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第23話 妹騎士はあやまらない

「あなたがヴィラのお相手? やだ、お人形さんみたいな顔して、もしかして貴方も女騎士なの?」


 くすくす、と、笑う金髪お団子頭の少女。

 彼女こそが、クッコロ拳正統後継者(エレイン)が育てた秘蔵っ子、妹騎士《対お兄様決戦》。


 しかしそんなことを、トットはまったく知らない。

 よりにもよって、《《最後の相手が女の子》》か。

 そう思って、ちょっと憂鬱になっただけだった。


 なんにせよ、これに勝てば晴れて念願の騎士である。

 自然槍を握る手に力が入った。


「女の子だって、僕は容赦はしないよ」


「やだぁ、怖い。ねぇ、トットお兄様。そんな怖い顔しちゃいやよ。ヴィラ、そんなお兄様を見ていたら、悲しくなっちゃうわ」


「おかしなことを言う娘だな。僕は、君のお兄さんじゃない」


「違うわお兄様。私は、全ての男性《お兄様》の妹なのよ」


 クスクス。

 また、口元を隠して笑うヴィラ。


 どうして僕の周りの女性は、こういう変な人ばっかりなんだろう。

 女子寮の面々もひとくくりにしてトットは自分の女運の悪さに溜息を吐いた。


 そんな二人に向かって、「試合開始」の言葉がかけられる。


 槍を構えるトット。

 対して、ヴィラは小ぶりな両手剣を取り出すと、それを中段に構えた。


 しかしその構えは、指摘するのも嫌味なくらいにへっぴり腰。


 この娘、貴族の子女か何かだろうか。

 いやだなぁ、傷とかつけたら凄く五月蝿く言われそうだ。


 トットは内心でまた溜息を吐く。


「積極的じゃないのね、トットお兄様」


「槍はリーチがあるからね、仕掛けられても幾らでも対処のしようがあるから」


「うふふ、奥手なのねトットお兄様。そんなお兄様も素敵よ、でも」


 へっぴり腰と侮っていたヴィラの体が、突如トットの視界から消える。

 すぐに背中に感じたのは殺気。


 振り返ろうとしたトットの腰に白い指先が絡みつく。


「お兄様にその気がないなら、私の方からガンガン攻めればいいだけよね」


「なっ、いつの間に!?」


「お兄様。ヴィラはいつでも、お兄様の愛、受け止める覚悟と準備はできているんですよ。だからほら、来て、お兄様」


 やめろよ、と、トットが腰のヴィラを振り払う。

 年上の女性――しかもダメ女なら幾らでも相手にしてきているトットであるが、同年代かそれ以下の女性とは、トンと縁がない。


 彼がそれを振り払ったのは、戦いのやり取りとしての所作ではない。

 男としての羞恥心をくすぐられての反射だった。


 そして、その様子にほくそ笑んだのは、ヴィラ。


 待っていたとばかり、ヴィラはその場に倒れると、地面に手をついて、一言。


「いやぁ、お兄様!! 正気に戻ってぇ――」


 彼女はそう、自らの師より教えられ、自らの考えにより編み出した必殺技、それを、惜しげもなくトットへと放った。


 これぞ妹騎士だからこそ使うことができる呪文テンプレ、「|お兄様、正気に戻って《洗脳されてしまった主人公》」、で、ある。


 拒絶しながらも、愛しい兄を傷つけることができず、なすがままにされる妹騎士。

 お兄様という言葉の響きに、そこはかとない背徳感を感じる者も、きっと多くいることだろう。


 しかし。


「なに言ってるんですか」


「――え?」


 まさかの不発。

 トットお兄様は、まったく、ヴィラの言葉に反応しなかった。


 どころか、形勢逆転。

 体勢を立て直した彼は、ヴィラに向かって槍を向けていた。


「えっ、なんで? 間違いなく、ヴィラは呪文テンプレを唱えたのに? どうして平気な顔しているの?」


「なんですか呪文テンプレって。本当に話がかみ合わない娘だな」


 そんな馬鹿な、と、ヴィラ。

 すぐに彼女は体勢を変えると、第二の必殺技をトットへ放った。


