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百魔の主  作者: 葵大和
第十幕 【踊る者、観る者、そして】
112/267

112話 「白神の笑み、魔神の笑み」

「――見つけた」


 シラディスの示した方角へ、一足先に跳躍して向かったメレアは、ついにジュリアナの姿を見つけていた。

 芸術都市の細工掛かった建造物の屋根上から目を凝らすと、白い装束に身を包んだ数人がジュリアナを担いで走っていた。


 ――やっぱりこっちの存在に勘付かれていたか。


 あきらかに逃げている、という体裁だ。

 数は四人。案外あの様子だと、向こうが自分たちに勘付いたのもぎりぎりだったのかもしれない。


 と、メレアがすかさず足場にしている建物の屋根上から飛び降りようとしたところで、ジュリアナを担いでいた白装束たちが突きあたりの建物の中へ入っていった。

 メレアは飛びおり際の浮遊感を得ながら、内心に毒づく。


 ――建物の中は面倒だな。


 あれが新派サイサリスの拠点であるならそれでいいが、もし追手の目をかく乱するための手の込んだ遮蔽物であったりしたら、分が悪い。

 地下通路、隠し通路、内部は迷路になっている可能性だってないわけではないのだ。


 ほんの数秒の(のち)、メレアは建物の上から跳躍したものとは思えないやけに静かな着地音とともに地面に着地し、すぐさまその建物の方へ走った。もはやなりふりは構っていられない。

