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交響のスピラル  作者: 奥生由緒
序章 勇者召喚
1/5

001 クリオガ


 『クリオガ』の〝第一の森(シラースム)〟。


 そこは他の三つの〝森〟と違って、三つの〝障壁〟に囲まれていた。

 その理由は、一番外側にある〝障壁〟――〝第三障壁〟に接して築かれている巨大な都市があるからだ。

 まるで、〝第三障壁〟から突出したようにあるその都市は、〝障壁〟の内側――〝森〟を監視することを目的とし、さらに〝森〟から数十キロ以上離れた場所にしか町や村がないため、〝森〟を訪れる冒険者たちの受け入れも行っていた。

 そして、〝第一の森(シラースム)〟の南東――そこに第四城郭都市『ベルフォローディ』があった。

 城郭都市の構造はどこも同じで、楕円の頂点――〝障壁〟と相対する位置に中心街があり、そこは小高い丘となっていた。そこから〝障壁〟に向けて街並みが広がり、〝障壁〟に近づくにつれて次第に要塞と化している。

 平野部から小高い丘の頂上――都市庁に向かって、真っ直ぐに伸びている大通り。

 そこを若い青年に背を押されながら登る男性の姿があった。


「親父! 早く早く!!」


 二十歳ぐらいの――未だ、幼さを残した顔立ちの青年は父親であり、所属するチームのリーダーである男性の背をぐいぐいと押して急かした。


「ああ。分かっているよ」


 そんな息子に対して、男性は怒る様子も見せずに少し困ったような表情で、ガシガシと銀色の髪を掻きながら歩いていた。

 四十代後半ぐらいの男性は大柄ではないが、中肉中背の――しっかりと鍛えられた身体をしていた。身にフィットしたシャツに袖なしの上着を羽織り、腰にはポーチのついたベルトを締めている。

 大通りを行き交う人々は、二人の姿を見ると脇に退いて道を開けていった。


「旦那! 今日はどうしたんです?」

「まぁた、息子に怒られているのかい?」


 声をかけてくる者たちに答えようと「いやぁ――」と銀髪の男性――ウィツィロ・オダッシオは口を開くが、


「すみません! 市長さんに呼ばれているので!」

「おうおう。わぁたよ」

「元気ねぇー」


 苦笑交じりの声を背にして、二人は市庁舎に辿りつく。

 玄関前で立ち止まり、青年はウィツィロから手を離した。


「早く行って、行って!」

「はいはい。行ってくるよ」


 ヒラヒラ、と息子に手を振って、ウィツィロは庁内に姿を消した。











 受付に顔を出すと迎えに来た市長秘書の女性に案内され、ウィツィロは最上階にある市長室に通された。


「失礼します。〝日向(ひなた)(かげ)〟のウィツィロ・オダッシオ様をお連れしました」

「――ああ。入ってくれ」


 中からの返答に秘書の女性はドアを開き、「――どうぞ」とウィツィロに振り返った。

 ウィツィロは軽く会釈をして、室内に足を踏み入れた。

 部屋の正面は一面が窓となり、街並みが広がった先に巨大な壁――〝第三障壁〟が立ちふさがっているのが見えた。

 そこを背にして執務机があり、部屋の中央には一対のソファとテーブル。左右の壁にはそれぞれ、本棚と扉が一つずつあった。

 そして、ソファには男女が一人ずつ、向かい合って腰を下ろしていた。

 左側に腰を下ろすのは五十代前半ぐらいの薄い茶色の髪を持つ男性――市長で、赤い眼がウィツィロに向けられた。

 元高位冒険者であり、引退をしてもなおがっしりとした体格を維持しているが、ここ数年、会う度に腰が痛いと愚痴ってくる。

 そして、右側のソファに座るのは、艶やかな黒髪に怜悧な美貌を持つ、四十代ほどの女性だった。

 珍しい黒色の髪は戦闘の邪魔にならないように毛先が肩にかかるほどの長さで切り、あまり日に焼けていない肌は白く、切れ長の緑色の瞳は妖艶な光を放っていた。薄くとも形のいい唇は赤く映え、微笑が浮かんでいた。


