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百魔の主  作者: 葵大和
第八幕 【麗しの舞台へ】
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79話 「砂色の憂鬱、青銀の騒動者」

「ねえ、ここの理論わけわかんないんだけど、どうなってんの?」

「いまさらなんだけど、ホント、なんであんた自分で理論わかってない術式が編めるわけ?」

「英霊に訊いてくれ」

「本当に訊きたいくらいよ」


 メレアが蔵書室にやってきて数分。

 部屋に入ってきたメレアは『今日晩餐会するから』と短くリリウムとアイズに言って、すぐさまリリウムの隣に座りこんだ。

 蔵書に読みふけるのには「床に座ってた方が良い」と、不思議なところで野性的なこだわりを見せるリリウムは、蔵書室の床に座って本をめくっていたが、メレアもそれに倣うように床に尻をつけて座り込んだ。


「あ、というか本当にシャウ来てないな?」

「うん。来てない、よ」

「街の方で話したときに若干目に抑えきれない金への執着が見えてたからな……。そんなことだろうと思ったよ」


 ふとメレアは床に座り込んだ状態から、困ったふうな笑みを浮かべつつアイズの方に声を飛ばしていた。

 髪をかしかしと掻いたあと、「しょうがないやつ」と肩をすくめている。


「まあ、もしかしたら金勘定を速攻で終えたあとに来るのかもしれないけど」

「ふふ。メレアくんの言うとおり、たぶん、最後には、やることはやる、と思うよ」


 アイズは微笑を浮かべてメレアに返す。

 その言葉にメレアは鼻でため息をついて、再度わざとらしく肩をすくめた。


「メレア、よそ見しない」

「あっ、はい」


 そんなメレアをリリウムが呼び戻す。

 アイズは椅子に座ろうとしていたところで、少し二人の様子が気になって、再度リリウムの方に歩み寄った。

 二人の手元――その床には、なにやら明滅する複雑な式が描かれていた。

 術式陣だ。

 おそらくメレアが展開させたものだろう。


「これが〈雷神(セレスター=バルカ)の白雷〉ね……」

「そうそう」

「ヒくわね、これ。同じ人間が編み出したものだとは思えないわ。自在に操れる特異な白雷、って事象式の部分もアレだけど、一番やばいのは人体に適合するようにものすごい数の変数式が組み込まれてるところね。これ見ると、やっぱりこの白雷はあんたがやってるみたいに身体に纏うところを最終目標に作られたんだと思う」

「へー」

「あんたが使ってる術式のことよ」

「へい……」


 リリウムが鋭い流し目でメレアの瞳を射抜くと、メレアはぺこぺこと怯える犬のように頭を連続で垂れた。


「で、これをもうちょっと解読して、細かく扱えるようになりたい、と」

「そう。英霊の術式のなかでは、一番セレスターの術式が得意だし、使い馴染みがあるんだ。なんだかんだ、結構体術も詰め込まれてるから、それと融合させるのに使いやすいじゃん?」

「体術うんぬんはあたしも専門じゃないからわからないけど、コンセプトとしてはそうなんじゃない?」

「だから、ほかの、こう――曲がりくねった術式よりは、セレスターの術式を使ってきたわけ。そこにもう少し多様性を加えたいな、と」

「その表現自体が曲がりくねってるけど、なんとなく言いたいことはわかった」

「あと雷ってかっこいいよね」

「最後の言葉がなければそのまま終わったものを……!」

「はい……」


 リリウムがメレアの頭を小突く。

 まるで弟を諭す姉のようだ。

 実をいえば、アイズも少し、それをやってみたかった。


 最近見るようになったこの二人の術式勉強会においては、術式理論にもくわしいリリウムが教師のようである。

 どうやらメレアはかねてより進めたいと言っていた英霊たちの術式解読を、リリウムに手伝ってもらっているようだった。

 曰く、『誰かの手を借りちゃだめだとは言われてない! ハハッ! 詰めの甘いやつらめ!』らしい。


「ハッキリいうけど、あたしが手伝ったところでさほど効果があがるとも思えないんだけど……、この術式が特異すぎて」

「で、でもでも、確実に俺一人よりはこっちのがいいよ! ――もしかしたらここまで見越した上であいつら言わなかったのか……。いかん、風神(ヴァン)あたりが爆笑してる姿が見える。習得して欲しいと言いつつ『簡単に習得されるのもなんか癪だ』とか言ってたからな……」


 「負けず嫌い多すぎだろ……」と頭を抱えながらつぶやくメレアを見ながら、アイズは続く思考に意識を傾けた。

 

 ――メレアくんの頭を小突けるのは、あと……エルマかな?


