繋がり
⋯⋯返事が来ない。
気合いを入れて連絡をしたにも関わらず、あれから五時間も待ちぼうけをくらってしまった。
カーテンが開けられた窓から太陽の日差しが部屋へと降り注がれている。それを見た途端に寝不足からか少し目が眩んだ。
僕は立ち上がりカーテンを閉めに窓へと近付くと、ガチャ! っと勢いよく玄関が開く音がしたので窓越しに下を見てみる。
そこには、慌てながら玄関から出てきた母さんの後ろ姿が見えた。
それを見て僕は一安心する。僕に付き合ってもらったせいで寝不足になったのだから、もし休んでいたら僕は気にしていただろう。
母さんは車に乗る前に僕の事に気付いたのか、こちらに向かって大きくブンブンと手を振ってきたので僕は苦笑いをしながら小さく手を振り返した。
満足したのか、母さんは意気揚々という感じで車に乗り込み仕事へと出勤して行く。
僕はそれを見送った後カーテンを閉め、そのままベッドへと飛び込み横になる。
枕の横に携帯を持ち、そのままRAINを確認してみると、日和に送った言葉にはまだ既読すらついていなかった。
一瞬、ブロックという相手を拒否する機能がある事を思い出し気持ちが落ち込みそうになるが、その事を頭から振り払った。
もう、ネガティブに考えるのはやめよう。
「はぁ⋯⋯」
芳しくない結果に思わず溜め息を吐いてしまった⋯⋯もう寝よう。
このままでいると気分が沈みそうだったので睡眠を取る事にした。
早く日和に会いたい。会って、次はちゃんと気持ちを伝えないと。そう思うと何故か心臓が高鳴ってくる。
これはいつの間にか無くしていた気持ちだと意識が落ちていく中でそう理解した。
目が覚めた後、僕はご飯をカップラーメンで済ましてずっと携帯とにらめっこをしていた。
RAINを見続けているが何も変化がないのでもう一度眠る事にした。
次の日の朝。
まだ太陽が上りきっていない時間に目を覚ました僕は、枕の横にある携帯へと手を伸ばし、RAINを見て既読もついていない事に落胆をした。
僕は現実逃避の為にもう一度枕に顔を埋めながら二度寝をする。
⋯⋯結局、その日は連絡が来なかった。
母さんは僕の落ち込み具合を見て現状を察したのか何も言ってこず、僕も話す気力はなかったのでそのまま部屋へと戻った。
次の日の朝も同じように確認してみるが、まだ既読もついていないことに、はぁ⋯⋯と溜め息が口から漏れてしまう。
日和の身に何か起こったのだろうか? それとも、本当に嫌われてしまったのだろうか?
嫌な想像が頭を覆いそうになったので僕は気分を変える為にパソコンの前に座り、書き途中の小説を開けた。
「これを書かないと、胸を張って日和と会えないしな⋯⋯」
今の僕は日和に僕の小説を読んでもらいたくてこれを書く事に決めている。
ありったけの思いを込めていくと、スラスラ頭の中から文が出てきて自分でも驚く。
まるで文豪が僕に乗り移ったのではないかと錯覚してしまう程に今の僕は筆が乗っている。
しかし、時折その集中を途切れさせて携帯を確認してしまうせいで作業自体の効率は捗ることはなく、僕はそっと書きかけの小説を閉じて天井を見上げた。
「⋯⋯日和」思わず口から日和の名前が出てしまう。
僕はそのまま日和との思い出を振り返り、物思いに耽る。
その途中で、日和の呟いていた言葉に気になった単語があった事を思い出して僕はパソコンで検索をかけてみた。
──小春日和。
僕の名前と日和の名前を組み合わせた名前だ。これに対して日和は悲しみの感情を抱いていた事を疑問に思ったはずだ。
そこに出てきた文字列を読み、僕は自分の思っていたこととは違う事に気付いた。
──小春日和は晩秋から初冬にかけての暖かく穏やかな晴天である。
⋯⋯春先の暖かい気候ではなかった。
冬は別れの季節。そういう意味合いも含まれてるのは僕も知っている。
日和が映画を見て泣いた理由もそれで理解出来る。
あのヒロインが小春日和と言ったのは、主人公と死に別れが分かっているから出た言葉だったのだ。
そういえば、日和も一回言った事があったような⋯⋯
僕は頭の中にある記憶をたどり、日和との出来事を思い返す。
そして、思い出したくもない記憶の中にそれはあった。
じゃあ、あの時⋯⋯花火の日に日和が呟いたのは⋯⋯
その意味を理解した時、僕は全身に嫌な悪寒が走った。
あの時にはもう、日和は僕と別れる事を決めていたって事になる。
──何故? 問い掛けても答えは出ない。
日和が連絡に出ないのも当然だ、元々僕とは別れるつもりだったのだ。母さんの読みも外れたみたいだ珍しいな。
──もう諦めて前を見よう。
⋯⋯ピチャ。
そう考えた瞬間に机の上に水滴が落ちていた。
手で顔に触れてみると目の下が濡れている。どうやら僕は泣いているようだ。
残念ながら僕はまだ日和が諦めきれないらしい。
それも当然だ、どんなに理屈を並べても今の僕は日和に会いたくてたまらないのだから。
もう日和を否定しない、逃げないって決めたんだ。
僕は日和が⋯⋯好きなんだ。
そう思った瞬間、その思いが胸から溢れて止まらない。
僕は強く涙を拭う。泣くのはやめにしよう。
日和と色々話すんだ。日和と話す事が沢山ある。
日和の笑った顔、もう一度その顔を見る為に僕は日和に会いたい。
最初にデートをした時の事を思い出す。日和がはにかんだ時の事を。
僕は今の気持ちを落とさないように、思い切って電話をかけてみる事にした。
あんな別れをした後に直接話しをするのは気まずくて嫌だったから電話をかけるのを躊躇っていた。
でも、もうそんな恥や外聞の一切はここに捨てておく。
ここからもう一度前に踏み出すんだ。
今度はお互いにずっと一緒にいたいと思えるような、そんな関係を目指していく。
「⋯⋯おかけになった電話番号は現在使われておりません」
僕の抱いていた気持ちが裏切られるように携帯の電話は繋がらなくなっていた。
日和との繋がりが切れた事に目の前が真っ暗になりかけるが、頭を振り気持ちを切り替える。
考えろ、日和と連絡を取る方法を⋯⋯
僕は日和との繋がりを思い返し、今までどうやって連絡を取ってきたのかを頭の中にリストアップしてみる。
──ぼりぼり。
僕は日和との未来の為に頭を回す。
電話。これは駄目だ繋がらなくなっている。
RAIN。これも電話を日和が使ってないのを確認して無理だとわかった。
日和と出会ってから連絡を取ったのはこの二つ。
家の電話番号は知らないし、パソコンのメールアドレスも知らない。これでは、打つ手がないな⋯⋯
頭を掻きながら頭を限界まで回す。他に日和と連絡を取る方法は⋯⋯
──日和と出会う時にどうやって連絡を取っていたんだ?
頭の中にふっと浮かび上がってきたその言葉に僕は現実の日和と出会った時の事を思い出す。
あれは、確か⋯⋯
最後の可能性に思い当たった僕はハッとパソコンの画面へと目を落とす。
そうだ、現実では日和の繋がりが切れてしまったかもしれない。
でも、これならまだ可能性が⋯⋯
僕はアイコンから『それ』を立ち上げる。
気が向いたらやろうと思っていた『それ』を。
──シャイニング・ファンタジー。
日和との出会いが始まったゲームが画面に映し出された。




