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64 馬車の旅

「馬車の旅は疲れるにゃ」


「そうですね。揺れるし、座りっぱなしだし、あと退屈ですよね」


 宵の月亭のおかみさんに相談したところ、塩の味が良く量もかなりもらえたからと、すんなり部屋のキャンセルを了承してくれた。


 ということで、アダマンタイトを採取するべくミストマウンテンへと向かうことになったのだ。


「ニールも退屈にゃ?」


「あっ、いえ。僕は見たことのない景色を眺めるのが楽しくて、意外と馬車の旅は嫌いじゃないです」


 僕の隣に座っている猫さんは、もちろんキャットアイさんだ。


 なんでも亡くなった友人の娘さんが住んでいて、年に一度はミストマウンテンへ行ってお墓に花をたむけるそうだ。今回はこのタイミングで行くことにしたらしい。


 意外にも律儀な猫さんだ。


 それで、何故一緒に行動しているかというと、ミストマウンテンには普通の宿屋がないからだ。


 鉱山は観光地ではないので、基本的にそこに住んで働く人か、鉱山送りにされた者が生活する収容所みたいなものしかないらしい。


 しばらくの間ミストマウンテンで生活をする上で拠点をどうするかと悩んでいたところ、キャットアイさんに声をかけられたのだ。


 昔の仲間の娘さんがミストマウンテンで暮らしているから、そこを拠点にするといいのではと。しかも採掘に関してもアドバイスがもらえるのではとのことだった。


 キャットアイさんの話はまさに渡りに船で、拠点が確保できるのならお願いしようと、トントン拍子に話が進んでしまった。


「でも、急に押しかけて大丈夫なんですかね」


「問題ないにゃ。部屋数もそこそこあるにゃ」


「ねぇ、鉱山の町で部屋がたくさんある家なんてあるの?」


 アルベロが不思議に思うのもおかしなことではない。鉱山は暗く狭く、粉塵の影響もあれば、崩落などの危険と隣り合わせの仕事。身を削りミスリルなどの高価な鉱石を掘り当てる。


 どの鉱夫も大きなミスリル鉱石を掘り当てて一発逆転を狙っていると思われる。


 そんな状況なのだから、住む場所にお金をかけることなど考えられないのだ。なんとなくだけど、掘り当てるまでは慎ましやかに堪え忍ぶイメージしかない。


「旦那はミストマウンテンで罪人を働かせてる商会の会長にゃ」


「えっ、あのカルメロ商会なの」


「アルベロはその商会を知ってるの?」


「最大級のミスリル鉱石を掘り当てた伝説の鉱夫よ」


 キャットアイさんの知り合いの旦那さんは伝説の鉱夫らしい。


「つまり伝説の鉱夫にアドバイスをもらえるんですか」


「もっと褒めてくれてもいいにゃ」


 これは運がいいというしかない。最近はどこか幸運に恵まれていることも多いけど、それと同じぐらい危険な目にも合っているので一応は注意したい。場所が鉱山だけに。


 やはり鉱山ともなると危険はつきものだろうし、カルメロさんにもそのあたりはしっかり教わってから採掘したい。


 というか、素人が簡単に採掘とかできるのだろうか。希望を言えばカルメロ商会でアダマンタイトの在庫があることを切に願いたい。


 馬車はラウラの森の横を過ぎるようにして山岳地帯へと進んでいく。ここからはゆるやかに登っていく坂道が続いていく。馬にも負担がかかるため、適度に休憩しながら進むことになる。


「そういえば、キャットアイはゴブリンの進化個体について調べていたのよね? 何かわかったの」


「何もわからなかったにゃ。周辺に同様の個体はいなかったし、偶然と思うしかなかったにゃ」


「そうなのね」


 あのゴブリンの進化個体がゴブリンファイターだとしたら、そのランクはC+になるとのこと。


 王都周辺でそのランクが暴れまわっていたらとんでもない被害が出ていたに違いない。巣もあったことから考えても、気づくのが遅れていたら更に危険度が増したことだろう。


 ラウラの森は王都の近くにあるし、ロージー先輩たちのような小さな子供たちが薬草採取を行う場所でもある。そういう場所だけに、調査が無事に終了したことに関しては少しほっとしている。


「そろそろ次の休憩地点みたいだね」


 坂道を引っ張ってきたお馬さんたちに水と食事を与えなければならない。僕たちも少し遅めのランチにしようと思う。


「おかみさん、何を包んでくれたのかなー」


 ルイーズが宵の月亭のおかみさんが作ってくれたお弁当を開けると、パンに野菜と香ばしく焼いた薄切り肉のサンドが出てきた。


 彩りも美しく、パンも焼いてあるようで食感も楽しめそうだ。


「キャットアイさんは……干物ですか」


「最近のお昼はいつもこれにゃ。日持ちがするし、火で炙るといい匂いがするにゃ」


 それはそれで美味しそうではあるけど、やはりみずみずしい野菜と香ばしいお肉のサンドには負ける。


「僕のサンドと半分交換しませんか?」


「いいのにゃ?」


「はい、ぜひ。というか、さっきからルリカラが食べたそうにしてまして……」


「なるほどにゃ。では、交換するにゃ」


 アルベロはキャットアイさんに慣れてきた気がするけど、ルリカラは未だに慣れないようで警戒感をあらわにしている。やはり人型といっても外見が猫さんだけに警戒してしまうのだろうか。


 しかしながら、キャットアイさんが食べていた干物は気にすることもなく美味しそうにパクついている。警戒してるんじゃなかったのか? ルリカラよ。

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