迷い、不安
その次の日の朝、身体に少し気だるさを感じながら目が覚めた。
昨日は母さんの言葉を考えていたら眠るのが遅くなってしまった⋯⋯と思う。
気が付けば意識が飛んでいたので、眠った時間は正確にはわからない。
今日はなにもしたくない⋯⋯
そう思いながら寝返りを打つも、そんな気持ちは腹から出る情けない音で消えていった。
そういえば、昨日の夜は何も食べてなかったっけな⋯⋯
どんなに動かなくても腹は減る、ベッドでゴロゴロしている間にも数回、ぐぅ⋯⋯と音が鳴った。
⋯⋯仕方ない起きるとしよう。
動くのも億劫だが、腹の音に急かされるように、いつもの朝支度をする事にした。
洗面所へと向かう途中、部屋がいつもより暗くて電気をつける。
気になってリビングからカーテンを少し開けて窓の外を見てみると、空を覆い尽くすように一面が鈍色の雲で染まっている。
まるで今の僕の心模様みたいだな、もしかすると心に抱えている不安が世界に映ってしまったのだろうか、なんてありもしないことを考えてしまった。
──物語じゃあるまいし、と軽く自嘲する。
心にまとわりついてきそうな程のどんよりとした重い色を見ていると更に憂鬱になりそうなのでカーテンを閉じた。
──心が憂鬱なのはあの二人のせいだ。
──なんで僕がこんなに落ち込まなくちゃいけないんだ。
そんな事を考えてしまった僕は、どんどん嫌な奴になっていってるのかもしれないなと自分に嫌悪感を抱きそうになる。
でも、こっちが本当の僕なのかもしれないと思うと少し心が楽になったので、それを受け入れる事にした。
僕はご飯を食べた後、暗い家の中を歩き部屋に戻る。
そこで、床に転がっている携帯を見て日和に連絡を入れてないことを思い出した。
返事をしないといけない。
そんな義務感で携帯を拾い上げRAINを確認する。
日和から更に連絡が来ているのがわかり、メッセージを見るのが少し怖くなった。
返事をしなかった事を言及されたらどう返せばいいのだろうか。
そんなことを思いながら内容を見る。
「ハル君おはよう」
「今から教室に向かうね」
「今日はすごく曇ってるね」
「雨が降らないといいけどな」
そこに書いてあるのはそれだけで、さっきまでの緊張が少し解けていく。
それとは別に少し悲しくもあった、なんでかはわからない。
言及されるのを望んでいた?そんな事を考えてから頭を振った。
違う、そんなわけがない。
僕は日和に「おはよう」とか「気を付けて行ってくるんだよ」とか当たり障りのない返信をしてから、「明日の遊園地には雨が降らないといいね」と最後にそう送り充電器に携帯を挿し大きく息を吐いた。
さて、何をしようかな。
時間の空いた僕は何か集中出来ることを探すことにした。
ぼーっとしているとネガティブな思考がどんどんと加速していきそうで怖くなる。
部屋を見渡すとパソコンの所で目が止まり、小説の続きをしようという気持ちになった。
僕は机の前に座り、パソコンを立ち上げた。
プロットと名付けてあるアイコンをクリックすると画面一杯に僕の書いてある文章が出てくる。
さて、この前の続きからプロットを作る事にしよう、この前はどこまで作ったっけな。
そこに書いてあるものを見て、昔を懐かしむような気持ちと喪失感に襲われた。
この頃の僕はまだ日和に⋯⋯
そこまで考えてやめた。
今は前を向くんだ。
アイディアを出そう、そう思い昨日の出来事を思い返す。
そうだ、昨日の母さんとの出会いなんかも入れて見た方が面白くなるかもしれないな。
一個アイデアが出ると、どんどん頭の中からアイデアが湧いてくる。
──僕の意識はどんどんとパソコンの画面に集中していった。
「出来た!」
パソコンの画面には完成したプロットが映し出されていた。
話のおおまかな流れは出来た。