 待ち伏せ等の可能性を頭の隅で考慮しつつも、メレアは猪突ともとれる思い切りのよさで建物の扉へ近づき、そのまま取っ手に手をかけた。


 その、瞬間だった。


 メレアが開けようとした扉が――炸裂した。


◆◆◆


 それは、扉そのものが弾けたというような炸裂ではなかった。

 木造の扉の向こう側から、得体の知れない『弾丸』のようなものがいくつも飛んできて、それが扉の胴体を貫いたのだ。

 最終的に、その貫通と炸裂が高じて、扉が細かい木端(こっぱ)にまで分解される。


 しかし、扉に手をかけた瞬間にそんなものに遭遇したにも関わらず、メレアには傷一つなかった。

 おそるべきは――その反射神経である。


 扉の向こうからやってきた一発目の弾丸に関しては、さすがのメレアも完全には反応しきれなかった。

 それは扉の様子を窺うまでもなく、手早く白装束たちを追うために猪突した弊害である。

 だが、その一発目が扉を貫通した瞬間、メレアはおそるべき反応速度でその場に身を低くして屈んでいた。

 思考すらを飛ばした、攻撃に対する回避行動。

 その動きには一片の迷いもなく、三発目が扉の向こうからやってくる頃には、メレアは身を屈めたまま扉の横へと退避していた。


 そうして、すべての弾丸が扉を通過したあとで、メレアは木端と煙の散乱する扉付近に注視を向ける。

 間違いなく自分に気づいていた白装束がいる。


 ――足止めか。……何人だ。


 加えて、今の弾丸のようなものは、何によって飛ばされたものなのか。

 メレアは一瞬にして臨戦態勢に入った身体を軽くなだめながら、思考をまわした。


 やがて、そんなメレアのもとへ、二つの声がやってくる。

 それは建物の中から響いてくる、女と男の声だった。


「あー、まだ生きてるぞ」

「嘘!? 絶対仕留めたよ! だって扉の前にいたんでしょ!? 姉ちゃんが言ったんだよ!? 『扉の前にいるから撃て』って!」

「うるさいな、あたしだってなんで仕留めきれなかったのかわからないけど、まだ生きてるものは生きてるんだよ。埃の向こう側にはっきりと術素の光が見える」

「えー……、てか姉ちゃんの目にはっきり術素が見えるなら、そいつ結構腕のいい術師なんじゃないの?」

「まあ、たぶんな。……はあ、めんどくせえ、なんでこんなことまでしなきゃならねえんだ。教皇とか死ねばいいのに」

「それじゃあまた居場所がなくなっちゃうでしょ!? それに戦うの俺だしっ!」


 面倒くさそうに息を吐きながら言う女と、上ずった焦り声をあげる男。

 女の方は声が少ししゃがれていて、それが独特の力強さを感じさせる要因となっている。

 対して男の方は、男にしてはやや高めの声音を呈していた。


「そこ、まだ扉の横に隠れてるぞ。おら、あたしのために撃て、撃て」

「横暴だなあ!」


 そんな声が響いた瞬間、メレアはその場から飛びのいた。

 近場にちょうどいい遮蔽物がなかったので、ひとまず距離を取るように離れる。


 直後、さきほどまでメレアが背にしていた建物の壁を、再びの弾丸が貫通した。

 メレアは飛びのいていて無事だが、その場に留まっていたらそれに撃たれただろう。


 メレアはそうやって建物がどんどんとぼろぼろになっていくさまを見ながら、その向こう側からやってくる二人の姿を探した。

 

 いくらかの間があって、扉や壁が崩れた余波たるほこりが落ち着き、ついにメレアの視界に二人の姿が映る。


「おー、おー、やっぱあの白い髪のやつか。なんで〈魅魔の魔眼〉が利かなかったのかまだよくわからねえけど、やっぱり普通じゃなさそうだな」

「でもやらないとまた二人になっちゃうよー」

「今が二人じゃないみたいに言うな、馬鹿弟。たしかにサイサリスに匿われてはいるけど、あいつらは別に仲間でもなんでもねえ。互いに都合がいいからこうしてるだけだ」

「でもやっと見つけた居場所だよ!」

「うるさい。わかってるよ」


 舞う埃の向こう側から現れたのは、大きく腹部を露わにした軽装の若い女と、その女の隣で今にも泣きそうな顔を浮かべているさらに一回り若い男だった。

 

◆◆◆


 細くくびれのある腹部を大胆に露出している若い女は、赤みの混ざった茶色い髪をしていた。また、その左眼にかかる前髪だけを特別に長くして、目元を隠している。隠れていない右眼を見ると、気の強そうなつり目が映った。

 パっと見、無造作な格好も相まって、男勝りだとか、ガサツそうだとかいう印象を受けるが、それでいて整った目鼻立ちとすらりと伸びた四肢が独特の艶気を醸してもいる。


 対して男の方は、彼女と比べれば身なりは整っている方だが、何の特徴もない白のシャツと、サスペンダー付きの茶色いズボンを穿いていて、いうなれば芸術都市で靴磨きをしている貧しい少年、といった方がしっくりきそうな(なり)であった。

 だが、


 ――あれは……


 その少年の手元にはそんな雰囲気とは一線を画する『あるモノ』が握られていて、それがメレアの彼に対する評価を一瞬のうちに改めさせた。


 彼の手には、まるで『銃』のようなものが握られていた。

 

 この世界で銃を見るのは初めてだが、一方でそれはメレアの前世の記憶にあるような銃とも少し違う。

 

 ――……『術機』か。


 メレアは意外にも、すぐに得心していた。――根拠があった。

 黄金と、水色に輝く光沢入りの鉱石によってゴツく成形されている代物。発射口とトリガーのようなものは見て取れるが、全体的にはむしろ小型化された大砲といった方がいいかもしれない。

 

 ――矛盾した表現だな。

 

