後日談「執事喫茶は文化の極みだから」(中編)
「あー……これで満足か?」
執事服に着替えたにゃる君は、居心地悪そうに頭をさすった。
折角買ったものを無駄にするのはもったいないからと、ぶつぶつ言いながらも執事服を着てあげるにゃる君は、ホント彼女想いのいい彼氏だ。
ちなみに僕も付き合いで着ることになった。
……ありすにあんな期待するような目で見られたら、着ないわけにはいかない。
「おおお……!」
女子たちは食い入るように僕たちを眺めると、おもむろにスマホを取り出してパシャパシャとカメラを回し始めた。
ホント、女の子は写真撮影が好きだなあ。
ありすとささささんはともかく、くらげちゃんまで一緒になって興奮しながら僕の写真を撮ってるのはどういう心境なんだろうか。
「いいじゃんいいじゃん! このいかにも服に着られてる感! 育ちの悪いそこらへんの一般市民を拾い上げてとりあえず執事服着せてみました、って感じが出てる!」
「お前ふざけんなよ!?」
「おっ、いいねその演技! いかにも執事見習いって感じ! セバスチャンが飛んできて叱られる1秒前って雰囲気出てるよー!」
「演技じゃございませんけどぉ!?」
うーん、ちょっとは髪に櫛でも通しとくべきだったかな?
本当にいい加減な着方なんだよね、Tシャツの上から衣装を着てるだけだし。にゃる君がこんなの適当でいいんだよって言うから、まあいいかってそれに倣ったわけだけども。
実際この衣装って間近で見ると縫製がすっごく適当で、さすが3000円だと思えるクオリティなんだよね。
「ありす、どう?」
せめてものカッコつけとして、白手袋をはめた右手を左胸にあてながら訊いてみると、ありすはなんだか呆けたように僕をじっと見ていた。
……反応がないな。僕の着方、どっかおかしかったりする?
「ありす?」
「ふえっ!?」
夢から覚めたようにびくんと肩を震わせたありすは、なんだか真っ赤になりながら頷いた。
「わ、悪くないと思う!」
「そうか」
くらげちゃんはスマホをパシャる手を止めて、ニヤニヤとありすを見ている。
「ふふ。すっごく似合ってるよって言いたいんだよ。ねー、ありすちゃん?」
「うぅーーーー……」
顔を真っ赤に染めたありすは、下を向いて俯いてしまう。
その反応がなんだか去年のクリスマス以前のありすみたいで、なんだか微笑ましい。
反射的に頭を撫でようとすると、ありすは腕を組んでツンとそっぽを向いてしまった。
「し、執事のくせに生意気よ! 身の程をわきまえなさい!」
「むっ」
確かにそれはそうだ。主人の頭を撫でる執事なんているわけがない。
少なくとも僕が読んだことがある少女漫画では……いや、結構いたような気がするぞ?
まあでもあれは2人きりになったときとか、主人が寝入ってるときにこっそりとか、そういうシチュエーションだけだったし、人目があるところでイチャイチャするのは確かに執事っぽくはない。
しかし執事っぽい振る舞いってどうすればいいんだろう?