その話の内容はこうだ。
高校二年の夏休み、好きな子に告白をしてフラれた主人公が折れた心を癒しに水族館へ行く。
水に包まれた幻想的な空間で一人の女の子に恋をする。無意識にその子に声をかけるも逃げられてしまい、更に落ち込んだ主人公が夏休み明けの登校中、学校の前でその子と出会う。
しかし、その子は実は男だった。
学校内ではそれが周知の事実でわかっていて主人公もその人物の話を聞いたことがあった。
誰にでも気さくに話しかけるその人は、一つ上の学年の先輩で皆から好かれている。
主人公はその子が本当に男なのか誰も知らないことに気づき、真実を追う事を決める。
水族館で出会ったその人は本当に男なのか、それを確かめるため、主人公はもう一度校門前でその人に声をかける。
「あの、僕と付き合ってくれませんか」ここから物語が始まる。
そこからはデートとか、その人の秘密を教えてもらったりだとかのイベントをこなしていきその人と付きあ⋯⋯
──本当にこれでいいのだろうか。
僕はその思考で現実に引き戻される。
僕自身が日和との関係を踏み込めていないのに、こんな作品を書いてしまってもいいのだろうか。
この作品は嘘で塗り固められている。
そう思い、ここまで出来たものを全て消してしまいたい衝動に駆られる。
デリートのボタンを押してしまいたい気持ちの葛藤を押さえつけ、保存のボタンをクリックした。
──これで、いいんだ。
そう自分を納得させた。
時間を見ると、もうすぐ母さんが帰ってくる時間だった。
顔を合わせたくないから先にご飯を食べよう⋯⋯そう考え台所へと向かった。
台所を物色するとカップラーメンを見つけたので鍋を準備して湯を沸かす、湯が沸くまでの間気になったので外を眺めてみた。
外では曇天の空から雨が落ちていた。いつから降り始めたのかはわからない。
母さんは傘を持っていったのだろうか少し気になったがあの人なら大丈夫だろう、そんな結論に至った。
湯が沸いたのでカップに入れ、二分待つ。
固めの麺が好きだからいつもそうしている。
ラーメンを食べただけでは少し物足りないけど、母さんと鉢合わせをするのが嫌なのですぐに後片付けをして部屋に戻った。
今日はもう小説を書くのはやめよう。
あれをもう一度見ると消してしまうかもしれない。
気持ちに整理がついてからでいいだろう。
そして、僕は机に置いてある宿題を見る。
残っているものは今日で終わらせよう、そう思った僕は宿題に取りかかった。
⋯⋯夏休みの宿題が終わったのはそこから二時間後、僕は解放感に包まれながら身体がこわばっていたので大きくノビをした。
これでもう夏休みの残り時間は自由に使えるな。
少し疲労感を感じた僕はベッドに飛び込んだ。
毛布の柔らかさを身体に感じつつ、目を携帯の方に向ける。
そういえば、今日は携帯を全然見ていなかったな⋯⋯
日和から連絡が来ていたら⋯⋯とりあえず確認をするか。
僕は恐る恐る携帯を確認した。
「雨降って来たね、明日は晴れるといいな」それだけ来ていただけだった。
僕は「そうだね」「明日は昼からどこで待ち合わせする?」そう送りながら返信を待つ。
すぐに既読がつき「一時にそっちへ向かうね」とメッセージが送られてきた。
「わかった」と送った後に少し違和感を覚えて僕は首を傾げる。
何をおかしいと思ったんだろう⋯⋯
考えてもわからなかったので、考えるのをやめた。
明日は遊園地か、ここから近いのは志麻にある遊園地かな。
そういえば、子供の頃にも遊園地って行った事なかったなと思いながら明日を少し楽しみにしてる僕がいた。
──明日も話のネタになる事ができるといいな。
そんなことを考えながら明日の為に、僕は布団に潜った。
おやすみ、と心の中で呟いて瞼を閉じると意識は闇の中へと吸い込まれていった。