 心の中で言いつつ、しかし自分の感覚に従った。

 メレアは、あのムーゼッグとの戦争のあとに、クシャナ王〈ムーラン=キール=クシャナ〉に見せてもらった『術機大砲』を思い出していた。

 サイズは違えど、あれに似ているのだ。


 ――術式も刻まれている。


 驚くほど美しい水色の光沢鉱石に、たしかに術式が刻まれているのをメレアはたぐいまれな視力でもって見抜いていた。

 式そのものまでは解読できないが、それが術式言語であることはわかる。


「やばいよ、姉ちゃん。やっぱりあの人強そうだよ」

「じゃあ逃げんの?」

「だめだよ! そしたらまた姉ちゃんが追われることになる!」

「どっちなんだよ……」


 おおよそ戦闘に必要であろう情報を収集し終えたメレアは、そのころになってようやく、言い合いをしている二人の男女の関係性に意識を向けた。


 ――姉弟(きょうだい)か。


 たしかに髪色や顔の造形は似ている部分がある。

 気の強そうな姉と比べると、目尻の下がっている弟の方はずいぶん気弱そうだが、しかし――


 ――こっちの方が隙がないな。


 メレアはその弟の方へ戦闘者独特の雰囲気を感じていた。

 それは数々の『手練れ』と打ち合ってきたメレアが有する直感による判断である。


 メレアは赤い瞳で、弟の一挙手一投足を眺めていた。

 

「ッ! や、やっぱやばいよ姉ちゃん! あの人すごい強いかも!」


 そしてそんなメレアの視線に、弟の方が漏れなく反応を見せていた。

 姉と言い合いをしながらも、自分の観察するような視線に一瞬で反応した弟に対し、メレアは内心で「やっぱり」と言葉を浮かべる。


 ――ずいぶん『反応』が良さそうだ。


 そのときメレアは、攻撃心を持って右腕をわずかに動かした。

 『これから攻撃するぞ』と本気で胸に浮かべ――それをすぐさま引っ込める。

 いわばそれは、『かぎりなく本気に近いフェイント』であった。

 そうして、〈戦神〉タイラントに仕込まれた戦場における詐術のうちのひとつをメレアがその場でやって見せると――


「ッ!」


 弟の方が、両手に一本ずつ持っていた術機銃を即座に構えて、その銃口をメレアの方へ向けた。

 メレアの動きはわずかだった。右腕がほんの少し横に揺れた程度だ。

 だがその弟の方は、メレアの明らかな攻撃心に対し、野生の獣のようなすばやい反応を見せていた。

 メレアは確信する。


 ――注視すべきはこちらだ。


「サイサリスの信者か?」


 と、そこでメレアは声を投げかけた。

 さきほどまでの姉弟の会話に、気になる点がある。

 このときのメレアは、その思考の半分以上を戦闘に費やしながらも、もう半分である疑念について考えていた。


「こいつ、喋るタイプか。……面倒だな」


 そんなメレアの言葉に対し、姉の方がバツの悪そうな表情で言う。弟の方はまだメレアに銃口を向けて止まったままだ。

 

「おい、アルター、もういいか。もう『観察』はできたか?」

「……ダメだ、姉ちゃん。この人――『よくわからない』。さっきからずっと怖いか怖くないか頭の中で考えてるけど、答えが出ないんだ」


 弟の言葉に、姉の方は目を丸めていた。


「……すぐにやり合わなくて正解だったかもな。……くそ、サイサリスの連中、ヴァージリアじゃ安全だとか言ってたじゃねえか。早速変なヤツが相手かよ」


 そんなやり取りが行われている間も、メレアは両手を脇において、特に身構えた様子もなく相手の答えを待っていた。

 するとようやく、姉の方が面倒くさそうにメレアの方に向きなおって、言葉を放つ。


「ああ、そうだ。あたしたちはサイサリスの信者だ――」


 そこまで言って、彼女は頭をがしがしと掻いた。


「――って言うべきとこなんだろうが、たとえ嘘でもそれは看過しがてえな。……ちげえよ。あんなクソどもと一緒にすんな」


 結局彼女は、大きくかぶりを振ってそう言った。

 その拍子に赤茶の前髪が揺れて、ちょうど前髪に隠れていた顔の左半分がメレアの目に映る。

 そのときメレアは彼女の左目付近に、いくつもの『切り傷』があることに気づいた。

 無造作に何度も斬りつけられたような、傷痕だ。


「……おい、ダメだアルター。こいつの目はなんかまっすぐすぎてむかつく。あたしも話してられねえ」


 と、メレアのまっすぐな視線を受けていた姉の方が、嫌そうな顔で言った。


「もういいだろ。十分観察したろ。そろそろやっちまえよ」

「うーん、姉ちゃんがそう言うなら……」


 弟の方がその言葉を受けて、眉尻を下げながらもうなずく。

 そんな二人の動きを受けて、メレアは、


 ――……。


 内心でここから自分がどう動くべきかを考えていた。

 

