143話 「侍女とメイドと耳飾り」
【報告】
書籍版『百魔の主』第3巻が11月10日(火)に発売となります。ちょっと早いですが、すでに店頭に置いてくださっている書店もあるようです。新規書き下ろしエピソードを含め、今回もかなり力を入れて書いたので、見かけた際にはぜひ手に取ってみてください。
「〈魅魔〉と〈光魔〉か。〈魅魔〉はまだしも、〈光魔〉の存在は盲点だった」
「あたしらは『あの時代』じゃさほど目立つ存在じゃなかったからな」
「術機の隆盛に引きずられたということか」
「引きずり出された、の方が近ぇな。――ホントに、ムーゼッグは貪欲だよ」
ハーシムは謁見の間から警備のための兵士をほとんど追い出し、代わりに中に椅子を持ってこさせて、そこに魔王たちを座らせた。
自分も同じく簡素な椅子に座りながら、〈光魔〉ザラス=ミナイラスの話に耳を傾ける。
「参考のために聞かせて欲しいんだが、実際にその〈光魔回路〉を使って術機の燃料を高速補給することは可能なのか?」
「ものによるが、いずれにしろ多少才能のある術師よりはうまくできるだろうな」
「ふむ」
「使いたいのか?」
「レミューゼの王としてはな」
「ハッ、正直でよろしい」
話し合いの最初に、ハーシムはザラスたちにみずからを紹介した。
さほど隠し立てをすることもなく、自分がいかにしてレミューゼの王となったか、そしてこれからどういう方針を取ろうとしているのか、伝えたのだ。
その話を聞いて、むしろザラスはハーシムに好感を持ったようだった。
『のうのうと籠の中で日々を過ごして、飼い潰されていく脆弱な鳥よりは、よっぽどいい』とはザラスの言である。
「だが、強制はしない。そういう約束なのだ」
ハーシムは困ったように頭の横を掻いて、メレアを見た。
「いったいどんなでけえ貸しを作れば、一国の王をこうまで下手に回らせられるのかね」
ザラスもハーシムの視線の移動に合わせて、メレアを見る。
当のメレアは、椅子の背もたれに深く寄り掛かって、楽しげに笑っていた。
「たいしたことじゃない――とは言わないけど、まあ、いろいろとね」
「国を救ったことをたいしたことじゃないとはさすがに言わせんぞ、メレア」
「だからそう言っただろう、ハーシム」
ハーシムは大きなため息をついて、一度大きくうなだれた。
それから顔をあげて、少し真面目な表情で言う。
「大方どういうことがあったかはわかった。――ジュリアナ嬢」
「あっ、はい――陛下」
「かしこまらなくてもいい。あなたにとっておれは王ではないからな」
「いえ、そういうわけにもまいりません」
ハーシムは、興味深そうに謁見の間の窓から外を眺めていたジュリアナへ視線を移した。
ジュリアナは宝石のように虹色に輝く瞳を見開いて、ハーシムに向ける。
「あの金の亡者から話は聞いた。レミューゼで劇を行うという話だったな」
「――はい。お許しをいただけますでしょうか」
ジュリアナの懇願に、ハーシムはすぐにうなずいてみせた。
「もちろんだ。あなたの劇は芸術都市の芸術家たちを容易にうならせるほど、素晴らしいと聞く。あなたの劇を見に他方から人が来るようになれば、それはレミューゼのためにもなる」
「もしかしたら、すべてがすべて、良いお客様ではないかもしれません」
「構わない。いまさらだ。それがあってもなくても、来る者は来る」
暗に魔王が数多くいる現状について触れながら、ハーシムは続けた。
「おれたちも可能なかぎり配慮する。劇の警備にはこちらも人員を割こう」
「なにも、そこまで」
「いや、必要だ。――メレアの目がそう言っている」
ちらとメレアを見たハーシムは、それからすぐにジュリアナへ視線を戻した。
「あなたが思う存分その研鑽された芸術を披露できるよう、場も整えよう」
そこまでを聞いたジュリアナは、感動するように口元を手で覆って、大きく頭を垂れた。
「ありがとう、ございます」
「礼はメレアに言ってくれ。おれが行う善行のほとんどは、こいつが大元の原因になっているからな」
「ハーシム、そこまで言われるとさすがに皮肉に聞こえるぞ」
「なんだ、いまさら気づいたのか。おれは最初から皮肉のつもりで言っている」
「お前もレミューゼにいながら下手な皮肉の修練を積んだと見える」
メレアがうんざりしたように息を吐いた。
それからメレアは襟を正して、ハーシムへ向かい直す。
「一気に謁見の間の警備を薄くしたが、大丈夫なのか?」
メレアは謁見の間の天井を見上げながら、言った。
「問題ない。中はお前らがいる。そして外は――」
ハーシムは海青色の瞳をメレアと同じく天井に向け、げんなりとした様子で続けた。
「〈アイシャ〉がいる」
「外にか?」
「まあ、正確にはなんとも言えない位置だ。外というか、中というか、間というか」
「まさか、あの天井裏に?」
「ご名答」
ハーシムは天井を眺めるのをやめて、再び大きなため息をつく。
「レミューゼにも密偵組織がある。その長を務めるのがアイシャだ」
「話には聞いていたけど、本当に有能な侍女だな」
「有能すぎるのがたまに瑕だ」
