第13話ー② 恥ずかしがって膝を抱えて丸々妻も可愛い。
掘り起こすのは、1年と数ヶ月前。
領地についての報告のため、王都を訪れていた時だ。
『どこ……ここ』
父上と一緒に居たのだが、見事にはぐれてしまっていた。
人の多さに気圧され、道の端っこで膝を抱える。どうしたものか迷っていると、近くから幼い少女の泣き声が聞こえてきた。
『お゛か゛あ゛さ゛ま゛と゛こ゛ぉ゛ぉ゛……!?』
つい最近見た光景と重なる少女の姿。迷子になっていたフリージア様だった。
周囲が遠巻きに見ているのも変わらない。
唯一異なるのは、彼女の近くで膝を折り、赤い鎧を纏った騎士が傍に居たことだ。
『フリージア様、泣かないでください』
『うわぁあああああん!?』
『……泣き止んでください』
『ぐずっ、おかあさまぁああああっ!?』
泣き止まぬフリージア様に、表情は伺えないながらもどこか困った様子の騎士様。
なんとなく、助けを求めているような気がして、僕は声をかけることにした。
『あの……大丈夫ですか?』
赤い兜が僕を見上げる。暗い影の向こうで、紫色のなにかが瞬いた気がした。
薔薇の騎士様は、僕と泣く少女を交互に見やり、あたふたとしだす。そして、なぜか頭を下げてきた。
『申し訳ありません。今、この子の母親を探しておりまして、困り事であれば他の騎士か、少しお時間をいただけますか?』
顔を見れないのに、ひどく申し訳なさそうな気配が伝わってくる。
『へ……?』
『え……?』
思いもよらぬ勘違いに、疑問の声が漏れる。そんな僕の反応に、薔薇の騎士様からも困惑の声が発した。
『えぇっと、困ってるというわけではなく……いや困ってはいるんですけど』
絶賛迷子中だから。
『そうではなく、騎士様が困っている様子だったので、声をかけたんですけど……ご迷惑でした?』
余計なお世話だったかなぁ、と頭の後ろをかく。
僕の問いかけに、薔薇の騎士様が固まって身動きを取らなくなる。声も出さず、全身鎧の姿も相まってまるで彫像のようだ。
どうしたんだろう。無言の時間に小さな苦痛を感じていると、鎧の中で小さな声が響いた。
『助けて、……いただけるのですか?』
『そのつもりですけど……』
それ以外の受け取り方ができる言葉だったろうか。いや、本当に助けになるかはわからんけども。迷子だし。
そして、再び訪れる沈黙。なにを悩んでいるのだろうか。妙な緊張感に、無意識に胃の辺りを撫でる。
『では、お願い、……します』
こくり、とぎこちなく兜が縦に揺れた。
ほっと息が溢れる。素気なく断られたら悲しい、気恥ずかしい。
了承を得て、泣きべそをかく少女の前に跪く。
涙で濡れる銀の瞳と目を合わせながら、笑顔で話しかける。
『お母様、一緒に探しましょう? 直ぐに会えますよ』
ぐすん、と鼻をすする少女は、声を沈め、大粒の涙をボロボロと零す。
『おにいさんも、まいご?』
『……貴女と一緒ですね』
グサリ、と無邪気な言葉が心に刺さる。
『まいごのおにいさん、おかあさまさがしてくれるんですか?』
『まい……っ。は、はい。騎士様と一緒に探してあげますから、安心してください』
傷付きながらも、遠慮気味に伸ばされた小さな手を掴む。
そして、少女は反対の手を薔薇の騎士様にも伸ばした。手をじっと見つめ、どうすればいいのか迷うように、僕を見上げてくる。
そのぎこちない反応に僕は苦笑する。
『行きましょう』
『は、はい……』
伸ばされた手を恐る恐る掴み、緩く握る。
迷子の少女を挟みながら僕と薔薇の騎士様は、彼女の母親を探すべく並んで歩き出した。
□□
