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百魔の主  作者: 葵大和
第九幕 【魔王歌劇の幕が上がる】
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95話 「千年亭ミレニウム」

「大人げなかったかな……」

「ははっ、別にいいだろ。それに、あそこでお前が動かなきゃ俺が動いてた」


 さきほどの一件から歩くこと数分。

 ほんの少し隙間の増えた大通りを歩きながら、メレアが自分を戒めるようにぽつりとこぼしていた。

 片手を額において、「やってしまった」と言わんばかりのポーズを取っている。

 その隣ではサルマーンが楽しげにメレアの背をばしばしと叩いていた。


「なんでもかんでも引いてりゃいいってもんじゃねえぜ」

「そういってくれると多少は慰めになるよ」


 メレアは眉尻を下げて、小さく苦笑を浮かべる。商人と相対していたときの超然とした空気とはまるで正反対で、その表情だけを見れば、どこにでもいそうな少し気弱な青年というふうだった。


「それにほら、こいつも嬉しそうだし」

 

 そんなメレアを見て、サルマーンは続けて言葉を紡いだ。

 眉をあげて楽しげな笑みを浮かべるサルマーンの手は、親指をあげてある方向を指し示している。

 それはメレアとは反対側、サルマーンの身体を挟んで逆隣の方向であった。


「う、嬉しがってなどっ!」


 そこには、ややもじもじとした様子で歩くエルマの姿があった。メレアから一歩ほど遅れる位置を、絶妙にキープしている。

 うつむき気味で、以前と比べるといくぶんサラサラとした黒髪が、彼女の表情を部分的に覆い隠していた。


 サルマーンがそんなエルマに悪戯気(いたずらげ)な表情で声をかけると、エルマはその黒髪の下から朱に染めた頬をちらりとのぞかせて、抗議の声をあげた。


「べ、べつに私はっ――」

「うっそだぁ。かばってもらえて嬉しかったとかじゃねえのぉ?」

「おっ、お前っ、余計なことを言うな! 仮にそうでなかったとしても口に出すことで勘違いされ――」

「勘違いなの?」

「……」


 サルマーンがわざとらしく、心底不思議がるように首をかしげて()くと、結局エルマは口をもごもごととさせながら再度うつむいてしまった。黒の前髪を目深にたらし、目元を覆い隠す。

