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だから妄想は止められない!  作者: 増田みりん
第1話 出会いは妄想と共に
5/12

#5



 結局、栞は悠斗にノートを返してもらうことも、サイトを諦めてもらうことも出来なかった。だが、サイトの在り処がバレていないだけよしとしようと栞は自分を慰めた。

 しかし、その翌日から事あるごとに悠斗に絡まれ、栞は周りからとても注目されるようになってしまった。地味で目立たなくて平凡な栞にはそれが耐え難いが、それでもサイトをバラすわけにはいかないので、痛いくらいの視線に耐え続けた。


 正直、耐えきれなくて悠斗にサイトの存在を教えてしまおうかと思ったことが何回もある。それでも、今後の萌えのことを考えるとどうしても教えることはできなかった。

 言葉巧みに栞に吐かせようとする悠斗に対して、栞はなんとかそれを凌ぐ。

 最近、そんな悠斗の姿を見て妄想を口に出せば悠斗が呆れて何も言えなくなることに気付き、それに気づいてからは妄想を口に出すようにしていた。その分、何かが削れていくような気がしてならないが気のせいと思い込んだ。


 そんな攻防を栞と悠斗が繰り広げているのを、悠斗が栞に構っていると見て嫉妬をする女子生徒たちが出て来た。

 最近、やたらと悠斗に気に掛けて貰っている女子生徒。それが悠斗にお似合いな美人か秀才だったなら周りも認めたのかもしれない。だが、実際に悠斗が気に掛けているのは地味で目立たない平凡な栞で、なんであの子が、というような目で見られるようになった。

 友人も多い方でなかった栞は、あっという間に孤立した。そして地味な嫌がらせも受けるようになった。


 なんで自分がこんな目に、とは思うが、あの悠斗とよく話をしている。それも特に取り柄もなく、悠斗と接点がなにもなさそうな栞と。それだけで女子生徒からの嫉妬を買うのは馬鹿でもわかる。

 悠斗とこうして話すようになったのは栞が望んだことではない。だがそれは当人同士にしかわからないことで、周りからすればそんなことは関係ない。ただ悠斗に急接近している栞が気に入らないのだ。


 「調子に乗っている」だとか「自分のお顔を鏡で見た事がないのかしら?」だとかそんな陰口ばかり叩かれる。そんな日々に栞はうんざりと……

 ───していなかった。


(これが噂に聞く嫉妬というものなのね…! 凛花様も体験されたと噂の! 理不尽な悪口に気を落とす凛花様。けれどそれは人前では決して見せないの。ふと一人になった時に見せる弱気な顔…そんな凛花様の姿を家で偶然見かけた悠斗様が凛花様に何があったのか聞くのよ。でも凛花様は答えない。自分は信頼されていないのかと思い、その行き場のない想いをついつい凛花様にぶつけてしまって……っていうお話が確かあった気がするけど…なんだったかなぁ?)


 むふむふと妄想をして、栞は陰口を聞き流していた。栞にとっては陰口なんて気に止めるようなことではない。

 あんなものは聞き流すが一番なのだ。まともに受け取るだけ馬鹿を見る。

 栞はポケットにからノートを取り出そうとし、そのノートをまだ返して貰っていないことを思い出してため息をつく。


(あのノートは諦めようかな。色々なネタを書いていたから勿体無いけど、ノートがないと新しいネタを思い付いた時に書けなくて不便だし…)


 それでもあのノートには様々な神楽木姉弟のネタが詰め込まれていて、諦めるのも惜しい気がする。

 どうしようかなあ、と呑気に考えていると、突然声が掛けられた。


「あら、あなた…」

「へ? あ…あなたは…」


 中庭の片隅で一人楽しく妄想を繰り広げていた栞に話しかけたのは、艶やかな黒髪を綺麗に巻いた、少し吊り目の美少女──たちばな姫樺ひめかだった。

 彼女はこの学園でも有名だ。去年、悠斗の姉である凛花に数々の嫌がらせを仕掛けた人物として。


 姫樺はもともと凛花の恋人である奏祐の婚約者となるはずだった。姫樺は自分のいずれ婚約者となるはずだった奏祐のことが好きだった。だから、奏祐が凛花に想いを寄せていると知り、嫉妬をした。

