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第11話 女騎士は残さない

 ここは王都の市場――の横。

 腕に覚えのある料理人と、味に自信のある看板がずらりひしめく食堂街。


 都とその周辺地域の食料事情を一手に担う大市場の隣である。


 市場帰りの仲卸業者。

 単純な観光客。

 店の味にほれ込んだ食道楽。


 人通りは多く、店はどこを見ても客の入りは上々といった具合だった。

 料理人にとって天国のような街である。


 そんな街の大通り。

 少し寂れた門構えの異国料理店。

 その中で、ハフハフ、と、荒い息使いが響いていた。


 声の主――それはトットであった。

 陶器でできたスプーンで、どさりと盛られたライスの山を口にかっこむ彼。

 瞬く間にライスを全て胃に納めると、ふぅ、と満足げな声を少年従士は上げた。


 手にしていた陶器製のスプーンが、テーブルの端の卵スープの中に沈む。


「アイヤー!! お兄さん細い身体で随分とやるアルネ!! 山盛りチャーハン完食アルヨ!!」


「ごちそうさまです。美味しかったですよ、これ、チャーハンですか? なかなか、初めて食べる味ですけど、僕は好きです」


「そう言ってくれて嬉しいアルよ」


 従士の肩を叩く料理屋の店主。細目に面長のその男は、上機嫌に笑うと、その丸まっただんごっぱなを自慢気に指先で擦った。


 と、そんな勇ましくもほほえましいやり取りと裏腹。

 こんもり盛られたもう一つのライスの山の向こうから、しくしくしく、と、むせび泣く声が響いてきた。


 もしゃり、もしゃり、と、咀嚼する音。


「くっ、殺せ!!」


 それに交じっていつものキメ台詞が聞こえた。


 うぷりと口を膨らませたアレイン。

 彼女もまた、トットと同じく、山盛りチャーハンを食していた。

 理由は単純である。


 山盛りチャーハン。制限時間内に完食すれば、お食事代タダ。

 とは、この店の前に張り出されている張り紙だ。


 そして例によって、アレインさんはお財布を落としあそばせていた。


「こんな無理しないで、ご実家に帰られたらよかったのに」


「馬鹿者!! トット、私はこれでも成人した身!! いつまでも親の脛をかじって生きていては世間様に笑われる!!」


 もう十分笑われています。


 とは、健気な女主人に向かって、従士はとても言えなかった。

 言葉に困るトットの後ろで、時間アルよ、と、店主が声をかける。


 くっ、と、うめいて、アレインはテーブルに突っ伏した。


「何故だトット。明らかに私より小さい体躯で、どこにそんな量の飯が」


「食える時に食べておく、が、我が家の家訓でしたからね」


「そういうのなら私の家にもあるぞ。パンが食べれないときは、あっと、えっと、バターを齧ればいいんじゃない?」


「すんごい捻くれた家訓ですね」


「なんにせよ、お姉さんは食べれなかったアルネ。お会計、しめて5000ゴールドよ。お国のために働く騎士サン、信頼大事。きっちり払うヨロシ」


「くっ、殺せ!!」


「アイヤー。うちら、四本足なら椅子以外なんでも食べる。願ってもないネ」


「待った。待ってくれ」


 あわててアレインが訂正する。

 本日二回目のくっころは、哀れ、異邦人の文化の違いにより不発に終わった。


「実は私は今旅の途中、王の下に人質として残してきた親友ミカーナのため、日が暮れるより前に王城へと戻らねばならない身なのだ。なのでまた後日」


「冗談アルヨ。けど、お金払うは常識アルヨ」


 店主の細い目がじろりとアレインを睨みつける。

 脂汗を流して自分を見る女主人に、トットは溜息を吐いて立ち上がった。


 実家から来月のお小遣いを前借していたアレイン。

 駄娘に渡す金はないと渋られたがそこはトラブル慣れしたトット。


 巧みな交渉術で実家から金を預かり、再び店に戻ってきたのは――アレインの言によればミカーナが処刑される夕暮れ前のことであった。


「おぉトット!! 戻ってきてくれたか、信じていたぞ!! もぐもぐ」


「なに食ってるんですかアレインさま」


「このチマキーとヤムチャーというのが絶品でな。お前も食べなさい。さぁさぁ遠慮するな、私の奢りだ」


 やんぬるかな。


 トットは激怒しなかった。

 だが、改めて主人のマイペースぶりに大いに落胆した。


 この女騎士、ほんと調子のいい女である。

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