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白の蛍  作者: すずしろ
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新たな一歩

 さあ、どうしたものか。今は仕事中、目の前には間違いなく士郎への話題の種になる恵がそこにいる。当たり前だが追い出すなんて以ての外だ。どうしたら波風を立たせずにこの場を乗り切るか、それに全ての思考のリソースを当てていた。人生の中でも五指に入るであろう速度で思考を巡らせていたが――


「ん? その娘と知り合いか? シロー」



 残念ながら一足遅かった。隆広は話題を見つけたと言わんばかりの笑みで士郎にそう聞いてくる。士郎がそれにどう答えるべきかと迷っていると、



「はい。アルさん……いえ、士郎さんとはFL……って言って分かりますか? オンラインゲームの名前なんですけど……」

「大丈夫、結構有名なオンラインRPGだよね。俺はやってないから、名前だけ知ってるって感じだけど……」

「そうなんですね。私と士郎さんはそのFLで知り合ってから色々相談に乗っていて、住んでいる場所が近い事を聞いて、以前お会いした事があるんです」



 ですよね? と視線を送る恵に気づき、士郎はそうなんですよ。と答える。隆広は少し考えたあとに納得したのか、一つ頷くと。


「シローとこんな美人さんが知り合いで羨ましいよ。多少話すのはいいけど、サボるなよ?」


 そう言って職務に戻って行った。

 何とかやり過ごしたと士郎はほっと一息つき、横で楽しそうに笑っている恵に怒るに怒れない、そんな複雑な表情をして恵を見る。



「昨日の今日でまた会うなんて……」

「しょ、正直ここで会うなんて思わなかったです……」

「……ちなみに、どうしてここに?」

「会った時、ゲームセンターに行こうってなったじゃないですか、ここって結構評判いいのに、士郎君ここに行かなかったし……あと、私のやりたいゲームがここにしかなくて……」


 恵の視線の先にあったのは、ピアノを題材にした音楽ゲーム。確かに他の音楽ゲームよりはマニアックで設置店が少ないイメージがある。士郎の記憶が正しければこの辺で設置してある店舗も殆ど無いはずだ。



「えっと……士郎君はお仕事、頑張って下さいねっ。休憩時間か、お仕事が終わってからでもいいのでお話しませんか?」

「ああ、いいよ。また後でな、恵」



 士郎が自然に名前で呼ぶと、恵が驚いた表情をする。士郎自身も無意識で名前で呼んでいたことに気づき、驚いた顔をする。恵は嬉しそうに微笑むと、


「うん、後でね。士郎君」


 その言葉を聞いて、士郎は自分の仕事へと戻る。恵は話した後は言っていたゲームをプレイしているようで、チラッとそれを覗いて見たが、あまりそれをプレイしていない士郎ですら分かるほどには上手かった。

 今、恵がプレイしている曲は、士郎がやっているゲームにも収録されている曲で終始ピアノが鳴り響く高難易度曲だ。

 複数の機種に収録されているが、いずれも最高難易度の中でも上位の難しさになっている。

 プレイが終わって、恵のスコアを見ると十万点が天井のスコアで、九万八千点を叩き出していた。恵は嬉しそうにリザルトをスマホで写真に収めると士郎の視線に気づいたのか、照れ笑いしながらピースサインを送る。

 その時、士郎の肩にポンと手が置かれた。士郎が恐る恐る振り向くと、そこにはそれはそれは素晴らしい笑みを浮かべた隆広と、何故か悠がそこにいた。

 この時ほど、士郎は笑みが恐ろしいと思った事は無かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 笑顔の圧力を受けながらも仕事をこなし、何とか休憩時間にたどり着く。服を上から着て店の外へ出ると、