そんな疑問が頭に浮かんだ矢先に、ささささんはうんうんと頷いた。
「確かにその通り。せっかく執事服を着たんだし、少しは執事っぽくしてみてほしいな。ちょっとお2人さん、執事喫茶で働いてるつもりでボクたちをエスコートしてみてよ」
「あー? なんだお前、こんな格好させた上に奉仕までしろってのか」
「いーじゃん、ちょっとは可愛い彼女を喜ばせてみてよ」
「……ま、たまにはこういう遊びもいいか」
仕方ねーなとにゃる君が頷いたのを笑顔で見やったささささんは、ソファにどかっともたれかかって足を組んだ。
「おら、もてなせ」
「態度悪ッ!? それが人にものを頼む態度かオメーはよぉ!」
「あーん? 主人が下僕に命令してるんだから同じ目線で頼むわけないだろー? これが階級社会、お前は下、ボクが上なんだよ!」
「確かにそれはそうだが、納得したくねえ!」
「なんだ下僕ぅ。執事のくせにそれが主人に対する態度かぁ? 給料減らすぞぉ?」
「一銭ももらってねえわ! 無償奉仕にケチつけられてるわ! お前こそそれが執事に奉仕されるような令嬢の振る舞いかよ」
「じゃあボク、悪役令嬢になる!」
「ご希望は婚約破棄コースか? ギロチンも行っとくか?」
するとささささんはクククと不敵な笑いを浮かべた。
改心したはずなのに、たまにこういうムーブするとやたら似合うなあ。
「……にゃる、これはゲームだよゲーム。キミたちがいかに完璧にボクたちに奉仕できるかってゲームさ」
「ふーん、ゲームねえ。ってことは俺たちが勝ったら何かいいことがあるんだろうな?」
「もちろん期待してくれていいとも。なんならボクとありすちゃんがメイドになってあげてもいいよ?」
「え、私も!?」
突然飛び火してきたありすが目を白黒させるのをよそに、おおっとにゃる君が顔を輝かせる。
「そいつはいいな! よし、乗ってやろうじゃねえか!」
「……念のために訊くけど、それはボクがメイド服着るから喜んでるんだよね?」
「念のために訊き返すが、その答えを聞きたいのか?」
「聞きたくないけど答え言ってるようなもんじゃん!」
ささささんは何やらむきーとなってから、再びソファにぽふっとダイブした。
ヤケになったように腕を組んで、ツンッと言い放つ。
「喉渇いた! 下僕、お茶!」
「はいよ」
「敬語!」
「かしこまりましたお嬢様。紅茶でよろしゅうございますか?」
にっこりとほほ笑んだにゃる君は、テーブルの上に置かれた2Lのペットボトルから紅茶(ストレート・微糖)をコップにだぼだぼ注ぐと、ささささんの前に置いた。
「どうぞ、午後ティーでございます」
「クオリティ低っくいなあ!? 逆にびっくりしたよ!?」
「お嬢様、これが当家の精一杯でございます。ご当主様が事業に失敗なさって夜逃げされ、他家のご厄介になっている身ではスーパーで買って参りました午後ティーが分相応かと」
「ボク、没落令嬢だったの!?」
「ご安心くださいませお嬢様。私めは貴女様がどれだけ落ちぶれようと、決しておそばを離れません」
「にゃる……!」
「仮に給料が払われなかろうが、性格が悪かろうが、ちんちくりんだろうが、ぺちゃぱいだろうが、誠心誠意ご奉仕する所存でございます」
「慇懃無礼って言葉知ってるかぁ!?」
ささささんがぽすぽすと胸板にパンチするのを、にゃる君はニカッと笑顔を浮かべて受け止めている。
「お嬢様、ご覧ください。私の鍛え上げたボディはお嬢様ごときの貧弱パンチではびくともいたしません。これで他家の差し向けた刺客に襲われても安心ですよ」
「くっそ、暑苦しい笑顔浮かべやがって! 執事はそんな筋肉自慢したりしない! そういうのはボディガードの仕事だろぉ!? 解釈違いやめろ!」
「……ホント仲いいなぁ、先輩たち」
くらげちゃんがしみじみと言うのに、僕は頷かざるを得ない。
にゃる君はやっぱりすごいよなあ。
あれが執事として適切な言動なのかどうかはともかくとして、よくもあれだけぽんぽんと即興で言葉が出てくるものだ。やっぱり彼は頭がいいんだなあと思う。
僕なんかには到底真似できる気がしない。
が、今の僕はありすの執事。
僕だってありすのために何か奉仕して喜ばせてあげなくては。
「ありす……じゃなくてお嬢様。何かぼ、私に、してほしいこととか、ございますか」
ガチガチに緊張した僕の喉から、つっかえつっかえ言葉が絞り出された。
ううっ……!? なんて無様な!
こんなの全然執事っぽくないぞ。
僕の考える執事像はもっと何事にもエレガントで、どんなこともスマートにこなせる万能キャラなのに。これじゃまるで人のマネしてるロボットだ。僕も少しは成長してると思ったのに……。
恥じ入る僕を見上げたありすは、ええと……と細い顎に指を置く。
そして、ちょっと困ったように笑った。
「特に何もないわよ」
「そ、そうでございますか……」
「うん……」
それは僕みたいなポンコツに割り振る仕事なんて何もないってこと?
