235話 「金の力は万能か」
「ちっ! しち面倒な脇役がまだ邪魔をしますかっ!」
シーザーは登場と同時に手に持っていたナイフをザイムードに投げつけていた。
ザイムードはそのナイフを自分の短剣で弾き、すぐさまアリシアを斬りつけようとする。
「やらせるかッ!」
すかさずシーザーが懐から金貨を数枚取り出してザイムードめがけて投げる。
「こんなところで〈錬金王〉の真似ごとですか? あなたもずいぶん芝居に頭をやられて――」
言いかけたところでザイムードはハっとした。
シーザーが投げた金貨が自分の言葉通り別の物質に変容している。
「まさしく君の言うとおりだとも。その金貨はかの〈錬金王〉の生み出した傑作さ」
それは青い炎だった。
ザイムードの中にその炎が術式性のものではないかという疑念が浮かび、とっさに退避行動をとらせる。
その隙にシーザーはアリシアとザイムードたちの間に身を滑り込ませた。
「っ、ただの炎かっ!」
「そう、ただの炎色反応した炎だよ。少し前にとある金の亡者にもらってね。ちなみに今のは良い演技だったよ、ザイムード」
「奇術師め!」
ザイムードが吐き捨てるように言う。
「シー……ザー?」
「ごめん、遅れて。でももう大丈夫――とは言えないんだけど」
シーザーの額からは大粒の汗が噴き出ている。
間一髪で危機を逃れたが、状況は変わらない。
ザイムードの周囲には三人の白装束。
中身は魔王だ。まともにやりあっても自分では勝てない。
――どうしたものかな。
「シーザー……様」
と、シーザーは自分の足に温もりを感じてびくりと肩を跳ねさせた。
「オリガ」
わずかに苦痛に表情を歪ませながら、シーザーの足元の影から現れたのはオリガだった。
ザイムードたちがシーザーに意識を引かれている間に、壁際から術式を使って移動したのだろう。
「今からお二人を私の術式で別の影に送ります。どうか、ご無事で」
「待てっ、君は――」
「私はここであの魔王たちを食い止めます」
オリガはそう言うとシーザーとアリシアを影の中に引き込み、同時に自分は身を乗り出すようにして影から出ていく。
「ちっ、どこへ送るつもりだ」
「答える間抜けがいると思うか、金の亡者め」
「まだそれだけ口が回るとは健気なものだ。だがお前の術式ではそう遠くへ送れないだろう。――お前たちはここで〈影王〉を仕留めておけ!」
三人の白装束にそう告げ、ザイムードは踵を返す。
そのときにはアリシアとシーザーの体はすっぽりと影の中に消えてしまっていた。
「ザイムード、貴様もここで死んでいけ」
すぐさまザイムードへ攻撃を仕掛けようとするオリガ。
「〈魔神〉じゃあるまいに。あなた程度がこの戦況をひっくり返せるなどとゆめゆめ思わないことです」
しかしオリガの攻撃は白装束たちに止められる。その隙にザイムードは部屋から出ていった。
◆◆◆
ザイムードの言うとおり、アリシアとシーザーはそう遠くへは移動していなかった。
場所はサイサリス王城の中腹にある礼拝堂。
いくつかの部屋を回ったあと、抜け目なくそこに人の気配を察知したザイムードは、入口に立って声をあげた。
「いるのはわかっています。さっさと諦めて出てくることですね」
広く、わびしい礼拝堂には、今は祈る者など誰もいない、清貧の天使像がぽつりと鎮座している。
「いったい誰の影に送られたのやら」
小さくこぼし、一歩、礼拝堂の中へと足を踏み込んだザイムードの耳を、ある声がうがった。
「そういうセリフは自分の無能をひけらかすのと同義ですよ、『もう一人の金の亡者』さん」
その声にザイムードは聞き覚えがあった。
声が聞こえてきた方向。
清貧の天使像の後ろだ。
そこから現れたのは――
「先日は大変お世話になりました。思ったよりも早く再会してしまいましたね」
「――シャウ=ジュール=シャーウッド」
ウェスティア商会の商人を騙って現れたときにつけていた仮面を手に持った、かの〈錬金王〉、その人だった。
「おや? そちらの名で呼ぶのですか。なんだか意外ですね」
シャウは芝居ぶった表情で小首をかしげてみせる。
「ウィンザー家に恨みのあるあなたなら、私を本名の方で呼ぶと思っていましたが。――ザイムード=エル=バルドラ」
「その方が良いならそうしてやろう」
ザイムードの口調から丁寧さが消える。
その顔には憎悪と喜色があった。
「良い顔をしていますね。積年の恨みを晴らせる機会に恵まれて、歓喜する者の顔です」
「まさしく。我々バルドラ家はずっとこのときを待っていた」
ウィンザー家とバルドラ家。
ウィンザー商国とその前身である〈バルドラ武装商人連合〉。
その二つには、切っても切れぬ腐れ縁があった。
「とはいえ私の方にはそんなに恨まれる筋合いがないのですが」
「いまさらなにを。貴様らウィンザー家がふがいないばかりに商国は滅亡した。ガルド=リム=ウィンザーを輩出したことは無論大きな罪だが、そもそも、国家設立に際して我がバルドラ家から地位を奪ったことがなによりも救いがたい罪だったのだ」
「奪った? 私の聞いた話では、ウィンザー商国建国の際、初代バルドラ家当主がみずからウィンザー家当主に元首の座を譲ったということでしたが……」