 しかし、そうやってうつむく寸前に、その美貌に乗った紅潮がいっそう濃くなったのを、サルマーンはしっかりと捉えていた。

 ややあって、彼女がそのまま両手の指を突き合わせて一人でぶつぶつと呪言を上げはじめたのを聞き、内心に「やりすぎたか」と少しだけ自分を戒める。


「サル! エルマいじめない!」「サルのくせに!」


 すると、サルマーンの後ろできゃっきゃと騒いでいた双子が、今のやり取りを目ざとく見ていて、サルマーンに声を飛ばした。

 二人の手元には大きな二つの棒付き飴が握られていて、それがさきほどメレアと交わした取引の成果物であることを如実に知らせてくる。


「わかったわかった。――てかミィナ、お前最近とりあえず『サルのくせに』って言っときゃいいと思ってねえか?」

「でへへ」

「否定しろよ……」

「くわしい文句はおねーちゃんに任せてるの!」

「はあ……」


 通りすがりの菓子店で買ってもらった大きな棒付き飴をぺろぺろとなめながら、双子の妹〈氷王〉ミィナは笑っている。

 サルマーンも彼女を見てため息をつきながら、「まあいいか」と投げやりにその話題を終えた。


「で、金の亡者」


 と、サルマーンがそうやって軽く後ろに視線を飛ばしたままで、言葉の矛先を変える。


「はい?」


 サルマーンの声に応答しながら少し前に出てきたのはシャウだ。


「どこ曲がりゃいいんだ? 宿、隣の路地って言ってたろ?」

「ああ、そうですね。ではこのあたりで曲がっておきましょうか」


 シャウがあたりをきょろきょろと見まわした。

 やがて、数秒もしないうちに大通りの横道を発見し、そこを指差す。


「あそこから抜けましょうか。――メレア、それでいいですか?」

「もちろん」


 シャウの指の向く先を、魔王一行が同時に見る。

 シャウの問いにメレアがうなずきを返し、一行はシャウの導きに応じてつま先の向きを変えた。


◆◆◆


 『骨董屋フールーズ』と書かれた看板が掛けてあるレンガ造りの建物と、『怪奇芸術館』と壁にそのまま彫られている灰色の建物の間の横道へ、メレアたちは足を踏み入れた。


「怪奇芸術館だってよ。メレア、お前行けば飾ってもらえるんじゃねえか?」

「『リンドホルム霊山出身です』って言えばいけそうだな」

「てか術式が隆盛してる中で怪奇っていうと、また収集するのが難しそうだな……。あれは良くも悪くも今まで正体不明だった事象を簡単に説明しきっちまう」


 メレアたちは雑談を交えながらその細い路地を通り抜ける。

 横道とは言いつつ、外壁にもまばらに術式灯が掛かっていたりして、さほど暗すぎるということはなかった。

 隣り合う店の雰囲気が怪しげで、それゆえに術式灯の色がどことなく妙ちきな印象をたたえて見える以外は、特段に変なところはない。


 横道を通り抜けると、一本隣の路地へ出る。


「中央街路から一本左隣りですから、ここが宿場通りですね」


 シャウがいつの間にか手元に地図を広げて、それを見ながらうなずいていた。


「宿の名前は?」


 メレアが眉をあげて訊ねる。


「〈千年亭ミレニウム〉、という宿です」

「はは、なんだか大仰な名前だな。――嫌いじゃないけど」


 シャウの即座の答えを受けたメレアが、ふっと顔に楽しげな笑みを乗せて言った。


「宿ごと千年生き残る芸術となりますように、らしいです」

「とはいいつつ、一応千年でいいんだな」


 次のシャウの言葉に答えたのはサルマーンだ。顔にはメレアと同じような笑みを乗せている。

 サルマーンの言いように、シャウもやや体裁を崩して身振りを加えつつ、軽い表情で答えた。


「果てない芸術は芸術じゃない、という信念でも持っているのではないでしょうか」

「はは……、――ここの住人って難儀なやつ多すぎだろ……」


 人の芸術観に口を出すほどえらくはないが、サルマーンはその芸術観の多用さに嘆息せずにはいられない。

 こぼれたため息はぷかぷかと軽い調子で空に昇り、芸術都市の空気に吸い込まれていった。



 一行はしばしの間また雑談をしながら歩いて、ついにその宿の看板を見つける。


「あった」


 メレアが遠くを見るような目をしながら、指を差した。


「ぜんっぜん見えねえ」

「うん、あった、よ」


 サルマーンの答えとは対照的に、鎧姿のシラディスと肩を並べて歩いていたアイズが、こくりとうなずきを見せていた。


「ホントお前ら目いいな……」


 自分も良い方なのに、と小さくこぼしながら、サルマーンはメレアとアイズに言う。

 そんなサルマーンの言葉に、メレアはわざとらしく両手を広げて、「だろう?」とでも言わんばかりにポーズを取る。その拍子に白髪が楽しげに左右に揺れ、身にまとっていた刺しゅう入りのマントがふわりと舞った。

 対するアイズは、照れるような笑みを浮かべ、頬を紅潮させている。サルマーンの裏のない褒め言葉に、しかしアイズは並々ならぬ嬉しさを抱いたようだった。

 その反応に、彼女の生い立ちゆえの複雑さが紛れこんでいることを、ほかの魔王たちは静かに察していた。


 しかし、魔王たちはあえてそこには触れない。

 それは、特別にアイズを気遣って、というわけではない。

 あえて取沙汰するほどのものは、今のやり取りにはなかった。――当たり前なのだ。

 

 当たり前のことを、当たり前に褒めただけだ。


 今までそれがなかったから、まだ少し慣れていないだけなのだ。

 そういう小さなことに強く喜べることはとても良いことだけれど、そこで満足してしまえば、自分たちの足は地を蹴る力を失う。


 これはまだ序の口である。

 だから、あえてそこには触れない。


 二人の反応を受けて、魔王たちは口々に冗談や同意するような声を交えながら、また歩を進めはじめた。


◆◆◆


「ごめんくださーい」


 〈千年亭ミレニウム〉。

 表通りに数多くあった石造系の建築様式とは異なり、その宿の素材は木材であった。

 しかし、見事な木材だ。


 やや深い茶色に彩られている木材は、その表面の木目模様を見るだけで不思議と時の重さを感じさせる。

 重厚で、威厳のようなものが伝わってくる。


 宿の軒下に下げられた吊り灯火も、術式灯ではなくて、手の込んだ燃料ランプだった。

 術式灯は、灯火術式を刻まれた石などを単に吊るのみで使われることが多く、かなり便利である一方で、やや風情には欠ける。

 術式灯は術式灯で、装飾や構成術式をこだわりはじめると深遠だが、刻印式の術式手法を扱える術師がいれば量産ができるので、手軽さを重視しているものが多い。

 街中や家の前に適当につりさげられるものは、基本的に簡素なものだった。


「いやぁ、いいねえ。やっぱ旅先だとこういう風情があるのがいいよな」


 サルマーンがしみじみとその燃料ランプを見ながら言った。


「その気持ちはわからないでもないよ」


 メレアがサルマーンの言葉にうなずきながら答える。

 メレアから見ても、その燃料ランプの風情は実に心地いいものだった。


 ――燃料は油かな。


 灯火の色が、普通の炎よりもさらに明るいオレンジ色に寄っているのを見ると、特殊な油を利用しているのかもしれない。

 前世ですらすでに古典的であったこういう道具を見ると、メレアも新鮮さを感じる。

 メレアにとってこの世界は、基本的に幻想的な美しさにあふれている世界であるが、こういう、どちらの世界の価値観においても古風さを感じさせるようなものを見ると、また新しい風情を感じたりもした。


「いらっしゃい」


 と、そのころになって、率先して千年亭ミレニウムの中へ踏み込んだシャウの声に、答える声があった。

 宿の玄関口から首を伸ばして中をうかがうと、白いひげを生やした気品のある初老の男性が戸から出てくるのが見える。

 カウンターのある場所の戸なので、そこが亭主の仕事部屋なのだろう。


 初老の亭主は(ふところ)から年季の入った(いぶ)し銀の眼鏡を取り出すと、それを顔にかけて改めてシャウの方を見た。


「どなたさまでしょうか」

「今日からの宿泊を予約しておいたシャーウッドと申しますが」

「ああ、シャーウッド様。お待ちしておりました」


 どうやら話はついているらしい。

 もちろん疑ってはいなかったが、亭主の反応を受けてメレアは少し安心する。


「お部屋へご案内いたします。ちなみに、二階のお部屋はほとんどシャーウッド様ご一行の貸しきりとなっております」

「大勢で押しかけてしまってすみませんね」

「いえいえ、宿場の多いこの都市でお目をかけてくださって、嬉しいかぎりです」

「亭主の美的センスが素晴らしいからですよ」


 いつの間にかシャウと亭主が笑い合っていた。


 ぺらぺらと、宿に対する褒め言葉が無限の湧水のごとく()でてくるシャウの口に驚嘆を覚えつつ、メレアも彼らの後ろについていった。

 


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