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百魔の主  作者: 葵大和
第二幕 【時代の奔流】
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25話 「あの言葉の意味は」

「で、これ東に落ちてんだろ? そろそろぶっ壊れそうなのがアレだが」

「霊山の(ふもと)までは持ちますよ。それくらいは見当つけて作ってます。ただちょっと金が剥げるのが早くて、それにショックを受けていただけです。――馬鹿にしないでください! 金の力をっ! 馬鹿にしないでくださいっ!!」

「い、いや、そんな迫られても……べ、別に馬鹿にしてねえって……」


 〈錬金王〉シャウが迫真の表情で〈拳帝〉サルマーンに迫っていた。

 さきほどまで散々だった黄金船の内部も、だいぶ落ち着いてきている。

 麓に近づくにつれてこう配はなだらかになっていったため、速度も落ちたし、斜面の凹凸もずいぶんおとなしくなっていた。

 あとはいけるところまで、という感じで、また双子の水氷術式を借りつつ、黄金船は下る。


「――んで、東に下りきったあとはどうするんだよ? ムーゼッグ軍の本隊はさっきうまいこと突き抜けたが、東にまっすぐ進めばムーゼッグ王国の本土があるぞ。近場にゃムーゼッグの同盟国もあるだろうし……」


 サルマーンは自分でそう言った直後、思い出したように言葉を付け加えていた。


「いや、一応〈()(くに)〉っていうムーゼッグとは別離してる勢力もあるか。でも三ツ国はムーゼッグのさらに奥間だしな……隣接してんのがまたなんとも……」

「それに、三ツ国はそれぞれムーゼッグから独立しているとはいっても、過去にやや強引な方法で魔王を戦争に駆り立て、挙句に死なせたことがありますから。ムーゼッグと平野を挟んで隣接しているという地理的な問題もありますが、なによりも魔王狩りに類似するものに手を染めた過去がある、という点がネックになります」


 サルマーンの言葉に対し、シャウが付け加えるようにして答えていた。

 一転して真面目な表情だ。


「んあー……、どの方角も似たりよったりだけど、やっぱ東は東で結構ごちゃごちゃしてんなぁ。どっかまともなトコねえのかよ……」


 サルマーンは一周まわって気が抜けたように大きく息を吐いた。

 ほかの魔王たちも、各々に思案気な表情を浮かべつつ、云々(うんうん)と唸っている。

 その様子を窺っていたシャウには、当然東への逃避を決断した当事者として、自分なりの『あて』があったが、まずはほかの魔王の意見が出るに任せ、それを吟味(ぎんみ)する側に回っていた。

 もしその吟味のあとに、自分の思うものよりも良い案があれば、迷うことなくそれを選択しようとも思っていた。


「戦に関わっている国家は基本的に油断できないわよね。情勢が悪くなれば『力を貸せ』くらい言ってきそうだし。むしろ『貸せ』ならいいけど、断った途端『よこせ』に変わって、また振り出しに戻るなんて、嫌な予想だけど実際に起こりそうだもの。――せめてちゃんとした取引の(てい)を取ってくれるようなところ、ないかしら」


 ふと、〈炎帝〉リリウムが紅の髪を掻き上げながら話に加わってきていた。

 ずいぶん酔いも醒めたようで、声は溌剌(はつらつ)としている。

 そんなリリウムの言には、自らが魔王であることを受容しているような響きが混ざっていた。

 正確には、『戦いから逃れられないかもしれない』という遠回しな提言である。


 受け入れがたい事実ではあるが、一方でその客観視は理性的であった。

 自分たちが駄々を()ねようとも、魔王というレッテルは消えない。

 最終的に、いざとなったら、この魔王としての力をも対価にする必要が出てくるかもしれない。


 外部からの魔の手を(さえぎ)れる『居場所』を得るために。


 少なくとも、そこにいれば一方的な命の強奪にさらされることがないというのが、魔王たちが最低限求める条件である。

 もちろん理想は、戦わず、死の危険もなく、悠々と己の望みを果たせるような暮らしをさせてくれる場所を見つけることであるが、今の情勢下で考えるとそれはあまりに夢想的だ。


