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第29話 女騎士は使命ばかりに生きてもいない

「もとよりミリス殿については、こちらで捕虜とするという算段を立てていたところだ。お主がオークにハグせずとも良きようにはからう。安心されよ」


「本当ですか!?」


「あぁ、本当だ」


 だがまぁ、どうしてもというなら。


「代わりに、お主が今肩を抱き合っている、まったく面白みのない堅物男を、抱いてやってくれてもかまわんがな」


 トーレスが矛を収めたと知るや、安堵しきったこの様子。

 恐らく停戦交渉を秘密裏にすすめるために、二人して、少なからず会っていたのだろう。そうするうちに情にほだされて、というところか。

 

 ころりと女騎士の生真面目さにやられてしまった。

 自分の息子ながら、なんともわかりやすく、おもしろみのない人間に育ったものだ。トーレスはトランを心の中で笑った。


 ただそれは、彼がいつもするような、皮肉めいたものではなかった。

 温かい、父としての喜びに満ちたものだった。


 そんなトーレスの思案はまさしく図星だったのだろう。

 将軍の前で――


「「なぁっ!!」」


 と、顔を赤らめる騎士二人。

 表情は言葉より雄弁にモノを語る。

 二人のその反応と表情は、もう、肯定しているようなものだった。


「違うんです、父上、これは!!」


「そうなんですお父様!! まだ私たちはそういう関係ではなくて!!」


「アーリィ、きみ、今、お父様って――」


「いや、これは、その!? だって、仕方ないでしょう、トラン!! もうっ!!」


「なんだ、お前ら、もうそういう仲なのか」


「「くっ、殺せ!!」」


 男のお前が言っても寒いだけだ。

 笑ってトーレスはトランの頭を小突く。


 その顔に、ふと、トランが瞳を丸めた。


「父上? もしかして、笑っておられるのですか?」


「なんだお前。ワシが笑ったら悪いか、この馬鹿息子が」


「いえ、その、なんだか、久しぶりに見るような、いえ、初めて見る気がして」


 酷い言われようだな。

 しかしまぁ、堅物で面白みがないと思っていた息子の、こんな面白い姿が見れれば、笑ってしまうのもしかたないだろう。


 また、そんな貴重な経験もできたのだ。

 息子に笑われるのもまた、由としよう。


 トレースはまたため息を鼻から抜いた。

 だが一つ、この愚かしく真っすぐで――そして幸運な青年に――言い添えることを忘れなかった。


「トラン、一つだけ、言っておきたい」


「な、なんでしょうか!? まさか、アーリィとの交際を認めないと!?」


「そんなお父様!!」


「まぁそんなところかのう」


 えぇっ!? と、顔を青くする若人二人。

 ころころと代わるその表情をもう少し見ていたいトーレスであったが、彼は咳払いして、それから、自分の息子に向かって問うた。


「昔、さる、人物に言われた、《《このような気苦労の耐えない女を、嫁に貰うのは苦労するからやめておけ》》、とな。トラン、その覚悟、お主にあるか?」


 トランの目が泳ぐ。


「よよよ、嫁、なんて、父上そんな、話の早い」


「真面目に!」


 叱られてトランは背筋を伸ばした。

 それから、トーレスに叱られた彼が昔よくしたように、視線を宙にさまよわせると、ぐるり頭を振って、再び父に向き合った。


「あります」


 そうか、と、トーレスは少しうれしそうに呟いた。

 そうしてそれから――案外に、自分に似てしまった息子の頭を、これまた久しぶりにくしくしと撫でたのだった。


「まぁ、気苦労の多いことが楽しいこともある」


 好きなようにせよ、お前の人生だ。

 将軍は面白くないが自慢の息子に背を向けた。

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