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僕に彼女(♂)ができました~僕の彼女は男の娘!?~  作者: 真上誠生
~第一章~

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16/20

悲しみを乗り越えて

 しばらくその場所で呆然と立ち尽くした後、僕は家への帰路を歩きだす。


 ⋯⋯足が重く感じる。


 まるでこの闇から手が生えていて僕の後ろ足を掴んでいるんじゃないかと思うくらいに身体が前に進まない。


 僕はそれを振り払うように何も考えないまま足を前へ、前へと運ぶ。


 それでも足の重さが取れることはなく僕は足を引きずるように歩くしかなかった。


 しばらく無意識で歩いていると、気が付けば駅の前にいた。


 僕は携帯を見てみるとぎりぎり終電に間に合う時間だったのは助かったのかどうか。いっそのこと一晩くらい外で過ごしたいと思っている自分もいる。


 更に携帯を確認してみると母さんから電話が来ていた。他にも軽く確認してそのまま携帯をポケットにしまう。今は母さんと話をしたくない。


 ⋯⋯帰りたくない。


 その気持ちが強くなるがお腹が鳴り一気に気持ちが萎んでいくのを感じた。


 お金をもっと持ってくるべきだった、それならファミレスとかで時間を潰せたのに。


 僕は急いで最終電車に乗り込み、天井を見上げる。今日の出来事を思い返しながらぼーっと呆けてしまう。


 ──日和と別れた。


 その事にまだ実感を持てない。


 いつもこういう所で頭の中に言葉が思い浮かぶのだけど、こんな時に限って頭は何も言ってくれなかった。


 駅へと着いたので電車を降りる。考え事をしていたせいで危うく乗り過ごしてしまいそうになってしまった。


 駅に停めてあった自転車に乗り、家へと帰る。

 暗闇で前が見えず、途中で溝にはまり盛大にこけてしまい、膝が擦れたのかヒリヒリし始めた。

 こけた拍子に打ち付けたのか、身体の節々が痛い。家の近くでこけた事が不幸中の幸いだろう。


 僕は自転車にまたがり再び漕ぎ出そうとした途端、前のタイヤに違和感を感じたので自転車を止めた。

 降りて確認をする。その原因はすぐにわかった。


 溝にはまったせいか自転車がパンクしている。僕は仕方なく自転車を押しながら家へと帰ることにした。


 しばらく歩き、ようやく家に着く。


 僕は家の前で携帯を見る。今は零時、母さんは眠っている頃だろう。


 今は母さんと顔を合わせたくない、気付かれないように音を立てずにゆっくりと玄関を開けた。

 それでもバレないようにするのは無理だった。


「おかえりなさい」玄関を開けるとそこには母さんがいた。

「なんでいるの」僕は思わずそうぶっきらぼうに返してしまう。


「まずは帰ってきた挨拶をしなさい」そう母さんに諭されて「⋯⋯ただいま」と言った。


「ご飯もあるけど、先にお風呂から入ってきなさい。汚れがひどいからその服は別の入れ物に置くようにね」

 母さんの言葉通りに風呂へと向かう、今は何も考えたくない。


 母さんは何があったのか何も聞かない。それが楽だったけど、寂しくもあった。


 脱衣所に入る前に洗面所で自分の顔を見てみると、生気が抜けたような酷い顔をしていた。


 この顔を見れば誰が見ても何かあったことくらいはわかるだろう。その事に何だかおかしさを感じ、ははっと乾いた笑いしてしまった。


 脱衣所へと入りズボンを脱ぎ怪我を確認した。軽く擦っただけで血は出ておらず、すぐに治りそうだ。


 残りの服を脱いでいる途中に気付いたが、上着を見てみると買ったばかりの服が汚れている。しかも、肘の所が少し破れていた。こけた時に擦ったのだろう。


 お気に入りの服だったんだけどな⋯⋯そう染々と思い返す。その服を着てまだ二回目なのに愛着が湧いていた。


 ──また日和と服を買いに行こう。


 そう思った所で今日の出来事を思い返し、もうそれが無理な事に気付いた。


 僕達は別れたんだ、もう一緒に服を買いに行くことはない。


 その事を思い、別れたという実感が急に胸を襲い頭は日和の思い出を映し始めた。


 ダメだ、思い出したらダメだ。


 そう思えば思う程、強く日和の事が思い浮かぶ。今までの日和との思い出が脳裏にフラッシュバックしてくる。


 日和の笑った顔、日和の怒った顔、日和の呆れた顔、日和の照れている顔、日和の恥ずかしがっている顔、日和の決意を決めた顔、日和の無表情な顔様々な日和の顔が頭に浮かんでくる。


