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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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233話 「三流役者」

「……は?」


 金、金、見渡す限りの金だ。


「こんなもの、あなたの後に生まれたウィンザー家の当主なら誰にでもできた」


 ガルドが使う錬金術とは規模が違う。

 しかしシャウはそれを他愛のないことであると断言した。


「しかし、できるのと実際にやるのとでは話が違う。私を含めて、あなたのあとに生まれたウィンザー家の当主には、いつだってあなたの犯した悪行が付きまとった」


 偽りの金ですべてを手に入れようとした男、ガルド=リム=ウィンザー。

 ガルドの生んだ悪徳は、結果的にウィンザー家の扱う金の信用を地に貶めた。


「できなかったのではなく、やらなかったのです」


 もはやウィンザーには主体的に商いを行う信用がなかった。

 だから彼らはその能力を持ちながら、ほとんど使うことがなかった。

 使い道のない、魔王としての秘術。

 それが宝かどうかすらわからないが、持ち腐れしている点では相違ない。


「でも、ようやく使い道ができました」


 シャウがさきほどのガルドと同じように地を踏む。


「あ?」


 金に変異した石床が、無数の槍となってガルドを襲う。

 ガルドも同じく錬金術で生み出した壁でそれを防ぐが、今度は上方から幾本もの剣が降ってきた。


「ちっ、どこから生み出しやがった……!」


 空には錬金術で金に変異させる物体が存在しない。

 変異させたものを操作するウィンザー家の錬金術だが、さすがに無から有を作り出す力まではないはずだ。


「ものならそこにありますよ。いくらでも」


 シャウがパチン、と指をはじく。

 すると、


「――クソが」


 悪態をついたガルドが見たのは、降り落ちて地面に突き刺さった無数の金の剣が、目に見えぬ『なにか』になって消えるさまだ。

 しかしガルドは気づいた。

 無数の金の剣が霧散した直後、その頬を上空の冷たい空気がなでたことに。


「この世のすべては式で表現される。そう言ったのは誰だったでしょうか。私も術士の端くれですから、一応基本原則として頭には留めておいた知識ですが、さすがに心から信じてはいませんでした」


 だが、あるときそれを証明するかのように、『世界最強の術士』から受け継いだその眼で、この世の真理の一端を解き明かした男がいる。


「あれは衝撃でした。存在しないと高をくくっていた神の実在を、思わず信じてしまいそうになるほどの」


 メレア=メアは世界の式の一端を見ている。

 そして、人類すらその式の一部に過ぎないのだと証明してしまった。

 それを目の当たりにし、自分の中の軸が、『ガコン』と音を立ててズレた気がした。

 

「そのときからです。私にとっての世界の見え方がほんの少し変わったのは」


 すべては式である。

 物も、人体も、そして心さえ。

 

「なれば、目には見えなくとも確実にそこに存在するであろう『気体』を、この錬金術の触媒と捉えることはなにもおかしなことではないでしょう」


 シャウがサイサリス城からの脱走劇を演じたとき、上階から飛び降りるのに使った金の階段は、空間に存在する気体を錬金術で金へと変容させたものだった。


「あなたがこの術の本質に気づいていれば、もっと上手く望みを叶えられたでしょうに」


 瞬きの狭間。

 ガルドの周囲を取り込むように再び無数の剣が顕現する。

 

「クソッ! せっかく戻ってきたってのにオレ様はッ……!」

「三流役者は退場してください。これが喜劇で終わるか悲劇で終わるかはまだわかりませんが、いずれにしてもあなたはこの舞台にふさわしくない」


 パチン、と再びシャウが指を弾く。

 黄金の剣がかつての魔王の体を貫いた。


◆◆◆


「……ふう」


 シャウはガルドの体が光の粒になって消えていくのを見終えると、小さく息をついた。

 それから髪をかき上げ、わずかに目を細めて空を仰ぐ。

 

「私にはもう、この術を使うことにためらいはありません。無論、あなたと同じようにはできませんが、私なりにやるだけのことはやってみますよ――父上」


 一歩、前へと歩を進めるシャウ。

 その背筋は心なしかいつもよりぴんとしていた。


「さて」


 シャウはぐるりと周囲を見渡す。

 ガルドが消えたことで道にあふれんばかりに広がっていた金貨は土くれに戻ってしまっていた。現金なことに人の姿もない。


「私を観察していたということは、そろそろでしょうかね」


 しかしシャウはさきほどの戦闘中に、見慣れた白装束の影を見た。

 サイサリスの暗部、ザイムードが率いている密偵集団〈白足〉の諜報員だろう。


「……またエルマ嬢に怒られてしまうかもしれませんが、もう少しだけ、独断専行をさせていただきますよ」


 そうしてシャウは仲間たちが向かった方角とは逆に走り出した。


◆◆◆


「どいつもこいつも……こんなときに……!」


 サイサリス王城では〈心帝〉アリシアがわずかな教皇騎士団の護衛に守られながら歯噛みをしていた。


 ――東からの海賊勢力……ムーゼッグの駒どもめ!


