で言った。
「ふっ、殺せ!!」
「妙なバリエーション増やさないでください、アレインさま!!」
物見櫓に蛮族の首を片手にぶら下げ、登ってきたのはトット。
うぉ、と、少年兵たちが血の気を引かせて驚く。
そんな彼らの前に、彼はそれをなんでもないように蛮族の首を転がすと、どうかこれでこのことは内密にと頭を下げた。
蛮族を仕留めれば、その日の寝ずの番の者に、二ヶ月分の給料に相当する褒章金、そして十日の休みが出ることになっていた。
即座に衛兵達の顔が――コミカルに明るくなる。
対して従士トットは、へとへとという顔であった。
「ふぁっ、なんだ、トット、どこに行っていたのだ、心配したのだぞ」
「こんなこともあろうかと、ちょっとした根回しをしに」
「しかしなんだな、儀礼式典でうっかり乳だしポロリしてしまった罰則が、こんな楽な見回りだなんて世も末だな。たるんでいる」
おそらく王都の騎士の中で一番たるんでいる主人が、それをいうおかしさよ。
トットは笑う気にもなれず、静かに蛮族達がこちらを伺う、洞窟の方に視線を向けた。
「ふむ、そうだな、私が騎士団長になった、あかつきに、わぁ、山盛りケーキに、鳥の丸焼き、ステーキ十人前の、満漢全席――」
ぐぅ。
ふたたび鼻ちょうちんを出してねむりこける女主人。
その横で、トットは肩の鎧についたゴブリンの返り血を手の甲で拭った。
この女騎士、どんな状況でも寝ることができるのは立派であった。
ただ、この場面では迷惑だったが。