「――すまない。遅れた」

「いや。悪かったな、着いて早々に」


 ウィツィロの謝罪に市長は横に首を振り、ソファを勧めた。

 ウィツィロは女性――サリティリア・ジュワイラの隣に腰を下ろし、


「久しいな。サティ」

「そうね。〝第二〟の方で暴れていたみたいだけど?」

「暴れてはいない。鎮めていただけさ」


 サリティリアのからかうような言葉に、ウィツィロは肩をすくめ、


「我々を呼んだと言うことは――」


市長に赤い目を向けて、単刀直入に尋ねた。

 色々と多忙である第一階位冒険者の二人を呼ぶ理由――特に自分とサリティリアだけという点から、すでに察していたが、念のためだ。


「テスカトリ教導院から連絡があった――」


 市長は頷いてウィツイロ、サリティリアと視線を向け、


「異世界人の召喚が成功し、〝勇者〟を引き受けられた、と」

「………ほぅ?」

「………」


 それは予想通りの言葉だったが、思わず声が漏れた。

 一方、サリティリアは小さく頷いただけだ。


「問題の顔合わせは〝お披露目〟の前――『オメテリア王国』で行う予定のようだ。これが教導院から届いた異世界人の情報だ」


 それぞれに差し出された書類を受け取り、さっと目を通す。


「………」


 隣に視線を向ければ、緑色の目と目が合った。

 ウィツィロは市長に視線を戻し、口を開く。


「なかなか、有望そうだな……」

「書類上は、な。………年が若いことが気がかりだ」


 渋い顔をする市長に「あら?」とサリティリアは声を上げた。


「若さも一つの可能性よ?」


 ウィツィロは書類をテーブルに置き、ふむ、と腕を組んだ。


「…………そうだな。期間が短いというのなら、その分、みっちりと鍛えればいいだけだ。〝森〟に連れて行ってもいい」

「そうね。魔力の高さは第一階位クラスで、〝才能(ディフェラ)〟持ち――さすがは〝召喚されし者〟ってところかしら?」

「ああ。……取りあえず、一度は手合わせをしてみたいな」

「ええ、是非とも」


 とんとん拍子に話を進める二人に「おいおい……!」と市長は制止の声を上げた。


「そう話を進めるな! お前たちの言う〝森〟って言うのは、そこ(・・)のことだろう? 召喚直後の異世界人が行けるわけがないだろが……」

「あら、そうかしら? 何代か前の〝勇者〟は、魔法に慣れた頃には〝森〟で訓練をしたと文献にあったはずよ?」

「先代は先代、今代は今代だ」


 はぁ、と市長はため息をつき、


「そもそも、教導院が行かせないと思うけどな。………年齢を見て見ろ、ウィツィロ(お前のところ)の末っ子とそう変わらんぞ」


 そう言われて、二人は改めて書類に視線を落とした。


「二十一………そういえば、そうだな。今代では最年少か」

「ウィツィロ……」


 今気付いた、と言わんばかりの口調に市長は呆れた声を上げた。


「でも、魔法と似た技術を持つなら、技量は高そうよ……?」


 この子は、と言外に言っている気がして、ウィツィロはサリティリアにじと目を向けた。


「…………俺の前で、それを言うか?」

「ふふっ、ごめんなさいね」


 やはり、思っていたようだ。


「まぁ、格闘術はそこそこの腕になったと思うが……魔法(そっち)関係は、今一つだからな」

魔法の才能(そっち)は、貴方に似たから……」


 肩を竦めたウィツィロに、サリティリアはバッサリと言ってくる。

 相変わらず、手厳しい。


「……おい。話が逸れているぞ」

「…………」


 市長に睨まれ、ウィツィロは片眉を上げ、サリティリアは肩をすくめた。


「そもそも、ここで話していたとしても会ってからじゃないと判断はしないだろ……」

「詳しいことは〝中央〟が決めるからな」


 あっさりと頷くと「全く……」と市長は小さくぼやいた。


「依頼人の意思は尊重しないと――」


 サリティリアも頷きつつ、「けれど――」と目を細め、


「〝守の儀(エグザマ)〟の件があるから、来訪はもう少し落ち着いてからかしら?」

「或は、ある程度は落ち着いている今ならいいんだがな………」


 ウィツィロは頷き、市長に視線を向けた。


「―――それで、結局、対応はどうなったんだ? 監視を増やすとか聞いたが」


 最近は〝第二の森(マコレール)〟での依頼をこなしていたため、他の〝森〟の状況――特に〝第三の森(プルアタン)〟で行われる〝守の儀(エグザマ)〟の最新情報については知らなかった。

 それまで受けていた依頼が終わって直ぐに〝第一の森(ココ)〟での指名依頼が――ギルドからのモノだ――入ったため、確認する暇がなかったことと、呼ばれたついでに聞こうと思って調べていなかったことが原因だ。


「学導院がギルドに指名依頼を出して、監視の再編を行っている。あと、教導院に〝光〟と〝闇〟の使い手の増援も頼んであるようだ」

「至れり尽くせり、か……」


 それを聞いて、ほっ、としたものの、ウィツィロは目を伏せた。

 サリティリアはウィツィロをちらっと見てから、市長に尋ねた。


「この前、〝第一の森(ココ)〟で〝瞬光の槍〟と会ったけれど、魔界(キアウェイ)からの帰還者にも依頼しているのよね?」

「ああ。聞いたのか」

「ちょっと、情報交換で〝第二の森(マコレール)〟に行くって聞いたから……」


 〝瞬光の槍〟は魔界(キアウェイ)を活動拠点としているランク二の冒険者チームだ。

 魔界(キアウェイ)とエカトールでは空気中の魔素含有量が大きく違うため、魔界(キアウェイ)から帰還した者は、まず『ナカシワト』で急激な魔素の低下――環境の変化に慣れるために滞在する渡界者たちが多かった。

 〝瞬光の槍〟が〝第一の森(シラースム)〟にいたのは、さらに念を入れて調整をしていたのだろう。〝第一の森(シラースム)〟は『クリオガ』の〝森〟の中で、最も空気中の魔素含有量が多いからだ。

 ウィツィロは目を開き、サリティアに視線を向けた。


「………君のところにも依頼があったんだろう?」

「ええ、二チームだけね。私たちは〝首都〟で待機よ」

「妥当な配置だな……」


 彼女がいれば、もし〝魔素の淀み〟の発生(緊急事態)が起こっても安心だ。


「そっちは〝第一の森(ココ)〟のようね?」

「ああ。ココも手薄には出来ないからだろう……」


 サリティリアに頷き、ウィツィロは市長に視線を向けた。


「他にも〝第一の森(こちら)〟に残るチームを知っておきたいんだが?」

「ああ、分かっている。他の〝森〟に分散させたチームの一覧も合わせて用意してある」


 後で渡そう、という市長にウィツィロとサリティリアは頷いた。


「ひとまず、テスカトリ教導院の〝勇者〟については以上だ。また、情報が来次第連絡する」


『クリオガ』の二人は、仕事の関係で召喚成功と第一報が同時期でした。


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