 そういう夢想的な願望に(すが)って、自らで惑わされ、挙句に下手を打つよりは、色眼鏡なしにしっかりと立ち位置を客観視しておいた方が生存への可能性は高まるだろう。

 その点、リリウムは合理的だった。


「……」


 リリウムの言によって、ほかの魔王たちの脳裏から空虚な願望が霧散する。一気に残酷な現実に引き戻される。

 多少ながらもそういう論拠のない願望に寄りかかろうとしていた魔王たちからすれば、リリウムの言は悪魔の槍のごとくであったかもしれない。

 それでもやはり、この状況ではリリウムの合理的な言葉こそが正しかった。

 可能性の輝きが少しでも見える『予想』ならまだしも、都合の良い願望でしかない『夢想』は、二十二人全員の命を危険にさらす可能性を増やすという意味で、この際悪に近かった。


「まあ、(おど)されるとかよりは、まだ取引って方がマシだな」


 リリウムの暗示するところをまっさきにサルマーンが察し、受け入れつつ賛同する。


「外部からの魔の手を国家の名を使って(さえぎ)ってやる代わり、いざというときはそっちの力も貸してくれ――って、このあたりが国家側から引き出せそうな条件としては妥当か。結局、助けられつつ助けるってのが、今求められる最大の結果かね」

「そうね」


 裏切られなければ。


 本当にその言葉を貫き通してくれる国家が相手ならば、それが最適であろう。

 リリウムはそう付け加えたかったが、さきの自分の言葉がただでさえ重い意味を含んでいたことを察し、あえてこれ以上悲観的にさせるのは士気的に逆効果かと思って、自重することにした。

 代わりに、やれやれと肩をすくめながら世界全体を皮肉るように言葉を紡ぐ。


「嘘でもいいから『別に戦いたくなければ戦わなくてもいいよ』くらい馬鹿なことを言える国家はないのかしら。最近じゃ嘘ですらそれを言えないところばかりだもの。話す前から目をギラギラさせて」

「まったくだな。品がねえのが多い」

「ムーゼッグなんか特にね。あっちの女、こっちの女、手当たり次第ってわけ」


 リリウムの例えにサルマーンは苦笑を返した。

 次いで、


「……さて、あんまり時間もねえな」


 ふと窓の外の景色を眺めて言う。

 窓から見える外の景色は、徐々に鮮明になってきていた。

 速度が落ちてきているのだ。


「サルー、もう滑らないかもー」「サルー」


 窓から身を乗り出しながら術式を行使していた双子が、青銀の長髪を同じ動作で(ひるがえ)し、サルマーンの方を振り返っていた。


「おい、その呼び方はやめろ」

「だって、サルー」「サル、サルー」

「……はあ」


 サルマーンはその場で怒る気力も湧かずに、またもため息をつく。

 あとで叱ろうとは思っていたが、まずはこの船が止まる前にひとまずの行先を決めねばなるまいと思って、双子に対する説教の思考を削った。


 そうしてまたそれぞれが行先について思案しはじめる。


「えーっと」


 ちょうど、そんなときだった。


「ちょっと話をしてもいいかな」


 一番俗世に(うと)そうなメレアが、嗚咽を抑えて首を突っ込んで来ていた。

 メレアの記憶の中には、たった一つだけ気がかりな国の名前があった。


◆◆◆


 『もし行先に困ったら、ひとまずレミューゼ王国を目指しなさい』


 メレアの記憶の中で、そんな言葉がかすかな光を放っていた。

 天竜クルティスタづてに聞かされた話だが、フランダーがそう言ったらしい。

 

