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百魔の主  作者: 葵大和
第十六幕 【百魔の主】
256/267

252話 「天神の鼓動」

 それぞれの魔王たちが、自分のやるべきことを自然と把握していた。

 エルマに続いて戦場へ駆け出したのは主に近接戦闘に長けた者たち。

 一方、術式やその固有の能力によって後方からの援護が可能な者たちは、徐々に戦場への間を詰めつつもまずは戦況の把握に努めた。


「アイズ、さっき君のご先祖様からお願いされたとおり、これからこの場所に空を堕とす」


 そんな後方組の中に残っていたアイズに、フランダーが言った。


「そして、少し強引だけど君の頭の中に直接術式を流し込む。急なことで混乱すると思うけど、時間がないからね」


 アイズはフランダーを見上げ、しかし反論なくうなずいた。


「ちなみに、君の眼はここから戦況を把握できるかい?」


 言われ、アイズは目をつむり、天魔の視線を高空へと飛ばす。

 それからほんのわずかに間を置き、見下ろした。


「っ……」


 見える。

 地平の向こうまで続いているのではないかと疑ってしまうような、黒い大軍が。


「見え……ます」


 それでも絶望してはならない。

 まさに今、その無限とも思える黒い軍勢の中央で、もがいている者たちがいる。


「なら、ここでいいだろう。僕もさっき君のご先祖様から天力の扱いのコツを教わったから、それを魔力の足しにして前線へ出る」


 目を開け、アイズは再びフランダーを見る。

 すでにフランダーは右手で術式を編みはじめていて、さらに左手で別の術式陣を描いていた。


「後方の指示は君に任せよう。天から大地を見渡せる君が、おそらくもっとも戦況を素早く把握できる」

「やって、みます」


 重荷ではない、といえば嘘になる。

 こんな圧倒的に劣勢な状況で、自分の指示がなにか劇的な効果をもたらすとは思えないが、だからといってないがしろにしていいものでもない。

 自分の指示一つで、結果が変わる可能性は、常にある。


「だい、じょうぶ。アイズは、私が守るから」


 と、隣にやって来る足音がして、アイズはその人物を見上げた。


「シラ、ちゃん」


 健康的な褐色の肌に、香るような桜色の髪。

 世にも珍しい獣の耳を持った、長身痩躯の美女。

 〈獣神〉シラディスだった。


「私、もう自分のこと、怖くないよ」


 そう言って彼女は一度だけ微笑み、すぐに前を向いた。

 直後、シラディスの体が光に包まれ――


「私も、この力を継いできてくれた人に、出会ったから」


 そこに、彼女の髪と同じ桜色の毛を宿した巨大な狼が現れた。

 その狼の背にはたたまれた翼があって、また額には立派な一本角が生えていた。


「――綺麗」


 アイズは素直にそう思った。

 

「私がアイズを背に乗せて走る。だからアイズは安心して空を見て」

「うん。お願い」


 今さら気遣いなど無用だ。

 アイズは伏せるシラディスの背にまたがり、前を向く。


「手を。あと、目はつむっていたほうがいい」


 横に立ったフランダーがアイズに手を伸ばした。

 アイズがその手を握り、目をつむる。


「っ」


 次の瞬間、脳裏に術式言語らしき文字と模様がめまぐるしく流れ込み、何度も明滅した。


「――」


 しかし、アイズは不思議とそれを美しいと思った。

 明滅する文字や幾何模様がじわりと体の中に吸い込まれていく感覚。

 

「理解できたかい?」

「――はい。どうしてかは、わからないけれど」

「それが彼の言う『天神の祝福』なのかもしれないね」


 フランダーが微笑み、今度は戦場を指さした。


「君の精神は軍人ではない。まして、殺戮者でもない。そして、それを今ここで変われというのも酷だし、なにより、魔王でありながらその精神性を有する君は、とても美しいと思う。だから――」