 その結果、嫌がらせを仕掛け、大勢の生徒が見ている中でその奏祐から拒絶され、美咲や昴も怒らせた彼女は悪い意味での有名人だ。


 入学当初はたくさんいた取り巻きの女子生徒も今は一人もいなく、彼女は常に一人だ。彼女の傍にいるのは彼女目当ての男子生徒ばかり。それがまた女子生徒から妬みを買っているが、家格が高いためなにも出来ず、姫樺はただ孤立していった。

 そんな中でも姫樺は堂々としていた。胸をしゃんと張って俯くことなく歩いている。そんな彼女はとても強い人だと栞は思う。どう頑張っても栞はあんな風に強くなれない。

 姫樺は栞の憧れの凛花に嫌がらせをした人。でも、その凛とした強さにどうしようもなく憧れる。


「あなたは確か…葛葉栞さん、だったかしら?」

「えっ!? な、なんで私の事を知っているんですか…?」

「なぜって…あなた今、有名じゃない」


 きょとんとした顔をして姫樺は栞を見つめた。

 栞はそんなに有名になっているのかと顔を青ざめた。そんな栞のことなど気にした様子もなく、姫樺は可愛らしい声で言う。


「悠斗様に目を付けられているんでしょう? 心から同情するわ」

「………はい?」


 思いもしなかった姫樺の台詞に栞は思わず聞き返してしまった。

 今、姫樺は目を付けられているとか、同情するとか言っていなかっただろうか。あの悠斗と一緒にいて同情すると、そう言っていなかっただろうか。それともそれは栞の都合の良い妄想が生んだ幻聴だだろうか。


「あの悠斗様に目を付けらえているなんて、本当にかわいそう…とても厄介な方に目をつけられたわね」


 …どうやら幻聴ではなかったらしい。

 姫樺は心から同情した顔をして栞を見つめている。


「あ、あの…橘様はどうして私がその…悠斗様に目を付けられていると思われるのですか?」

「そんなの簡単な事よ。あの悠斗様が神楽木さん以外の女性に積極的に声を掛けるなんてことないもの。だから、あなたが何か悠斗様の気に障るようなこと…恐らく神楽木さん関連だとは思うけれど…とにかく、悠斗様の気に障ってしまって目を付けられているんじゃないかという結論に至っただけよ」

「はあ…」


 姫樺の言う事は全部的を射ている。

 栞は悠斗の気に障るような事──つまり創作活動だ──がバレて、そのせいで声を掛けらている。いや、姫樺の言う通り、目を付けられているというの適切だろう。

 だが、そんなことは悠斗のことを良く知る人物でないと知り得ないのではないだろうか。


「橘様は神楽木様のことをよくご存知なのですね…」


 うっかりと思ったことを口にすると、姫樺は困ったように眉を落とした。

 そして気まずそうな顔をして栞を見た。


「…悠斗様は、良くしてくださるから…」


 小さな声で姫樺が呟く。だけどそれは確かに栞の耳に届き、栞は目を見張った。

 姫樺は凛花に嫌がらせをしていた。それは確かな事実で、2,3年生なら誰もが知っている事だ。だから当然、悠斗だって知っているだろう。

 悠斗のシスコンぶりは誰もが知っていることで、そんな悠斗が姉に嫌がらせをしていた人物に良くしている。そのことに栞は驚いた。


(悠斗様なら、橘様のことを嫌うどころか、目の敵にしていそうなものなのに)


「あれ、橘さん?」


 気まずい沈黙が落ちた時、絶妙なタイミングで姫樺に声が掛けれた。

 その人物は先ほど話題になっていた悠斗だった。




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