「へー、士郎君ってトマトが苦手なんですね」

「おう、二人で飯食いに行く時に出てくるトマトは全部俺に押し付けてくるな」


 何やら楽しそうに喋っている恵と悠の姿があった。恵が士郎の姿に気づくと、ニコリと笑いながらこちらに向けて小さく手を振る。

 それを見た悠はひゅうっ、と口笛を吹いてからかってくる。あまりからかわれるのも良い気分ではない士郎は意趣返しのつもりで、


「お前、からかってくるけどそっちだって遠距離恋愛の彼女いるって前に言ってただろ!?」


 そう言うと、悠は急に辛そうな表情をしてぽつりと言葉を零す。


「……その話はやめてくれ……」

「い、いきなりどうしたんだよ……」

「……ちょっと前にな、別れようって言われたんだよ! 中々会うことが出来ないし、悠君にはもっと素敵な人がいると思うって言われてな!!」

「お、おう……そりゃ悪かったよ……でも、からかってきたそっちが悪いんだからな? そ、それに俺達がそういう関係とは限らないだろ?」


 士郎はそう言うと、悠もそうだな……としょげた表情で肯定する。その様子を見て恵は困った表情で二人とも仲がいいのだな、と感じていた。



「とりあえず……昼飯はどうしようか? 恵は、別行動でランチでも――」

「一緒に行きますっ」


 士郎の言葉に有無を言わさない恵の返事。士郎は、なら仕方がないと口元を緩めると、


「……構わないけど、俺はオシャレなランチとかは知らないぞ? そこは許してくれよ」

「それくらい構いませんよ。またラーメンだって良いくらいですよ?」


 恵がクスリと微笑んでそう言うと、悠が信じられないといった表情で士郎を見る。


「おいおい……お前こんな綺麗な娘を連れて行った先がラーメン屋って本気か?」

「しゃーないだろ!? ゲーム内のチャットでしか話してなかったんだから、どっちかなんて分かんなかったんだよ……それに、恵だって楽しみにしてくれてたんだから連れていかない訳にはいかないだろ?」


 悠の軽蔑するような視線に、士郎は必死で弁解する。幸いにも、士郎の言葉に恵もそうなんです。と照れ笑いしながら肯定してくれたお陰で悠も納得するに至った。



「……で、今日は何処へ行くつもりなんだ?」

「元々の予定は……カレーだったな……」

「お前さぁ……」


 悠は先程と同じ表情で士郎を見る。士郎もまた、先程と同じように必死で弁解する。


「いや、待ってくれ! この辺でラーメン以外の美味い店なんてカレー位しかない気がするが!? それに、今日恵と会うことだって予想外だったんだよ!」

「……まあ、それはそうかもしれないな」


 だろ!? と必死でそう言う士郎と、悠の会話を見て恵はクスッと笑い声ををこぼした。


「ふふ、二人とも本当に仲が良いんですね」


 楽しそうな恵の笑顔に、二人は毒気が抜けたような顔でポリポリと頬を掻いた。

 結局、昼は三人でカレーを食べることになった。悠はそのまま帰って寝ると言って戻り際に別れたが、恵はまだ一緒に着いてきていた。



「恵はこれからどうするんだ? 俺はまだ夕方まで仕事が残ってるから……そっちの予定だってあるだろ?」

「そう、ですね……私も夕方からはやらなければいけない事があるので――あ、そうだ!」


 恵が、言葉の途中で何かに気がついたようで、


「今日の夜……九時くらいから生放送をするので見に来て貰えませんか?」

「それくらいの時間なら大丈夫だ。間に合わせるよ」

「本当ですか!? 絶対見に来てください、絶対ですからね!」



 ふんふんとやる気を見せる恵に手を振って、士郎は仕事場に戻った。

 そこから先は特に何かが起きるわけでもなく、至って普通のいつものバイトだった。勤務を終えた士郎は急いで服を着替えると、すぐさま筐体へと向かう。一人いる待ちの時間中に、今回のイベントの内容を士郎はざっくりと確かめる。