『今度はフリージアも一緒に、お話しをさせてくださいね』
一頻り、過去話に花を咲かせたダリア様は、見送る間もない素早さで、満足そうな笑顔のまま王都に帰っていった。
貴族の夫人らしい上品な見た目に似合わず、アグレッシブな人だ。
さて。
隣を見れば、薔薇の騎士様ことヴィオラ様が耳まで赤くして俯いていた。
膝に手をおき、ギュッと手を握り込んでいる。
まさか、彼女が薔薇の騎士様だったとは。
意外……とは思わず、むしろ胸にすとんと落ちる。
鎧で顔も見えなかったけれど、声は女性だったし、反応はヴィオラ様っぽかったと今更ながらに思う。
反応を見る限り、ヴィオラ様は僕と会っていたのを知った様子。であれば、気になることがある。
「なんで、教えてくれなかったんですか?」
びくんっ、と怯えるように身体が跳ねた。
しばらく無言の時間が流れる。薔薇の騎士様の時も流れた沈黙。かつてはその時間を苦痛に感じたが、今は彼女の返答を待つのにも慣れてきた。
「その……」
ごにょっと濁すように声を出す。
「……は、恥ずかしかったので」
「……?」
恥ずかしかったって……
「なにがでしょうか?」
そんな要素あっただろうか?
首を傾げていると、言い訳のようにボソボソと喋り出す。
「私は騎士なのに、迷子の少女一人満足に泣き止ませることもできず、
ダリア様に送り届けるまで旦那様に頼りきりだったのが、あまりにも情けなく……!」
「そんなことはないと思いますが……」
まぁ、言わんとすることは理解できる。
実際、言われたところで『そうだったんですねぇ』ぐらいの感想しか出てこないだろうし。責める理由も特にない。……ないのだけれど。唇がもにょる。
ない、と思っていた小さな接点。
わからなかったことが1つ判明して、もう1つ残る疑問を訊いてみたくなる。ただ、これ自信過剰みたいで恥ずかしいんだけど……。
とはいえ、ヴィオラ様を好きになりたいって決意は本物で、タイミングとしては丁度良い。
ダリア様に感謝しつつ、喉を鳴らしてヴィオラ様に問いかける。
「……僕に惚れた理由も、この辺りだったりします?」
反応は劇的だった。
下を向いていた顔が勢いよく起き上がり、見開かれた紫色の瞳が僕を貫く。
頬を火照らせ、あぅあぅと小さく唇が開いたり閉じたり。
やば……訊くタイミング間違えたか。
激しすぎる反応に冷や汗をかいていると、しおしおと萎れるように小さくなっていく。
余程恥ずかしいのか、行儀悪くも膝を抱え、顔を隠してしまう。
こりゃ、この後は会話もできないかもな、と諦めていると、くぐもった声が届いた。
「……助けて、くれたから」
コテン、と丸まったまま、逃げるように倒れてしまう。
やたらめったら可愛いなぁ、もう。
それにしても、助けてくれたからって、迷子のこと……だよね?
確かに声をかけこそしたが、助けになったかと言えば微妙なところ。フリージア様を一緒に送り届けたぐらいで、特別なことはなにもしていない。最後なんて、道案内までしてもらっちゃったし。惚れる要素皆無だ。
「……本当に? それだけ?」
「……っ」
先程の返答で勇気は出し切ったのか、もはや返答はない。アルマジロのように丸くなって、顔を見せることはなかった。
背もたれにもたれかかると、ギィッと軋む音がする。そのままの勢いで天井を見上げる。
そんな小さな出来事で、人は人に恋をするのだろうか?
もちろん、答えなんて書いてあるはずもなく、真っ白な天井があるだけ。
吐息を零すように、言葉を吐き出す。
「わっかんないなぁ……」
恋って難しい。






