落ち葉の下に
「へえーっ。コレが普通の小学校か。中に入ったの初めてかも。
広いなあ。……あ、あっちにアスレチックコーナーがあるじゃん」
聖は妙なところで感動している。
山の、分校しか知らないからだ。
(結月薫は普通の小学校から3年生で転入してきた)
「セイ、勝手に入ったら不審者やで」
少し開いている門扉から入ろうとするのを薫が止めた。
「アポ取ってないからな」
と、インターフォンを押す。
事故現場を見たい、はいどうぞ、とはいかない。
「辻村さんの知人? どういった関係の? 先に、ご連絡頂きましたか?
警察の確認は確認も終わっていますが?」
「私は警察官で辻村の友人です。じつはな、彼は幽霊に怯えてたんです。
ほんで霊能者に現場見て貰おうと、連れてきたんです」
「へえ、まあ……そういう事が…少々お待ち下さい」
対応した若い女は
誰かに報告し
そしてやっと
「裏門を開けますので、車はそちらに駐車して下さい」
中年の男が許可を呉れた。
「職員室の窓から見とるな。路駐も見てるで」
珍しい車(旧型ロッキー)から
大柄で黒いスーツの男2人(辻村家に聖もスーツで行った)
1人は強面。
警戒するのは当然だった。
裏門の処で
50才くらいの男が立っていた。
中肉中背で、髪を真っ黒に染めている。
男は愛想良く言う。
「どこでも、空いてるとこに停めて下さい」
裏門は駐車場の入り口でもあった。
20台ほど止められるスペースが半分空いていた。
冬休みで先生も休暇を取っているのだろう。
男は薫に名刺を差し出す。
教頭、と在った。
薫は警察手帳を見せた。
教頭は聖にも名刺を呉れるので
聖も名刺を渡す。
「なるほど剥製屋さんで、拝屋さんなんですね」
教頭の瞳が好奇心で輝く。
(霊能者)は職員室で(拝屋)に成ったのか。
死亡事故現場をお祓いしてくれると解釈したのかも。
「現場は、この駐車場ではないんですね?」
薫は問う。
裏門の右側に校舎があるが、駐車場との間には駐輪場。
ここで、校舎からの落下物に当たるはずは無い。
「あっちです、」
教頭は校舎の裏を指差した。
そこは校舎と塀の間で、
幅は4メートル程。
「辻村さんはバックで車を此処に入れていました」
「なんで、此処に?」
「駐車場が一杯やったんです。9月に来はった時にな、運動会やら発表会でPTA役員が車で来ていたんで」
辻村は自主的に事故現場に車を停めるようになった。
駐車場が空くようになっても
習慣になったのか
この場所が気に入ったのか
毎日、ここに停めていたという。
「見ての通り、こっちからの行き止まりでね。生徒達も誰も通らない。
車を停めて貰っても差し支えなかったんです」
厚いコンクリートの塀を支える支柱が、この<裏道>の先を遮っている。
奥行きは10メートルも無い。車一台、停めるのがやっとの広さだ。
太い銀杏の木が支柱を挟んで2本。
地面には何層もの落ち葉。
「これは、落ち葉を集めるために?」
聖は塀に立てかけてある錆びたショベルに目が行く。
「いいや、違いますね。此処は、ほったらかしだから。
……多分それは昔使ったんでしょうな」
「昔?」
薫はショベルを手に取っている。
柄が50センチ程。
錆びている。木の柄は腐ってる。随分古そう。
「ウサギや鶏、飼育してるのが死ぬでしょう。此処に埋めてたらしいですよ。
そんな話を聞いたことがあります。置きっ放しなんでしょうね」
「昔って……今は何も飼育してないんですか?」
聖は今もウサギが居るなら見たいと思う。
「居ますよ。陽当たりの良い正門側にウサギと烏骨鶏が居ますよ。
私が知ってる限りは死んでしまったら市役所に知らせて引き取って貰ってますよ。
校内に埋めてはいませんよ」
「でも、数年置きっ放しの感じでは無いな」
薫はショベルを丹念に調べている。
「そうですか?……用務員が使ったのかな」
そこで教頭の携帯電話が鳴った。
「ちょっと私は失礼します。出るときは裏門のインターフォンで知らせて下さい」
言って教頭は去った。
「カオル、辻村さんが車を停めていた位置がはっきりわかるね」
タイヤが2本の溝を作っていた。
「この狭いスペースにバックで入れるとなると同じ位置になるわな」
「フロントガラスの落ち葉を取るには、どこに立つかも限定されるね」
「うん。ここや」
カオルは辻村の立っていた位置に。
そして見上げる。
「あの、窓やな……3個落としたら少なくとも、いや確実に1個は当たるな」
「パンクしたときの割れたビーカーも予め仕込めるね」
聖はしゃがんで地面を観察する。
陽の当たらない、落ち葉が何層にも重なった狭い場所は、
ミミズやダンゴムシが棲みついている臭いがした。
「ガラスが残ってるかもしれん。セイ素手でそこら、触ったらあかんで」
カオルが隣に来て同じようにしゃがむ。
そして何かを見つけたのか、写真を取っている。
「どうしたの?」
「ちょっとな。今拡大するわ」
撮った画像を拡大して、見せる。
「そこや、これ紙やな。白い紙やで」
落ち葉の下に白い紙が埋まっていて、それが僅かに見えているようだ。
「ゴミでしょ。風で飛んできたんじゃ無いの?」
「いや、ちゃうやろ」
薫は、聖の左手を見遣る(今日は黒い革手袋)
手袋を付けた手で確かめろと。
聖は左手で落ち葉を払っていく。
すると、一枚の紙が出現した。
4つに折りたたんである。
広げればテストの答案用紙だった。
「これは風に運ばれたんやない。誰かが、人間の手が落ち葉の下に隠したんやで」
「隠したの?」
「10点、やんか。持って帰って親に見せたくないから隠したんやろ」
「なるほど。子供がしそうなことかも」
「気になるな。セイ、他にも埋まってるモノがあるかもしれん。掘ってみよか」
「いいよ。丁度ショベルが2本あるしね。あ、でも、そっとだよ。此処には動物たちが埋まってるんだから」
「うん」
車の駐車位置辺りを掘ってみた。
「温度計でたよ。割れてるのが」
「こっちは答案用紙がざっくざく、やで。あ、ストップウオッチが出た。壊れてるな」
空気の抜けたバレーボール
割れた試験管やビーカー
原色のプラスチックの欠片
「セイ、なんでこんなモンが埋まってると思う?」
「ゴミ捨て場になってたんでしょ」
「そうかな……捨てたとは違うような……やっぱ隠してる感じが」
「ゴミ箱に捨てられない、そういうことかな」
「わからんな。まだまだ出てくるで。謎やな」
「カオル……掘りやすいよね」
「うん。土が軟らかい。固まってない。頻繁に掘り返してるな」
教頭は誰も入らない場所と言っていたが
この土は頻繁に掘られている。
軟らかい土をショベルで掘る作業は少し楽しい。
何も出てこないのでは無く
不思議なモノが出てくるので
宝探しのようで面白くなってきた。
「卓球のラケットが出てきたで。ゴムが矧がれてる。けど綺麗や。
埋めたんは最近、……? ……あ、……あ、セイ、きて」
「どうしたの?」
「見て」
「……あ、」
ラケットの下に黄土色のぼろきれ。
それに小さなキリンのカタチをした突起が、あった。