「気持ちはわかる」
「メレア様」
「ウソウソ、冗談冗談」
間髪いれずにやってきたマリーザの意味深な声に、メレアはおどおどとして対応した。
「ともあれ、密偵方面もあれから十分に力を入れている。情報面でムーゼッグに後れを取ることが多かったからな」
「そうだ、情報と言えば、東大陸と北大陸の間にある〈海賊都市〉を知っているか?」
「ああ、もちろんだ。その話もしようと思っていた」
と、うなずきを見せたハーシムは、再びザラスたちを見て、口を開いた。
「ここからは込み入った話になる。旅の疲れもあるだろう。ひとまずほかの者は魔王城――じゃない、星樹城に戻るといい」
そう促された魔王たちは、「絶対こいつわざと言ってる」と口々に言いながら、順々に椅子から立ち上がった。
「では、わたくしどもは先に戻ります」
そう言ったのはマリーザである。
「メレア様をお待ちしようかとも思ったのですが、星樹城の部屋割り等、取り急ぎやることがございますので」
「そうだね。星樹城の管理はマリーザがいないとはじまらないし、その方がいいよ」
「くれぐれも、メレア様も遅くならないよう」
「わかった」
マリーザは返答を聞きつつも、名残惜しそうに数秒の間メレアを凝視していた。
「本当だって。大丈夫大丈夫」
「あなたの大丈夫は良くも悪くも信用しがたいので、こうして心配しているわけです」
冷然としながらも、ほんの一瞬だけ潤んだ瞳をメレアに見せたマリーザは、ようやく踏ん切りをつけたように踵を返した。
「マリーザ」
すると、今度は逆にメレアがマリーザを呼び止める。
「こっち来て」
「はい?」
その言葉にマリーザは再度振り返り、手招きされるままに数歩メレアへ歩み寄る。
「なんでしょう」
「そこに立ってて」
言われるがまま、メレアの隣に立ったマリーザは、メレアが何をするのか訝しげな目で見る。
しかし、椅子から立ち上がったメレアが視界から外れ、自分の斜め後ろに回ったので、まるで様子が見えなくなった。
何をされるのかと思いながら数秒を待つと、不意にマリーザは自分の横髪が耳に掛かるのを感じる。
「これ、プレゼント」
「え?」
左の耳たぶに感触があった。
やわらかく、耳を挟まれる感触だ。
「今の時代の術式細工ってのはすごいもんだね。こういうちょっとした細工も、職人の手に掛かれば簡単にできるらしい」
マリーザはどうしようもない胸の高鳴りを感じながら、あらんかぎりの速度で鏡を探した。
すると、
「おい、上からなんか降って来るぞ」
ザラスが天井を指差す。
一瞬、その天井の石盤の一枚が動いているのが見えた。まるで一旦取り外して、もう一度閉じたかのような動き。
さらにその天井の真下を、まっすぐに落ちてくる物体にもみなが気づいた。
きらきらと陽光を反射する物――手鏡だ。
「不気味すぎるだろ」
「だろう。うちの侍女はあらゆる意味で抜け目がないんだ」
ハーシムが大きく頭を抱えて、ため息をつきながら言った。
「……」
上から落ちてきた手鏡は、見事にマリーザの手に収まる。
マリーザがおそるべき速さでそれを自分の顔の前に持ってくると、汚れ一つないその手鏡の上に、彼女の耳元が綺麗に映った。
「これは――」
「あんまり高い物は買えなかったけど、俺が一番きれいだと思ったものを買って来たよ。小さいけど、宝石付きのイヤリング。術式加工がされていて、大きく動いても落ちないようになってる。あと、時間によって宝石の色が変わるんだ。――せっかく芸術都市に行ったわけだから、それっぽいのを買っておこうと思って」
メレアは微笑を浮かべて、マリーザに言った。
「気に入ってもらえるといいけど」
「……」
マリーザは数秒の間、完全に停止していた。
鏡に映る耳元のイヤリングに、見惚れているようだった。
「うれ、しいです」
「ホントに?」
「本当、です」
マリーザは声が震えていることを自覚していた。
可能なかぎりそれを悟られないように、努めて平静を装った。
それでも――
「――」
耳元でダイヤモンドのような輝きを見せるイヤリングから、しばらくは目が離せなかった。
「まあ、動くときに邪魔だったりしたら、全然外してもらっていいからね」
絶対に外してなるものか。
マリーザの中にはそんな強い決意が浮かんでいた。
「マリーザにはいつも世話になってるから。たぶん、これからもだいぶ世話になるけど」
「と、当然です。メレア様にはまだまだ学んでもらうことがたくさんございますので」
「ハハ、城に帰ってからが怖いよ」
「覚悟しておいてください」
マリーザは頬の紅潮を感じながら、毅然としてメレアに言った。
メレアはそんなマリーザの内心に気づいているのか気づいていないのか、のんきに「困ったな」とこぼしている。
「で、では、先に城に戻っています」
「うん、気をつけて」
柔和に笑いながら、楽しげに手を振るメレアを、マリーザは内心で少し責めた。
――いきなりすぎます。
なんだかんだと言いながら、いつも的確に自分の心の隙をついてくるメレアに、マリーザは少し、畏れを抱いた。