 最後に浮かんだ顔は、くしゃくしゃに歪んだ泣き崩れた顔だった。


 ──ごめんなさい。


 まるで今言われたかのように日和の謝る声が耳の奥にこびりついている。


「ごめん、なさい」僕は誰もいない空間に、そう言葉を発した。


 僕がいけなかったのだ、僕が曖昧な態度を取ってしまったせいで日和を不安にさせてしまった。


 それに、僕は日和を傷付ける事を言ってしまった。


 ──謝らなければいけないのは僕の方だ。


「ごめん、日和⋯⋯ごめん」その言葉を言わなければいけない相手はここにはいない。その事実が胸を締め付ける。


「ごめん、日和」僕はもう一度ここにはいない相手にその言葉を言う。声に嗚咽が混じり始めた。


 手に持っている服をかき抱く。胸にぽっかりと空いてしまった穴を埋めるかのように、破れたそれを強く強く抱き締めた。


 水滴が落ち、床を濡らす。


「⋯⋯ごめん、なさい」もう一度言った。何回言っても相手には聞こえない。言う機会はない。


 僕の声は泣き声に変わっていた。床に落ちた水滴が自分の涙だとようやく気付く。


 僕は最低な事を言ってしまった、その事実は変わる事がない。それでも謝りたかった。


 もう一度、日和に会いたかった。


 その後しばらく僕は一人で嗚咽を洩らしながら涙を流し続けた。


 誰もいないから気遣う事もなく涙が枯れるくらいに泣きはらした。


 落ち着いて来た頃、母さんが先に風呂に入れと言った本当の理由がわかった気がした。


 風呂を上がると母さんが食卓で椅子に座りながら待っている。


 顔を合わせたくないはずだったが、僕は母さんの前に座り「⋯⋯いただきます」と言ってからご飯を食べ始める事にした。


 母さんは僕が食べている間、何も言わずに僕が食べる様子をじーっと見ている。


 誰かがいるというだけで落ち着く。一人ならまた思い出して泣いてしまったかもしれない。


 僕はご飯を食べ終わり「ごちそうさまでした」と言いながら手を合わせた。


 母さんは「お粗末様でした」と言ってから僕の食器をまとめて流し台へと持っていく。


 そして、僕は母さんが片付けを終わらすまでじっと椅子に座ったままでいた。


 僕は天井を眺めながらぼーっとしている。


 しっかりと泣いた上に、ご飯を食べたお陰か幾分気分転換が出来た。気持ちは重いままだけど普段通りには生活出来そうだ。


 母さんは片付けを終えたのか、手を拭いてからこっちへと来て椅子に座った。


「僕に何か話したい事があるんでしょ?」


 母さんは少し驚いた顔をする。何もなければこんな時間まで起きてはいないだろう。


 今の時間は深夜の二時になっていた。母さんがこの時間まで起きていたことは僕の記憶の中にはない。


 母さんがゆっくりと口を開く。


「まずは怒る所からかな。遅くなるなら連絡はしなさい」


「⋯⋯ごめん、色々あって」


 僕は電話をせずにいたことを素直に謝った。母さんには少なからず心配をかけた事だろう。


「そうだね、あんたの顔を見てれば大体わかるよ。日和ちゃんを焚き付けたのは私だからね。その罪滅ぼしにあんたの聞きたいことがあれば答えるよ」


 母さんにしては珍しく口数が多かった。少しは緊張しているのかもしれない。


 焚き付けた、母さんはそう言った。


 それはなんとなく理解していた、それが本人の口から出るとは露程にも思っていなかったが。


 僕は突然の提案に少し思案した後に、これだけは聞きたかった事があった事を思い出す。


「母さんは日和が男だって気付いてたの?」


 日和と別れた今、その事は隠さなくてもよくなった。

 母さんが焚き付けたと言っていたから日和をどう見てたのか聞きたい。


「知ってたよ」母さんがあっけらかんとそう言ったので僕は拍子抜けをした。


「知ってて、何で僕と日和を近付けさせようとしたのさ?」僕はその事が気になった。


 息子に男をくっつけさせようとするとか普通ではあり得ないと思う。気になっても仕方ないだろう。


「小春。よく聞きなさい」母さんは僕の目をじっと見る。いきなり名前を呼ばれてその目を離す事が出来ない。


「──頭ではなく、心で動きなさい」


 母さんは前に聞いた言葉を使った。僕の理解出来なかった言葉だ。


「それ、どういうことなのさ?」母さんの意図を知りたくて、僕はそう聞いた。


「前に私が聞いた事を覚えてる? 今は幸せかって」


 確かに覚えている、母さんが珍しく真剣だったから忘れられるはずがない。確かその時に返した言葉は⋯⋯


「その時、あんたはすぐに言ったんだよ。幸せだってハッキリね」


 そうだ、その時の僕は幸せだった。気持ちが地面に着かないくらいうかれていたはずだ。その気持ちを失ってしまったのはいつだった? 確か、花火大会で日和を男と意識し始めてから⋯⋯