 ――俺が魔王に認定されることは、やっぱりわかっていたんだろうな。


 だからこそ、そんな言葉を残したのだろう。

 その点、メレアは確信を抱いていた。

 実際にさきほどそれらしい状況を経てしまったものだから、もう疑いようがないようにも思えた。

 ともあれ、メレアはそんな言葉を思い出したから、意を決して言ってみることにした。


「これからの行き先なんだけど……〈レミューゼ王国〉ってのはどう?」


 メレアの言葉に魔王たちがハっとする。

 「そういえばそんな国があったな」と、忘れかけていたものを思い出したかのように表情を鋭くさせた。

 しかしすぐに、彼らの顔に陰が差す。

 ほぼ同時に、大部分の魔王の表情が曇った。


「あー……、レミューゼか。レミューゼは……ちとキツいな。いや、この際まったく可能性がないよりはマシなんだが……」


 メレアの問いに対する第一声は、サルマーンの口から紡がれた。


「たしかにちょっと前の時代までは逃げてきた魔王を(かくま)うくらいの『馬鹿で甘い国』だったらしい。だが、それもかつての話だ。今のレミューゼ王がどうにもひどいらしくてな」

「ひどい?」


 メレアが首をかしげる。


「ああ。俺も東の話はそこまでくわしいわけじゃねえが、そんな俺でも今のレミューゼ王の政治手腕が最悪って話はよく聞く。噂でしかねえが、ついにムーゼッグの門下に(くだ)ろうとしてるって話もあがってるくらいだ。噂だが、そもそもそんな噂が浮き上がってきちまうあたりで、今のレミューゼの状態を察して欲しいところだな」

「でも、まだ生きてはいるのか、レミューゼは」

「ぎりぎりだ。つまるところ死にかけだよ」


 サルマーンの言葉に賛同するように、一同はため息をついた。

 メレアは彼らの反応を見て、内心に「やっぱりだめなのか」と浮かべたが、ふと、その中でメレアの案を後押ししようとする声があった。


「しかし、ほかに行く場所がないのでしたら、ひとまずレミューゼへ向かうのが良いかもしれませんね」


 マリーザだった。

 両手を膝元に、背筋をピンと立たせ、ほかの魔王たちとは違う反応を返すことに(おく)する様子もなく、ハッキリとした声を響かせている。


「レミューゼはムーゼッグより南寄りにありますし、三ツ国よりも浅い位置にあります。大きく迂回すればムーゼッグの魔の手からもうまく逃れられるかもしれません。また、もしレミューゼに入って、『これはダメそうだ』となったら、レミューゼ国内を抜けて奥の三ツ国に潜伏する方法も取れます。ひとまず向かう先としては、レミューゼはまだかすかに希望も残っていますし、適しているのではないでしょうか。――あと、少なくとも今のレミューゼなら、仮に『力をよこせ』なんて横暴を働いてきても、潰せそうですから。ムーゼッグと違って抵抗できる余地があるというのは、わたくしたちにとっては十分選択の理由になるでしょう。最悪でも時間稼ぎくらいにはなります」


 淀んだ空気の中を、マリーザの澄んだ声が貫いていった。

 そんなマリーザの言葉に、「それ、一番の理由は最後のとこなんじゃ……」「このメイドこええ……」等の震えた声がぽつぽつとあがっていた。


 次に、さらにそのマリーザの言葉を後押しするように、シャウが言葉を紡いだ。

 結局シャウ自身が思い描いていた行先のあて以外に、それらしい案がでなかったからこその後押しでもある。


「私はそれなりにレミューゼに可能性を感じていますけどね。そこに願望がまったく含まれていないとは断言できませんが、しかし――まだマシだ。積極的に魔王を狩りにくる国家よりは、魔王を受け入れてくれる可能性があります。かつてそうであった、という昔話も、それすらない国家と比べれば、選択の根拠にはなるでしょう。――かろうじて」


 実際のところ、その選択が消去法的であったことは否めない。

 だからシャウ自身、霊山の山頂で自分の選択に皮肉の笑みを送ったわけだが、一方でその選択が間違いだとも思っていなかった。

 ほかのいくつかの選択肢よりは、これの方が良い。そうたしかに判断したがゆえの選択でもある。


 そういうわけで、メレアからレミューゼの話が出なければシャウはそれを口に出すつもりであった。

 結果的にメレアが先に言ったので、今はその支援役に回っている。

 マリーザにもその意図があったのかどうかはわからないが、もしかしたらここで意見のバラつきが生まれるのを抑えようとしたのかもしれないと、シャウはいまさら予想していた。


