254話 「抗う者たち」
かつて、リンドホルム霊山を飛び出て最初にムーゼッグと相対した荒野のことをアイズは思い出した。
あのときは、レミューゼの老兵たちが文字通り命を賭して魔王を救ってくれた。
そして今、あのときと同じように、命を賭して魔王たちに助力をせんとする者たちがいる。
――世界の流れが、変わってきている。
「ッ!」
と、アイズの天魔の魔眼はそこで再び青白い光の明滅を感知した。
今度は後方だ。
――先にサイサリスの街の方を……!
先に街が制圧されたのかと肝を冷やしながら注視したアイズは、直後にそれがムーゼッグによるものではないことを知った。
『撃て!』
と、どこか楽しげですらある様子で身振りをする男がサイサリスの城壁の上に見える。
「あれは――」
一度だけ会ったことがある。
あのムーゼッグとの最初の戦いののちに出会った三ツ国の王の一人。
たしか名前は――
「クシャナ王国の王様って基本的にノリが軽くて俺苦手だよ……」
「合わせようとするからだ、バカ弟。ていうかこんなとこにまで来てそんな愚痴こぼすな」
「え?」とアイズが思わず目を開いた直後、今度は味方の術機大砲がアイズたちの上空を横切ってムーゼッグ軍を襲った。
◆◆◆
戦況が過熱していく中、アイズは通常の視界へ意識を戻して声のする方を見る。
そこには――
「よう、アイズ。なんかすげえことになってるな。あたしはもう帰りたいぜ」
「姉ちゃん! 俺を差し置いて先に弱気発言やめてくれない⁉ 俺の存在意義なくなるからさ‼」
「うるせぇ」
軽快なやり取りをしている二人の魔王。
あの芸術都市ヴァージリアでメレアに手を引かれた〈光魔〉ザラス=ミナイラスとその弟のアルター=ミナイラスの姿があった。
そして、
「私は皆さんのように強く前に出ることはできませんが、体を動かすことは得意なので、後方組の護衛を行います」
宝石のような瞳に、どんな血なまぐさい場所であっても美しさを失わない水色の長髪、絶世の美貌と、すべてを魅了する不思議な眼を持ったかの〈魅惑の女王〉――ジュリアナ=ヴェ=ローナがいた。
「えっ? いつの、間に……」
アイズが目をぱちくりとさせると、すぐにザラスが答えた。
「あたしたちも今のあんたと同じ気持ちなんだが、馬車に乗ってようやサイサリスに着いたと思ったらメレアみたいな――あの白い雷を身にまとった男が来て、気づいたらここにいた」
言いながら前線を指すザラスの指先に、白い雷をまとって高速で戦場に突っ込んでいく英霊が一人。
「こういうのもなんですけど、メレアさんより運び方が雑でしたね‼ 俺途中で一回ゲロ吐きました‼」
「変な報告しなくていい」とアルターの頭を叩きながら、ザラスが嘆息交じりに続ける。
「ってことで、あんまり状況はわかってねえが、まあ見ればなんとなくわかることもある。ここであのクソどもと決戦って体だ」
ザラスは手を額にムーゼッグの大軍を見やる。
「ハハッ、多すぎだろ。よくもまあこんなとこに来ちまったもんだ」
最後にもう一度大きく息を吐いて、それからザラスは背中に背負っていた大きな術機のようなものを取り出した。
「アルター、これ組み立てとけ。あたしは〈光魔回路〉を稼働させとく。――今日は良い天気だ、弾はいくらでもある」
それは組み立て式の狙撃銃のようだった。
「遠くから狙ってる姑息なやつもいるみてえだから、そういうのはあたしたちでなんとかする。クシャナの王から狙撃用の術機ももらっちまったし、ムーゼッグ相手に遠慮はいらないしな」
そう言って淡々と戦闘準備をはじめる二人を、アイズはぽかんとして見ていることしかできなかった。
「アイズさん、周りの些事は私たちでどうにかします。あなたは前線で立ち向かう魔王たちの補助を安心して続けてください」
すると今度はジュリアナが魅惑の笑みを浮かべてアイズに言う。
いつも仲間たちには肝が据わっていると言われるアイズだったが、この状況でここまで美しい微笑を浮かべられる彼女もまた、一線を画す胆力の持ち主なのだと思った。
「――わかっ、た。お願い、します」
彼女たちの目を見て、余計な気遣いは無用なのだとアイズは心の中でうなずく。
そしてすぐに天魔の視線を前線へと戻した。
さきほど自分が生み出した盾はまだ仲間たちを護っている。
しかし、敵もまた機敏に動き、盾の脇や隙間から魔の手を差し込もうとしている。
――それでも。
サルマーンやエルマを筆頭として、盾によって限られたスペースを有効活用し、むしろムーゼッグ軍を押し返している魔王たちの姿があった。
四方八方から物量で押し切られる状況を避けさえすれば、正面切って戦えるだけの力が彼らにはある。
アイズは自分のやることをここで明確に捉えた。
――護りながら、道を作る。
再び術式を編みながら、ふとアイズはさらに前方の様子をうかがった。
小細工なしで、敵軍のど真ん中につっこんでいった何人かの英霊たち。
彼らにもまた、自分の盾が必要であれば手を伸ばそうと思ったが――
――ああ。
術機の砲撃ではない、真っ白な砲撃が、黒い軍勢の中央から三方に放たれる。
ムーゼッグがよく使う、あの連係術式の光だ。
しかしそれを放ったのは――
――あれが、〈術神〉。
フランダー=クロウ=ムーゼッグだった。