 どうやら今回のイベントは特定条件を満たすと、四曲目の選曲画面で隠し曲が現れるそうだが、その辺はSNSで調べてカンニングする事にする。そういうのを見つけるのも醍醐味ではあると思うが、今日は帰っておかなければいけない時間があるので、あまりのんびりしている訳にもいかない。

 と、そうこうしているうちに士郎の順番が回ってきたのでパスをかざして、モード選択をしながら新曲のプレイ条件を調べる。すると、直ぐに目当ての情報は見つかった。こういった情報はどうしても見つけると誰かに言いたくなってしまうものだ。士郎はそれを見ながらプレイを進めていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 何人かの並びと交代しながら、一通り新曲を触り終えて士郎はプリズムフォレストから帰路に着いていた。時間は午後の八時過ぎ、今から家に戻れば余裕の時間だな、等と考えながらSNSで今日の新曲のリザルトを投稿して、地下鉄に乗った。


 家の扉を開けた時間は八時四十分。問題なかったな、と思いながらPCの画面をつける。そういえば白姫のSNSアカウントをフォローしていないな……と士郎は気づき、準備をしながらささっと検索すると、トップにその名前が出てくる。それをクリックすると、プロフィールとその下には自分とは比べ物にならないフォロワーの数が表示されていて、改めて白姫が、恵が人気なのだなと理解した。



『今日の夜九時から歌ってみたの動画をあげる前に、練習のカラオケ枠を取るから、見に来てね! 待ってるよ!』



 そんな元気な白姫の投稿を見ながら、カラオケ枠とかそういうのが出来る人のメンタルってどうなっているのだろう……なんて思いながら、仮に来る人の数がそれの何分の一だとしても画面の向こうの人間に自分の声での歌を聞かせられる恵は凄いな、と士郎は純粋にそう思った。

 等と考えているうちに、あと五分もしないうちに白姫の言っている九時になる。タイムラインを別のウィンドウで見ていると白姫の投稿に、生放送のタイトルとURLが投稿された。士郎はそれをクリックして生放送の場所へと飛んだ。



「あー、あーー、みんな聞こえるー?」



 白姫の声に視聴者達が『聞こえるよ』『大丈夫』等とコメントをする。それを見てオッケー、と答えながらカチカチとマウスをクリックする音が聞こえる。すると、黒一色の画面から花畑のような画面に変わり、銀髪碧眼で薄い青色のワンピースを着た少女が現れる。恐らく白姫のイラストだろう。

 本人を知っている士郎だから言えるのだが、どことなく恵の面影が見えるあたり、それだけ彼女が綺麗であることと、ファンタジーチックな見た目である事が分かる。

 そのイラストが画面に出るなり『可愛い』や『これ白姫ちゃんのイラスト?』というコメントが流れる。



「画面もちゃんと映ってるっぽいね、良かったー……この女の子は私のイラストだよ。前に頼んで描いてもらってたんだー、可愛いよね! 私もお気に入りなの!」



 嬉しそうに白姫が話していると、準備が終わったのか画面の向こうから聞こえていたクリック音が一旦止まる。準備完了ーっと言う声と共にリクエストを募集する、と白姫が言うと、一斉に彼女に歌って欲しい曲のリクエストが右から左へと流れていく。思っていたよりも遥かに多いリクエストに白姫が驚きながらも、初めに選んだ曲は――当時有名になったアニメの曲だった。

 歌詞の一部が変えられて夏の大四角形なんて言われていたりする。

 白姫の声は画面越しでも透き通るような声をしていて、柔らかさと儚さを持ったその声はとても聴きごたえがあった。一曲歌い終えると次々と拍手のコメントや賞賛のコメントが流れていく。白姫はみんなありがとうっ、と言ってお礼を言ってから次の曲をどれにしようかと選び始める。