 男性陣のツッコみを除けば、そんなところだろう。


 ――……。


 仲良さ気に見えるあの仕草を、ためしにやってみたい。


 ――で、でも、今は、忙しい……よね?


 うずうずとする心を抑えて、アイズは思いとどまった。

 今度、隙を見てやることにした。


「ともかく、もっとうまく使いこなせれば何かと役に立つことは間違いない。指先だけから雷出して隠密電気ショックとか、いいよね」

「なにがいいんだかわからないしあんたが隠密することなんかない気もするけど、細かい動作に慣れるにはそれくらいがいいかもしれないわね」

「えっ!? バレないようにビビっと! かっこいいじゃん! エリートな密偵(スパイ)的で!」

「はあ……」


 メレアの謎のこだわりに、リリウムがまたため息を吐いていた。


「とりあえず、あたしも七帝器関連の文献とか、魔王関連の家系図とか、そういう資料を読みながらだけど、なんとか暇を見つけてあんたの術式も見てあげるから、ひとまず紙かなんかに写しなさい」

「おお、わかった。――いやぁ、なつかしいな、術式の書写。いっそ死んだ方がマシだと思うくらいにはやったから、目を瞑っててもできそうだぜ」


 急に遠い目をしだしたメレアを見て、アイズは少し不安になった。


「あ、でも全部書こうとすると馬鹿みたいに大きい紙が必要になるから、ひとまず部分的に。あと全部描かれるとこの複雑さと膨大さのせいで夜うなされそうだからやめて」

「俺はうなされた」

「うなされるのはあんただけでいい」

「はい」


 そういって、リリウムは床に展開された術式陣の部分部分を指差しながら、メレアに書写する範囲を指示していった。

 その様子をアイズは楽しげに眺めていた。


◆◆◆


「じゃあ、晩餐会はいつもの時間で」

「わかったわ。ちなみに料理は?」

「匂いがする。たぶんもう厨房にサルマーンあたりが入っているんだろうさ」

「相変わらず鼻がいいわね」

「生態能力は〈竜神(カレル=ヌーサ)の進因〉のおかげで日々進化中だからな」

「またわけのわからないものを」

「そのうち時間があるときに話すよ。俺が竜語を発声できるのはこれのおかげなんだ――とだけ今は言っておく」

「はいはい」


 メレアが蔵書室の扉に手をかけながら、最後にもう一度リリウムとアイズの方を振り向いて言葉を紡いでいた。

 リリウムが「これ以上情報を詰め込まれるとさすがにあたしもパンクする」とつぶやいて、手でメレアを追いやっている。


「じゃあ、アイズもまたね」

「うん、また、ご飯のときに」


 最後にメレアはアイズの方に視線を向け、顔に微笑を浮かべて手を振った。

 アイズもメレアに手を振り返し、ついにメレアは蔵書室から出て行った。


「あっちいったりこっちいったり、意図してるのかどうかわからないけど、そうだとしたら――やっぱり結構気をまわしてるのかしらね」


 リリウムはメレアが出て行ったあとにそんなことを小さく紡いだ。


「うん。みんなの、主だからね」

「――そうね」


 リリウムとアイズは小さく笑って、晩餐会までの残り時間で再び読書に耽った。


◆◆◆


「サル! 塩!」「サル! 塩!」

「知ってるぜ! それ砂糖だろ!」

「なぜバレた!」「バレた!」

「同じ技を何度も使いすぎなんだよ! バカめ! ――おいだからって無理やり入れんのはやめろよッ!! バ、バカッ! 砂糖味の蒸し焼き鶏(ローストチキン)なんか食いたくねえわ!!」


「俺も食いたくねえわ!」


「叫んでる暇あったらまず手伝えよっ! メレア!」


 星樹城一階。

 あのけばけばしく毒々しい大広間の通路を抜け、しばらく歩いた場所。そこには厨房があった。

 大広間には、星樹城の二階へ続く通路と、その他倉庫や厨房や食堂など、そういった特別な役割を持つ部屋へ続く通路もあって、そちらは通路の途中からグラデーションのごとくあの『まともな』白石造りの装飾へと変わっていっている。