 さきほどの知らせがムーゼッグの宣戦布告であることはアリシアもわかっている。

 一国の元首としてそれを放っておくわけにもいかず、教皇騎士団を向かわせたが、これはただの斥候だろう。

 今に鼻につくような布告文がここへ届けられ、あの忌々しい黒い鎧の大軍勢が、周辺域のどこかに姿を現すに違いない。


「陛下っ!」


 ほらみろ、とアリシアは部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた兵士を見る。

 そして――



「――ここで死んで頂きたい」



 歩を緩めずにこちらに向かってきたその兵士は、剣を抜き、振りかぶっていた。


「え?」


 とっさの出来事に硬直する体。

 すると自分の足元の影から何者かが現れ、向かってきた兵士を短剣で切り伏せた。


「くっ……魔王どもめ……!」


 アリシアの脇にどさりと倒れた兵士が怨嗟の言葉を吐く。

 当のアリシアはまだなにが起こったのか理解ができない。


「陛下、ここは危険です」


 そう静かに告げるのは自分の影からぬっと姿を現した黒ずくめの美女だった。


「オリガ……いったいこれはなんだ……?」


 その美女の名をオリガと言った。

 かつて〈影王(えいおう)〉と呼ばれた者の血を引く魔王だ。


謀反(むほん)でしょう。この者の顔に見覚えがあります。たしか白足の構成員です」


 彼女――〈影王〉オリガはムーゼッグに追われる魔王としてサイサリスに落ち延び、そこをアリシアに拾われ、以来彼女の護衛として多くの時間をその影の中で過ごしてきた。

 彼女はもともとその〈影王〉としての秘術を使って密偵業を営んでいた影響で、情報の記憶に長けている。


「謀反……? 今謀反と言ったのか?」

「はい」


 感情の起伏の少ない表情でうなずくオリガを、アリシアは信じられないといった顔で見返す。


「わたしの周辺に叛意(はんい)などなかった。それはこの眼で見てきた」


 アリシアは〈心帝の魔眼〉で人の心理を正確に見抜く。

 少なくとも周囲の人物には叛意などなかったのは間違いない。


「すべてを、でしょうか」

「なに?」

「陛下は本当にすべての人間の眼を見て来たのでしょうか」

「それは……」


 サイサリスは急速に強大化してきた。

 教皇騎士団しかり、白足しかり、国が強くなればなるほど、軍事組織の構成員も増えていく。

 そのすべての人員の心を常に見ていたかと言われれば、アリシアもすぐにはうなずけない。


「だが、それでも……」

「それと、もう一つ」


 オリガはアリシアの言葉をさえぎって続ける。


「陛下が心を見ることができない者が、一人だけおります」


 そう言われ、アリシアの脳裏にある名前が浮かび上がった。

 ザイムード=エル=バルドラ。

 あの、くすんだ黄金色の髪を持つ優男。


「ザイムードが……まさか……」

「陛下、あなたに救ってもらった私が言うのも(はばか)られるのですが、この際ですので申し上げておきます。どうか――見たいものだけを見るのはおやめください」


 見たいものだけを見る。

 『馬鹿にしているのか』、とアリシアは思った。

 もっとも見たくないものを生まれたときから見続けさせられているこの自分に向かって。


「あれは真名を隠しておりました。白足を使った独断専行も目に余ります。あなたの最大の理解者であった〈シーザー〉様をあなたの傍から離すよう進言したのも、あの男です」


 道化のシーザー。身分を隠し、みずからの国家を半ば投げ捨ててまで、自分についてきた彼女。

 いつも大事なところで傍にいてくれた彼女の姿は、今ここにはない。


「シーザー様が白足たちと共に芸術都市に潜伏したのもザイムードの動向を探るためです。――陛下、お気を確かに。あなたは自分で思っている以上に周りが見えていない」

「わたしは……」


 アリシアが隣で倒れ伏している兵士の亡骸を見ながら震えていると、開かれた部屋の奥から複数の足音が聞こえてきた。

 視線を向ける。

 そこに――


「陛下! お怪我はありませんか⁉」


 心配そうな顔をしてこちらに駆けてくる、ザイムードの姿があった。

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