「……そうだな。案外それも悪くねえか。金の亡者のいうとおり、一応過去の功績もある。まったく期待が持てないわけじゃねえ。マリーザの『いざとなったらどうにか抵抗できそう』って話も、あながち的外れじゃねえしな」


 サルマーンが幾秒か考え込む仕草を見せたあと、頷きを見せていた。

 そしてすぐに、演技ぶった身振り手振りを加えて冗談のように続ける。


「――まったく、俺たちがレミューゼに向かってる間に革命でも王家クーデターでも起きて、王が変わらねえかなあ。ついでに昔のレミューゼに戻ってくれればベストだ」

「かなり都合の良い予測ね、サルマーン」


 リリウムが呆れ顔で言う。


「でも内政が崩れてるんだぜ? そろそろ革命くらい起こってもおかしくねえだろ」

「それもそうなんだけど。革命したところでムーゼッグが三ツ国を越えてくれば結局食いつぶされてしまいそうだし。革命後の混乱した状態とか、これでもかっていうくらい『食べごろ』じゃない。まあ、それでもまだあきらめないっていう、かつてのレミューゼ王みたいなバカで甘くて気高い王がいれば、もしかしたらなにか変わるかもね」

「お前もなかなか想像力豊かな思考回路じゃねえか」

「――うっさい」


「んじゃ、ひとまずレミューゼへ向かうって感じで?」


 サルマーンとリリウムが口論をはじめたあたりで、それを微笑ましく見ながらも、メレアが疑問調に判断をあおった。

 そんなメレアの声に、魔王たちが(うなず)きを返す。

 どうやらマリーザとシャウの後押しの言葉に、自分たちなりの納得を置けたらしい。


「うん。――よし、ならレミューゼへ向かおう」


 メレアが彼らの視線と頷きを受け止め、その身にまとめ、総意とする。

 メレアに全体を統括しようなどという大仰な意図はなかったが、結果的にそういう外観になった。


「なんだよ、ちょっと魔王の(あるじ)っぽくなってきたじゃねえか」

「魔王の主?」


 ふと、メレアに対してサルマーンが藪から棒に言った。

 リリウムとの口論を途中で切り上げての言葉だった。

 対するメレアは首をかしげる。

 しっくりこないとでも言わんばかりの仕草に、再びサルマーンが言葉を放った。


「主みてえなもんだろ。俺たちはあのとき、お前に最後の判断を任せちまったからな。お前はそう思ってないかもしれねえけど、俺たちはお前の肩に重荷を背負わせちまったんだよ。でも、それを悪いとは思ってても、やっぱり決定権の委譲は必要だと思ってる」


 魔王同士でいざこざを起こしてしまうのが、おそらく最悪の状況だ。

 今だってお互いにお互いを観察してはいるだろう。

 それでいてどうにかこうにか協力していられるのは、きっと最後の『判断』を意識的に保留(ほりゅう)させているからだ。

 一度でも自分がこの中の誰かに『決定的な反意』を抱いてしまえば、ぎこちなさが表れてしまう。

 それが波及していって、最後にはみんながバラバラになってしまう。

 たぶん、この魔王という繋がりには、まだそのぎこちなさをなだめるほどの強さはない。

 『狩られる側の者』として、そんな『魔王』としての共感はある。

 それはとても強い共感だけれど、『個人』としての付き合いはほとんどない。


 ――考えるな。


 逃げきるまでは。

 もしここでバラバラになってしまったら、あとはじりじりと、ムーゼッグだかサイサリスだかの勢力に追い詰められて死ぬだけだ。

 サルマーンは意識的に最悪の予想を頭の中から追い出した。


「俺たちが安全な場所にたどり着くまでは、判断や決定権の委譲が必要だ。――それにほら、そこにお前のメイドがいるから、余計に主っぽいだろ?」

「ひどいネーミングね」

「リリウム、お前も結構ツッコんでくるよな」

「だって事実だもん」


 二人がまた口論をはじめて、その話題はうやむやになったが、


 ――まさか『魔王主』って……。


 メレアの頭の中では、かつて握った未来石に描かれていた文字が、いまさらながらに思い出されていた。

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