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百魔の主  作者: 葵大和
第十二幕 【動き出す者たち】(第三部)
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147話 「赤髪の盗王」

「あはは――『本物』だ」


 赤髪の少年は額に汗を浮かばせながら笑った。

 

「さっきの金髪の魔王は期待外れだったから、どうしようかと思ってたんだ。――白い髪、赤い眼。あんたが〈ヴァージリアの動く芸術〉で、ムーゼッグを圧倒した〈魔神〉か」

「……」


 メレアは少年の言葉を聞いても、さして反応を見せなかった。

 その眼は少年の言葉に揺らされることなく、淡々と獲物の隙を見極めるように、鋭い光を放っている。


「まあ、それでも僕の『盗み』からは逃れられなかったみたいだけど」


 少年は不意に右手を開いて、そこに握りこんでいた茶色の貨幣袋を見せつけた。


「これ、あんたの財布。返すよ」


 少年がメレアに貨幣袋を投げ返す。

 メレアはそれを無造作に受け取ると、ほんの一瞬だけ視線を入れ、すぐに隣のリリウムに渡した。

 それから今度は自分の手を少年と同じように開いて見せ、ふっと笑う。


「これはお前の財布だ。返そう」

「っ」


 メレアが同じように貨幣袋を少年に投げ返す。

 少年はメレアから受け取った袋の中身を見て、傍目にもわかりやすく目を丸くした。


「それと、たぶんお前はその『金髪の魔王』にもしてやられてる。袋の中身を見てみるといい」


 実のところメレアは少年の貨幣袋が『本人のものではない』ことに気づいていた。

 少年からその袋を抜いたときに、その底部にシャーウッド商会の紋章が焼き刻まれているのを見たのだ。

 加えてその中身が、異様にごつごつとしていることにも気づいた。


「これ……」

「どうせ石か何かが入っていたんだろう」


 メレアがほんの少し楽しげな様子を露わにして言う。

 少年の表情がムっとしたものに変わったのを見て、メレアは確信した。


「あるいは、最初は本当に金貨だったのかもしれない。でも――」


 金髪の魔王――シャウ=ジュール=シャーウッド。その魔王の持つ号は〈錬金王〉。

 金と金にまつわるあらゆる知識を持ち、世にも奇妙な錬成術を使う。

 ある意味、人間社会においてもっとも禁忌的な術式を使うその男は、たかが通りすがりの盗人に大事な金貨を盗まれるほど耄碌(もうろく)してはいない。


「まあ、それはいい」


 と、メレアが驚いている少年をよそに話を戻した。


「さっきの質問とは少し変えて訊く」


 瞬間、メレアの雪白髪がふわりと舞った。

 風が吹いたわけでもないのに、まるでその身体からあふれた圧力の波によって揺らめくように、白が踊り、隣にいたリリウムがわずかに肩を強張らせる。


「クリーム色の髪と桃色の瞳を持った子どもを、知っているか」


 レミューゼにおいては〈白神〉と呼ばれる男が、その日はじめて、街中で〈魔神〉になった。


◆◆◆


 赤髪の少年はメレアの雰囲気の変化に敏感に反応した。

 臨戦態勢に入った四足動物のように、その身体を低くして身構える。

 それでも少年は、ぎこちなくなりながらも笑みを崩さなかった。


「知ってても教えない」


 少年は言った。


「ここに来るまでに、そんな子どもがいたかもしれないし、もしかしたらついでに手を出したかもしれない」

「……」


 メレアは表情を微動だにさせずに少年を凝視する。


「僕たちは〈魔王連合(メア=ネサイア)〉の噂をたどってここに来た。もしその魔王の集団が実在して、信頼に足る組織であるならば、接触を試みる価値はある――そう思って。まあ、信頼に足るかどうかの基準は僕のやり方で測るんだけど」

「それがさっきのやり方か」

「僕には僕のやり方がある。判断の基準ってものがある」


 少年はそこでやや表情を険しくする。


「この世界は基本的にクソだ。僕は今の世界の仕組みがクソだってわかってるから、そこで綺麗事だけを吐くことがどれだけバカなことだかもわかってる」


 否定はしない。

 メレアは心の中で答えた。


「だから、サイサリスみたいに口だけの綺麗事を吐く連中は嫌いだ。しかもあいつら、綺麗事を吐いてるってことを隠すのが絶望的なまでにへたくそだ。あんな甘言子どもでも思いつく」