 ――普通に考えるなら、ジュリアナを追うべきだ。


 だが、メレアの脳裏の隅に浮かんだ『嫌な予感』が、それを即座の実行には移させなかった。


 と、そのころになって、不意にメレアの視界の隅に一人の『メイド』の姿が映った。

 ちょうど向こうの二人からは死角になる建物の陰。


 マリーザが身をかがめて、メレアの方を見ていた。


 メレアは向こうの二人にバレないように、一瞬の視線の動きでそれを確認する。


『いかがいたしますか』


 マリーザはごく小さな声で、メレアに指示を仰いでいた。

 それに対し、メレアは、


「――」


 ほんの小さな動きを見せる。

 顎で、白装束たちが逃げ込んだ建物の方を指していた。まるで『ジュリアナを追え』とでも言わんばかりの仕草だ。

 それは瞬きをしていたら見逃してしまいそうな小さな動きであるが、殊、マリーザにおいては――


『承知いたしました』


 メレアのその動きを見逃すわけがなかった。

 マリーザはすぐさま軽い身のこなしてその建物の陰から去る。

 おそらくこの二人の警戒網に引っかからないように回り込むつもりなのだろう。


 ――この状況でジュリアナを放っておくという選択肢はない。


 あの嘆きを聞いたあとで、そしてジュリアナをジュリアナと知らずに話したあの時計塔の上でのことを受けて、彼女をこのままサイサリス側に渡すわけにはいかない。

 その点を再度メレアは認識しなおす。

 

 しかし一方で、目の前の二人が気になるのもたしかだった。


 ゆえに、ここではあえて、目の前の二人を自分に釘付けにさせて足止めするという意味合いも兼ねて、その場に残ることにする。

 マリーザとシラディスであれば、追跡もうまくこなすだろう。


 そしてついに、メレアはすべての思考を完全に目の前の姉弟へと向けた。


 メレアは身体をほぐすように肩を回し、さらに手を添えながら数度首を鳴らす。


「あ、やばい、来るかも」


 弟の方が、そのメレアの仕草を受けて、少し震えた声で言った。

 それは緊張による震えと、戦闘に際する高揚の震えの、どちらをも含んでいた。


「そうだな……まずは――」


 メレアがひととおり身体の凝りをほぐしたあと、両腕を軽く広げる。まるで、二人を迎え入れるような仕草だ。

 それからメレアは顔に微笑を浮かべ、一歩、また一歩と二人に近づいて行った。


「――話をしよう」

「ハッ、どう見ても話すっていう体勢じゃねえよ、お前。あんまそういうのに敏感じゃねえあたしでもわかるぜ。……おっかねえ殺気だ」


 メレアの言葉に、今度は姉の方が引き笑いを浮かべて答えていた。メレアの雰囲気の変化に、姉の方もようやく気づいたようだった。


 そんな彼女に、メレアはまた笑みを返す。

 その微笑はどこか(あで)やかで、そして妖しく、不思議な色気すらたたえていた。


「だって、このまま立ちんぼしてたって、君は俺とまともに会話をしてくれないだろう? さっきも先に攻撃されたんだ。きっと俺が近づこうとすれば、またそれを嫌がるように攻撃してくるだろう。だから、しょうがないから――」


 ゆっくりと、白い髪を揺らしながら、〈白神〉が二人に近づく。


 そしてついに、残り十歩というあたりで、メレアの顔から妖しげな微笑が消えた。


「少し、無理やりに近づくことにする」


 直後、殺気が波動のようにメレアの身体から放たれ、その白い髪をふわりと浮かばせた気がした。


 そのとき〈白神〉が、〈魔神〉になる。


 メレアの頭の中で、スイッチが切り替わった音がした。



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