 フランダーがそう言いながら向けた微笑みが、アイズの中でメレアと重なった。


(まも)りなさい。ただ君は、自分の大切な者たちを護るために、力を奮うんだ」


 アイズとて、一線を越える覚悟はとうに出来ている。

 しかし、これまで敵を滅ぼすということをしてこなかったがゆえのためらいは必ず出る。

 それが一瞬の隙となって、誰かが傷つくかもしれない。


「わかり、ました」


 だが、護るということであれば、これまでもずっと、願い、望んできた。

 なんのためらいもなく、すべての力を注ぎ、身を費やせる。


「すべて、護ります」


 その日、〈天神〉が再誕する鼓動が聞こえた。


◆◆◆


「笑えてくるな! この物量はよ‼」


 前線へ駆けた者たちのうち、その先頭を走って黒鎧の軍勢に切り込んだ二人のうち一人――サルマーンが叫ぶように言った。


「うおらッ!」


 魔拳(ゼスティス)が術式をしたためた右拳を振るう。

 何人もの黒鎧の敵兵士たちが吹き飛ぶが、すぐにその脇から別の敵が出てきては長柄の切っ先を差し向けてくる。


「喋ってる暇があったら視界を確保しろ! 術機の砲撃が来るぞ!」


 その声に応えるのは魔剣を振るうエルマだった。

 

「くそっ、うまくいくときといかないときがあるな……っ!」


 エルマの振るう魔剣はいつもどおり鋭く多彩だったが、ときおりその中に見えない斬撃が混じった。

 まるで斬撃が飛んでいるかのように、剣から遠い位置にある空間が切り裂かれているのだ。


「おめえもわけわかんねえ力を身に着けたってわけだ!」

「剣魔のようにはいかないがな……‼」


 エルマにとってもはやムーゼッグ兵の纏う黒い鎧の堅牢さなど問題ではなかった。

 しかし、サルマーンと同じくいくら前を切り開いても次から次へと無尽蔵と思えるほどの数が襲い来る。

 いったん後退して魔剣クリシューラの光の剣による一閃を考えもしたが、あれを発動するためには莫大な術素の供給元を探さなければならない。


「この乱戦具合では難しいな……!」


 いざ戦端が開いてしまえばいつどこでこの戦況が崩れるともわからない。

 もともと分の悪すぎる戦だ。


 ――ムーゼッグは今日ここで魔王たちを根絶やしにしようとしている。


「っ! 左からなにか来るぞッ‼」


 それはエルマの獣染みた勘によるものだった。

 ぴりついた(プレッシャー)に誘われて視線を左遠方へ向ける。


「術機大砲だッ‼」


 視界奥、わずかに丘陵地となっている場所の影から、青白く輝く光が三つ明滅するのを見た。

 直後、その光が地平線に重なるようにひときわ大きな十字の光を放ち――


「味方ごとか……‼」


 その砲撃は放たれた。

 エルマは前の敵を蹴り飛ばし、魔剣を構えなおして念じる。


 ――斬る。


 目がくらみそうな光に眼を見開き、そこに『斬線』を探した。


「くっ」


 一本、二本――

 三つ目の砲撃に対して斬線を見つけようとしたとき、ふいに大地が揺れた。


◆◆◆


「〈天に聳えよ、銀の盾よ(シルト・アルギュロス)〉」


 ほとんど脳裏の術式言語たちに導かれるようにして、アイズはそれを編み上げた。

 求めるは盾。

 必要な力は()()()()()()()()


 ――みんなを護って。


 違う。


「わたしが、護るんだ」


 一枚、二枚、いや、もっと。

 天魔の視線の端でさく裂した青白い光から仲間たちを護るためには。

 その(かん)に後背から仲間たちを貫こうとする黒い兵士たちの刃から仲間たちを護るためには。


「――天よ、わたしに力を」


 アイズが空を受け入れるように両腕をあげる。

 それに呼応するように仲間たちの周囲の大地から巨大な銀の盾が幾枚も現れ――


「誰も死なせない」


 砲撃、凶刃、その一切をことごとく弾き伏せた。

次話:来週中


社畜シーズンが終わったのでまた定期的に更新できるように頑張ります。

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