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第20話 女騎士は跨らない

 ヒヒンヒン、ブルルン。


 東方からやってきた灰色の汗馬が青空にいななく。


 ここは王都のはずれ。

 有事や儀礼の際に騎士団が使う馬が育てられている牧場。


 その牧場の一角。

 ふれあい動物広場と書かれた柵の中に、にんじんスティックを持って立ち尽くす、一人の女の影があった。


 柵の中にはころころと、丸い毛玉――野ウサギが放し飼いにされている。

 おそるおそる、女騎士はその中の一匹へと近づくと、その手にしているにんじんスティックを、毛玉の鼻先へとかざしてやった。


 くんくん。

 匂いを嗅いでから――うさぎがそのスティックを齧る。

 カリカリと音を立てて、少しずつ食べていくそのさまを、うっとりとした顔をして女は眺めていた。


「くっ、殺せぇ」


「なにうさぎにトキメキくっころかましてるんですかアレインさま」


 いつもなら曲がりなりにも悲壮感の漂っている主人のくっころ。

 それが丸みを帯びたことに一抹の不安――というよりも呆れを感じながら、従士トットは言った。


「そんなことしに来たんじゃないでしょう」


 あっちの世界に行っている女騎士。

 その背後に立ち腰に手を当てて従者は冷たい視線を向けた。


 完全に動物とお戯れモードだったアレイン。

 彼女と違って、トットはいつもの鎧姿ではなく今日は野良着だ。


 そのような格好をして牧場に来る理由はなにか。


 わざわざ考えなくても、牧場に来る理由なんて知れている。


「どうしてもやらなくてはならんか?」


「ダメですよ」


「どうしてもか?」


「いつまでも、乗れないままじゃ恥ずかしいでしょう」


 ちらり。

 アレインが見たのは隣の柵。

 そこを走っている、自分よりも大きい黒毛の馬達。


 そう、牧場に来る目的など決まっている。

 女騎士アレインは、その騎士という職業――『騎』が意味するところ、馬に乗るためにここにやってきていた。


 しかし、なぜ、わざわざ出向いたのか。

 騎士だから普通に乗れるのではないのか。


 そこは、流石のダメ女騎士である。


「しかしだな。私はロバに乗ることができる。別に今更、馬に乗れたところで」


「ロバなんて従者の乗り物じゃないですか。そんなのに乗って戦う騎士なんて、アレインさまだけですよ。ちゃんと戦馬に乗れないとダメですって」


「むぅ」


 口をへの字に曲げるアレイン。


 そう女騎士アレインは、馬に乗ることができなかった。

 騎士なのに馬に乗ることができなかった。


「ちゃんとトレーニングしたら、誰だって乗れるようになるんですし、そんな、危ないものでもないんですから。ね、頑張りましょう?」


「しかしだなぁ――」


「なんですか?」


「襲ってきたりしないか? 正直、あんな大きな動物にのしかかられたり、蹴られたりしたら、無事でいられないイメージが」


「そんなこと心配しているんですか。大丈夫ですよ、ちゃんと牧場の人たちが調教してくれてありますから」


 本当かな、と、おそるおそる、馬の方を見るアレイン。

 すると間の悪いことに、ブヒヒン、と、馬が大きくいなないた。


「くっ、殺せ!!」


「なにびびってるんですか、もう!!」


「別に馬に乗れなくても人間生きていける。騎士が無理でも、女戦士なら――」


「女戦士の戦闘服。凄くきわどいですが、着れるんですか、アレインさま?」


 うぐと押し黙ったアレイン。

 本日三度目の「くっ、殺せ」は、諦めの意味を含んだものとなった。


 この女騎士、ここの所かっこいい役が多かったので揺り戻しである。

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