 何が言いたいのかというと、と少年は続けた。


「僕は綺麗過ぎるものが嫌いだ。もし〈魔王連合〉がそういう理想論ばかりを吐く組織だったら、適当に悪戯でもしてまた別の場所へ行こうと思う」

「それはお前の自由だ」


 メレアがついに口を開いて、一歩、少年へ近づいた。


「――なるほど、ハーシムの言うとおり俺の噂はある程度伝わりはじめているようだな」


 さらにそう付け加えて、メレアが二歩目を踏む。


「大方見当はついているんだろうから、先にはっきりと言っておこう」


 メレアは両腕を開いて宣言した。


「――そうだ。俺が〈魔王連合〉の長、〈メレア=メア〉だ」


 少年にはそう宣言するメレアが『人間』に見えた。

 おかしな話だが、少年は最初〈魔神〉の噂を聞いたとき、それが実在する人間だとは思えなかった。

 きっと誰かが作った創作物。あるいはクソみたいな世界に気まぐれに下りてきた神か悪魔。

 その噂があまりに荒唐無稽で、――〈魔王〉である自分には実体が想像できなかった。


「そうか」


 しかし、実物を間近に見て、少年は確信する。

 超俗的な容姿を見てそうであろうと予想していたものが、ここにきて確固たる実体に変化する。


「なかなか面白そうな人間で良かったよ、メレア=メア」


 少年は今度は少し楽しげな笑みを浮かべて言った。


「僕の名は〈クライルート〉。姓はない。かつて〈盗王〉と呼ばれた――〈魔王〉の末裔だ」


 少年はわずかの間で過去を回想した。

 されどすぐに現実を見定める。

 あえて『英雄の末裔』と言わなかったことに小さな胸の痛みを感じながら、少年は術式紋様の刻まれた右の手のひらをメレアに向けた。


「あんたがただの妄言者でないことを勝手に確かめさせてもらうよ」


 そして少年――クライルートは地を蹴った。

 

◆◆◆


 メレアはクライルートが地を蹴るのと同時に、即座に臨戦態勢に入った。

 クライルートの手のひらに術式紋様が見えた瞬間に、〈術神の魔眼〉は稼働している。

 赤い瞳が同じ色の髪の軌跡をなぞり――次の瞬間。

 視界が黒く染まった。


 ――っ。

 

 さきほども感じた違和。

 まるで自分の視界を持っていかれたような感覚。


 ――違う、『盗まれた』。


 一秒ののちにメレアの視界は開けるが、クライルートの姿を完全に見失う。


「メレアッ!」


 後方からリリウムの焦燥の混じった声が聞こえた。


「大丈夫」


 しかしメレアは動じなかった。

 明確に言語化された思考はなく、ただそうするのが当たり前であるかのように、メレアの身体は敵を迎撃するために動く。


「っ!」


 ざわめきはじめた周囲の人の声の中から、メレアの耳は敵の足音を正確に拾い上げた。

 右斜め後ろ。

 腕を縦に構えて振り返りながら、同時に左足で中段蹴りの軌道を描く。


「っ、さすが、これくらいはやってもらわないと」


 手ごたえがあった。

 縦に構えた腕の表面を鋭いものがなぞっていった感覚。

 加えて、自分の足がわずかに何かをかすった。


「それにしても本当に人間の身体なの。ナイフが骨まで通らない」

「俺の肉を斬れたのならそれはいいナイフだ」


 メレアが視界の隅にクライルートの赤髪を捉えた瞬間、再び視界が暗転した。


「でもそれ、毒入りだよ」

「俺に毒は効かない」

「おもしろい冗談だ」


 メレアは足音のみでクライルートの居場所を正確に捉える。


「音もダメか。なら『耳』も貰おう」


 直後、メレアの中から音が消え去った。

 今まで聞こえていた周囲のざわめきまでもが、ぱたりと止む。


 ――なるほど、五感を盗むのか。


 クライルートの術式の性質を確認しながら、メレアは次の一手を選ぶ。


 ――ここが戦場ならいくらでもやりようはあるけど。


 街中だ。あまり派手なことはしたくない。

 

 状況を考慮したメレアは、そこでようやく術式を発動させた。


「術式展開――〈雷神(セレスター=バルカ)の白雷〉」


 自分の声も聞こえなかったが、身体に白雷が宿ったことは感じ取れた。

 拍手を打ったメレアは、次いでその手をだらりと身体の横に垂れる。

 まるでクライルートの一撃を迎え入れるように、全身を脱力させていた。

 そして――


 ――首。


 左の首筋に冷たい刃がほんのわずかに差しこまれた瞬間、メレアの身体は常人に知覚しえないほどの速度で動き出した。

 

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