「大丈夫、きっと、きっとお兄様が助けに来てくださるはず――」


 妹騎士必殺のその二。

 そう、「|お兄様が助けに来てくれる《○ロゲだったらバッドエンド分岐》」である。


 窮地に陥り、心の支えであるお兄様(主人公)を思わずにはいられない、妹騎士の不安な心理状況が、胸を締め付けてくれる台詞だ。

 今助けるよ、なんて口でいいつつ、もし俺が遅れていったら、どうなってしまうんだろうと、思ってしまう者もそう少なくないだろう。


 二律背反アンビバレンツな感情を揺り動かす、高等な呪文テンプレである。


 しかし。


「僕以外にもお兄様がいるの? どこにいるのさ? ダメだよ、この試験は一対一が基本なんだから。部外者が乱入したら、反則負けだよ」


 これまた不発。


 ヴィラは驚愕した。

 この世に自分のクッコロ拳が通じない男が居ることに、彼女は恐怖した。


 馬鹿な、そんなハズがない。

 トットのその落ち着いた様子を前にして、まだ、信じられないヴィラ。そんな彼女の鼻先に、彼が手にしている槍の刃先が迫った。


 いよいよ、こうなっては、アレ、をやるしかない。


「やるわね、トットお兄様!! なら、ヴィラも本気を出すわ!!」


「本気? 今まで本気でやってなかったの? まぁ、ふざけてる感じだったけど。ダメじゃないか、ちゃんと、真剣にやらなくちゃ」


「見なさい!! これがクッコロ拳最終奥義!!」


 いうや、ヴィラは自分が身に着けているバトルドレスを、ズタズタに両手剣で引き裂いたのだ。


 盲点。

 それは両手剣と見せかけて、切り口の閉じられた大きな大きな鋏であった。


 木製だがよく研がれ刃先が波打つその鋏は、バトルドレスを、まるで、《《悪漢に破られた》》ように、無残な姿へと替えていく。

 そう、ヴィラの狙いは、まさしくそれ。


 はたして、彼女が手を止めれば、そこに居たのは哀れで惨めな不幸な乙女。


「|お願い、お兄様、見ないで――《くっ、殺せ――》」


 事前ではなく、事後のクッコロ。


 どうして、女騎士がそのシチュエーション(事前)でしか、クッコロを言わないと思ったのか。

 そして、本来クッコロというのは、このように今際の台詞ではなかったか。


 間違いなく、これもまた、クッコロの一つのバリエーションであった。


 まさしく逆転の発想。

 天性のひらめき。

 悪魔的発想。


 余りにも当たり前すぎて誰も気づかなかった原点回帰。

 そして、|余りにショッキング《青年誌でやっていいのか》な台詞テンプレート


 そこに妹という要素を組み合わせることで、ここまで背徳的に、世のお兄様方に劣情を促す台詞に仕上げて見せた。

 まさしく、ヴィラは天才――クッコロ拳の寵児であった。


 しかし。


「だから、そういうの、もう、いいですから!!」


 槍をくるりと持ち替えて、石突をヴィラの方へと向けたトット。


 またしても、ヴィラのクッコロ拳は――不発。


 そのまま、トットは槍の柄をヴィラの頭へと振り下ろす。

 みぎゃ、と、少女の声がステージの上に響くと、トットの前の哀れな少女は、そのまま白目を向いてその場に倒れた。


「勝者、女騎士アレインの従者、トット!! 五人抜き達成!!」 


 勝者を祝うファンファーレが鳴る。

 ふぅ、と、溜息を吐いて、トットはその場に座り込む。


「おもわずやっちゃったけど、やっぱ、相当フラストレーション溜まってたんだな」


 一瞬、ヴィラの姿に重なって見えたのは、彼の主人のアレインの姿。

 相手がアレインでないことで、思わず手を出してしまった。


 結果、勝負に勝ち、無事に騎士への昇任を果たしたトットであったが、内心、その勝利の後味の悪さに戸惑いを感じているのだった。


「まぁいいか。昇任の祝い金で、アレインさまに美味しいもの食べてもらおう」

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