 メレアはその通路を抜けて、食堂のさらに奥間にある厨房へと足を踏み入れていた。

 そこには白いエプロンを身に着けた〈拳帝〉サルマーンがいて、同じく小さなエプロンを身に着けて青銀の髪を揺らす〈水王〉と〈氷王〉の双子――リィナとミィナを相手になにやら大立ち回りをしていた。


「いやこれはこれで見ごたえが」

「見ごたえ!」「見ごたえー!」


 メレアの言葉をいつものように復唱する双子。

 片方が、手に持っていたガラス瓶をサルマーンの手元の蒸し焼き鶏(ローストチキン)にかけようと迫り、もう片方が、サルマーンの動きを封じるべくその腰元に抱きついている。


「ホントお母さんみたいだな、サルマーン」

「お前あとでぶん殴るからな!」


 サルマーンは砂色のさらさらとした髪を揺らしながら、ぎゃあぎゃあとやかましい双子をどうにかいなしつつ、メレアの方に威嚇するような声を飛ばした。

 メレアはそれをにやにやとして受け止めつつ、事の次第を見守る。


「わかった! あとで飴玉をやろう! 城の裏の路地の――あれだ、テンダー菓子店の〈紫輝石(パープルテンダー)〉!」

「そ、それはっ……!」「最近売上急上昇中のブランド飴!」


 急に双子の目つきが変わる。

 まるで鑑定士のごとき光を放っているのをメレアは見た。――目利きの眼だ。


「しかたないなぁ」「しかたないなぁ」

「なに? なんなの? なんでこいつらこんな飴にくわしいの? いや俺もたいがいレミューゼ国内の菓子事情にくわしくなってきてるけど」

「三個ね」「わたしとおねーちゃんで三個ずつね!」

「あれ飴のくせにたけえんだよ! 二個な!」

「えー」「やむなし」


 どうやら商談が成立したらしい。

 そこを見計らって、メレアはついに厨房の入口から中へと足を踏み入れた。

 「また俺の小遣いが減る……これ以上金の亡者に借りを作るのはやばい気がするぜ……」とぶつぶつつぶやいているサルマーンに歩み寄り、その肩を叩く。


「――どんまい」

「おめえが先に助けてればこんなことにはならなかった……!」

「すまん、わかってて見てた」


 メレアが眉尻を下げたわざとらしい笑みを見せると、すかさずサルマーンが右の拳を振り抜く。

 狙いはメレアの横っ腹である。えぐりあげるような軌道だ。


「っ! ふ、ふはは、この程度では俺の防御はやぶれんよ!」

「くそっ! こいつの武力が今はうらめしい!」


 メレアはその拳を見事に手のひらで受け止め、ぎりぎりと競り合っていた。


「はあ……、まあいいや。とりあえず料理に戻る」

「うむ、善処したまえ」

「お前暇そうだな。手伝えよ」

「俺は木の実を焼くのにも失敗できる男だ」

「やっぱいいや、じっとしてろ」

「うん」


 メレアは適当に厨房においてあった椅子に腰かけて、サルマーンが術式炎の上で鉄製のフライパンを振るのを見ていた。

 蒸し焼き鶏とはまた別の料理らしい。見慣れない色の肉らしきものが舞っているが、


 ――あれもしかしてエルマが取ってきた大蛇の蛇肉かな……。


 そんな嫌な予想を浮かべつつ、不意にメレアは自分の膝元に双子のうちの一人が飛び乗ってきたことに気づいて視線を移した。


「メレアー」

「ん?」

「わたしはおねーちゃんとどっちでしょうか! 失敗したら紫輝石(パープル・テンダー)一個ね!」


 腰を優に超える長さの青銀の髪で、メレアの足元をくすぐりながら、甘えた声で彼女は言った。

 メレアはそんな少女に苦笑を向けつつ、


「油断ならないな、どこでも賭けを展開してくる。――だが甘い! 貴様は今自分で『おねーちゃんとどっち』といった! つまり貴様は妹だ! ミィナだな!」

「はうっ!」


 「バカだろ、お前」とサルマーンがフライパンを振りながら嘆息していた。

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