「でもその後にあんたが日和ちゃんとうまくいってないのは実際に会ってみてわかったからね、多分あんた日和ちゃんが男だからーとかそんなの考えてたでしょ」


 当たっている。確かに母さんと日和が出会った頃にはギクシャクしていた。いや、違うな⋯⋯こっちから一方的に日和を遠ざけていた。


「本当のあんたは幸せなのに、色々なしがらみを考えていたせいでどんどん二人に距離が開くと思ったから言ったんだよ」


 それにしても母さんの観察力には本当に舌を巻く。それにしても、何で日和とうまくいってないとわかったんだろう? 僕はそれを聞いてみる事にした。


 聞いてみた結果、母さんは驚いた顔をした、マジかこいつとでも言いたげな顔だ。


「あー、日和ちゃんの指輪を填めたのあんたって聞いたけど」


「そうだよ?」確かに僕が填めた。


「左手の人差し指って日和ちゃんが指定したんだよね?」


「うん」なんでそんな事を聞くんだろう?


「あの指輪を填める指にはそれぞれに意味があってね、日和ちゃんが填めていた指には、私を見つめて欲しいって意味が含まれているんだよ。普通に上手くいってるならそんな指につけないだろうと思ってね」


 母さんは「だから実際に日和ちゃんと話してみたけど、日和ちゃん苦笑いしながらすまなそうにしていたよ」と言っていたけど僕の耳には入ってこない。日和が出していたSOSを気付かなかった事にショックを受けてしまって何も考えられない。


 ──私を見てよ! 叫んでいた日和の姿を思い出す。僕は日和を見ていなかった、理解していなかった。


「母さん、色々教えてくれてありがとう」母さんの話を遮り、僕は母さんに感謝をした。

 僕は何もわかっていなかった事がよーくわかった。


「もう大丈夫かい?」母さんは僕に聞いてくる。


「うん、もう大丈夫」僕は母さんの目を見てハッキリと答えた。母さんのお陰で色々と吹っ切れてスッキリとした。


 そして、これだけは言わなければいけない事があった。


「母さん、もしかすると貴女の息子は世間では間違っている道へと進んでいくかもしれない。貴女と血の繋がった孫を見ることも叶わないかもしれない。⋯⋯それでも許してくれますか?」


 母さんはその言葉を聞いて悩み始めた。言うべき言葉を探しているのか目線が宙をさ迷っている。


 やがて、母さんは僕の事をしっかりと見て口を開いた。


「一回言った事があったね、あんたが元気でいてくれて人様に迷惑をかけないならなんだっていいさ。あんたを幸せにしてくれる人がいるなら全力でその人を幸せにして二人で幸せになりなさい」


 母さんの言葉は迷っている僕の背中を押してくれた。


「さて、そろそろ寝るかね。げっ、明日の仕事は休もうかな⋯⋯」母さんは時間を見て驚いた後、軽く欠伸をしながら母さんは部屋へと戻った。


 僕はその後ろ姿に「おやすみなさい、ありがとう」と感謝の言葉を述べた。


 ──これは、心から出た本当の言葉だ。


「おやすみ」母さんはこっちを見ずに指を立てて「頑張んなさい!」と応援をしてきた。


 母さんと話せてよかった。顔を合わせたくないとか言っていた僕をブッ飛ばしたくなるくらいには。


 今の僕にはほんの数時間前まで落ち込んでいたとは思えないくらいの活力が漲っている。


 僕は軽い足取りで部屋へと戻る。


 僕は馬鹿だった。日和に言いたくない事を言わせてしまった。


 ──私は一度も好きだなんて言っていないよ。


 この言葉は逆に言えば嫌いとも言われていない。日和が僕と離れる為の口実にしたのだろう。


「日和の気持ちなんて、ちゃんと見ていればわかるはずなのにな」


 今ならちゃんと僕の事を日和に言える。別れの言葉を言われて、ようやく大切な物に気付かされた。


 僕は日和と離れたくないんだとようやく気付いた。

 都合が良すぎるかもしれない。嫌悪感を抱かれるかもしれない。


 ⋯⋯それでも、日和との日常が欲しい。


 ──そして、僕は勇気を出して日和のRAINに連絡をした。

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