「戯言だ。長く武装商人たちを束ねていたバルドラ家が、なにゆえ順当に国家元首につくことができなかったか。それは貴様らウィンザー家が謀略をめぐらしたからだ」
「短絡的ですねぇ」
シャウはまたわざとらしく困った表情を浮かべる。
「たしかに武装商人を率いていたのはバルドラ家の当主でしょう。しかし、商人連合という形態から国家という形態へ移行するにあたり、国民としての同志たちを率いるという点で、ウィンザー家当主の方が適していると思ったバルドラ家当主は、みずから望んでその地位を明け渡したと言います。当時はバルドラ家とウィンザー家の関係も大変良好だったと言いますし」
とはいえ、とシャウは続ける。
「たしかに、その期待を裏切ったのも事実です。その点には言い訳などしません」
「ならばもうこの南大陸のいざこざに首を突っ込むな、敗者め」
「そういうあなたもまた間接的には敗者なんですがね。……ひとつあなたに問いたい。あなたはこれからなにを為そうとしているのですか? 敗者で間抜けで無知な私にどうか教えていただきたい」
シャウは手の中で金貨を弄びながらザイムードに訊ねる。
ザイムードは少し間を置いたが、最終的には「いいだろう」と答えて続けた。
「私はサイサリスをこの手に収めたのち、この国の資本と武力をもって南大陸を統一する」
「ハハ、なかなか面白い構想だ。それが可能だとでもお思いですか?」
「できるとも。そのための『上流区画』と『魔王』だ。奇しくもウィンザーの滅亡によってサイサリスの領土は拡大し、その余った大地にサイサリス教から分派した新派どもが住まいはじめた。清貧であることに飽いた金の亡者たちだ」
「……」
「そういう連中の使い勝手はかつて商人連合を率いたバルドラ家の末裔たるこの私こそが最も心得ている」
ザイムードの楽しげな笑みを、シャウはどこか冷めた目で見ていた。
「――金だ。結局のところ人というのは金で動く。土地を買うにも金、武器を作るのにも金、その日の食い物を得るにも、金が必要だ」
「すべての人民がそうであるとでも?」
「さすがにそうとまでは言わん。だが金を使わず生活をする人間の力などたかが知れたもの。金はすべてを加速させる。人類が発明したものの中で最も優等なものは、この貨幣経済そのものだ」
「……まあ、否定はしませんがね」
シャウは小さく息をついてからやれやれと肩をすくめる。
「だから私は金を使ってすべてを動かす。貴様たちの生んだ悪徳の魔王〈ガルド=リム=ウィンザー〉は、やり方こそ甘かったが理念は正しかった。――金の力は万能だ」
「……よく似ていることで」
嫌気が差しますね、とシャウは付け加えて、額を押さえた。
「まあ、そういう順番なのかもしれません」
「順番?」
「貨幣経済の中を生きる人間が、至る思考の道筋の。金を持った人間がどう思考し、どう失敗し、どこに至るのか。あなたはまるでかの〈錬金王〉のようだ。そして私はその失敗ののちに生まれた人間で、あなたのようにそういった思考に行き着く間もなく強制的な挫折を提示された。『そのやり方は失敗する』と、身をもって歴史に教えられたわけなので」
たしかにガルドはその思考を持った者の中でも特に悪いやり方を取った。
だからこそ、逆に言えば失敗が早かった。
金を持った人間が失敗をすることはそうそうない。たしかに金の力は偉大で、たいていの問題は解決しうるからだ。
だが、錬金術式によって急速に金を持ったガルドは、その加速しきった欲望と思考のまま、歴史の流れと共に何代にも渡った末こうむるはずだった失敗をたった一代で果たした。
良くも悪くも最高の反面教師だとシャウは今さらながらに思う。
「それと、あなたの不運は、巨大な富を持っていてもどうにもならない存在に出会わなかったことですかね」
〈魔神〉メレア=メア。そして、〈時代の寵児〉セリアス=ブラッド=ムーゼッグ。
どれほど傭兵を雇って対抗しても、どれだけその手に持った富を差し出そうとも、それらを意にも返さず、強烈な信念とそれを支える原始的暴力によって己が道を往こうとする怪物たち。
ザイムードは「金を使わず生きる人間の力などたかが知れたもの」と言ったが、アレらを前に同じセリフが吐けるだろうか。
「金の力は偉大です。――しかし万能ではない。あなたはまだ知らないだけだ。あなたの失敗は、この小さな国に留まって復讐の牙を研いでしまったこと。外の世界にみずからで赴き、そこで言葉を交わし取引をする『商人』としての本分を忘れていなかったのなら、もう少し周到に事を運んだと思いますがね」
「時代の敗者が。まだなんの結果も出ぬうちに説教とは反吐が出る」
「……ごもっともで」
そう、自分は『ウィンザー』にして〈魔王〉である。
そしてザイムードの言うようにまだなんの結果も出ていない。
だから――
「せめてあなたの目論見がすべてにおいて的外れであるということは、ここで証明しておきましょう」
そう言ってシャウが両腕を広げる。
それに呼応するようにザイムードが短剣を構えた。
「どちらがより『武装商人』らしいか、時代遅れではありますが――決闘ですね」