 次からは、今流行りのアニメソングから、既に数年が経ち、当時の熱狂的なファン達に強烈な精神的ダメージを与えるような有名なボーカロイドの曲等を数曲歌った。

 何曲も連続で歌い、息を荒くしているとコンコンと画面の向こうからノックの音が聞こえた。



「ふぇ!? ご、ごめんちょっとまってて!!」



 そう言って白姫は急いでマイクを切って、何処かへと向かう。そんな時に画面の中では根も葉もない予想が行われていた。



「ど、どうしたの楓……?」


 恵が扉を開けた先にいたのは苦笑いをうかべる楓だった。彼女は、言うべきか少し迷っているというような表情で、


「私はお嬢様がどのような活動をしていても、特に気にはしないのですが……お嬢様の歌声は少々声がよく通るのでしまうので……下の階でも少し聞こえてしまうんです」


 楓のその言葉に、恵は驚きと同時にそれ以上の恥ずかしさが湧き上がる。


「そ、そうなの!?」

「はい……」

 「そ、そっか……分かった。教えてくれてありがとう、楓」


 恵は苦笑いしながらお礼を言うと、扉をそっと閉めてマイクのスイッチを入れる。



 「皆、ごめんね! 家の人に私の歌が響きすぎって怒られちゃったから、今日の枠はここまで! この後は、時間が取れたら何かやろうかなって思ってるから、出来たらよろしくね?」



 その言葉に『お疲れ様』や『また後でね』等とコメントが流れていく。それじゃあねーと言うと、数秒もし無いうちに放送が終わる。

 その数分後に、黒風、もとい白姫から通話の誘いがやってくる。士郎はその通話を受けると、



 「士郎君、さっきの放送見てくれた?」

 「見たっていうか、聞いたというか……カラオケ枠だろ? 歌、上手かったよ」

 「そ、そうですか? ……えへへ♪」


 ご機嫌な恵の声に、士郎の表情も思わず和らいでいた。



 「……あの、お昼に士郎君言ってましたよね、そういう関係とは限らないって」


 恵の確かめるような声音に、士郎は少し驚いた色を見せながら、


 「え? あ、ああ……確かに言ったけど……」

 「士郎君は、私の事どう思っていますか? 黒風や、白姫としてじゃなくて……恵として、一人の女の子として、です」



 突然の質問で、どう答えるべきかと迷う士郎。恋愛経験なんてないに等しいが、この質問に変に取り繕う必要はないという事くらいは理解出来た。



 「……正直、あの時の女の子が恵だっていう事が分かって、すげぇびっくりしたし、初めて会った時はその……めちゃくちゃ綺麗だって思ったし、昔、小さな頃に会った時の事も忘れた事はなかったし……あー、言葉の順序とか、色々おかしいかもしれないけどさ、俺の正直な気持ちは、恵の事が……好き、だと思う」



 一人PCの前で顔を真っ赤にしながら思いの丈をぶつけた士郎は、恵の言葉をじっと待つ。

 すると、少しの間を置いて恵がフフっと小さく吹き出しながら笑う声が聞こえてきた。それに士郎は、



 「ちょっ……笑う事ないだろ!? 俺だって恥ずかしかったんだから……」

 「あぁ……ご、ごめんなさい。だって士郎君好きだと思う、なんて言うんですもん。普通こういう事聞かれたら、好きか嫌いってハッキリ答えると思いますよ? 違いますか、士郎君?」

 「う……そ、その通り……だと思います……」



 恵の声に返す言葉もない士郎は、素直に肯定して画面の前でしゅんと項垂れる。恵は、分かればいいです。と少しいたずらっぽい声でそう言った後に、一息おいて、



 「……私も、士郎君と同じ気持ちです。士郎君の事が好きです。自分から言うのが恥ずかしくて、拒絶されるのが怖かったから、卑怯だけど先に士郎君の気持ちを確かめたかったんです。……だから、ここからは、私から伝えさせてください。士郎君が好きです。私とお付き合い、してくれますか? 士郎君」



 恵の必死の想いのこもったその言葉に、答える士郎の言葉は決まりきっていた。



 「喜んで。改めてだけど、これからよろしく恵」

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