くっ、自分でも妥当な評価だと思うよ……!
すると僕たちのやりとりを見ていたくらげちゃんは、クスッと笑顔を浮かべる。
「お兄ちゃんがそばにいてくれるだけで嬉しいから、これ以上何も望まないってことでしょ?」
「う、うん。そう……」
ありすは照れ臭そうにはにかんで、両手の人差し指をもじもじさせた。
くうっ……!! 可愛い……!! そしてなんて光栄なんだろう。
僕なんかを好きでいてくれて、一緒にいてくれるだけで幸せだなんて。こちらこそ本当にありがとうだし、ありすといられて幸せだって何百回だって言い続けたい。
しかしだからこそ、僕は自分が情けない。
今の僕はありすの執事なのだ。どこの世界に主人のそばに立っているだけの執事がいるものか。
主人を喜ばせてこその執事。それが僕の考える理想の執事像だ。
「の、喉とか渇いてませんか?」
「ううん、渇いてないよ」
「お腹が空いていたりは?」
「おやつはちょっと食べたいけど……」
「!! 任せて。今すぐ買ってくるから。何が食べたい? ケーキ? クッキー? チョコ?」
「え、わざわざ買い物に行かなくても大丈夫だよ? 買い置きで何かあればそれで充分だもの」
「あ、うん……」
「あ、そうだ。昨日買ったシュークリームってまだ冷蔵庫に入ってる? まだあるならあれみんなで食べよっか」
「わーい食べるー!」
くらげちゃんがありすの提案にばんざーいと両手を挙げた。
昨日ありすとくらげちゃんの3人で街に遊びに行ったときに喫茶店で買ったやつか。
おいしかったから両親へのお土産として5つ買ったのだが。
「くらげちゃんは自分の分、昨日晩御飯の後に食べただろ?」
「そうだったっけー? 覚えてなーい」
くらげちゃんはわざとらしくぴゅーぴゅー口笛を吹いて虚空を見上げている。
本当に甘えん坊だなあ。
まあ、僕の分をあげて執事としての評価がもらえるならそれでもいいか……。
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「……ない」
冷蔵庫のシュークリームはきれいさっぱりなくなっていた。
どうやら知らないうちに両親がおいしく食べてしまったらしい。
一家そろって甘党なんだよね。
仕方ない、戸棚から別のお菓子でも探して持っていくかな……。
「……いや、ダメだろそれじゃ」
流れるように妥協しかけて、思わず口に出す。
しっかりしろよ。これがお前の考える理想の執事像か?
主人が提案したものが見つけられず、見つかりませんでしたとおめおめと適当なものを持って帰ってくるような程度の低い醜態を晒して、胸を張って執事と名乗れるか?
っていうかそもそもいつの間にか敬語も忘れてるし。
これじゃだめだ、全然だめだ。
僕の中のセバスチャン(執事長・65歳)があまりの情けなさに泣いている。
だけど……だからといって、僕に執事が務まるとは到底思えない。
頭の中にはちゃんと僕なりの理想の執事像はあるのだ。
だけど、それを演じることができない。
にゃる君みたいに口から出まかせでもぽんぽん演技ができるわけでもなく、他人に敬語を使うのだってすごく苦手だ。
そもそも性格からいってさっぱり向いてないのだろう。
そんな僕が執事としてどうにかありすを喜ばせてあげるには……?
僕はちらっとズボンのポケットを見やる。
「……久々に、使うか?」
ここしばらくまるで使っていなかった催眠アプリ。
こいつを使って『自分は生まれながらの執事だ』と思い込ませる。
自己暗示の強さなら折り紙つきの僕だ、これならきっと理想の執事像を演じられるはず。
「問題は副作用だが……」
以前、僕は自分に催眠をかけた際にもうひとつの人格を生み出してしまった。
うっかり生み出した人格に主人格を乗っ取られそうになるという危機に遭って以来、僕は自分に催眠をかけるのは禁じ手としている。
しかし、ああなった理由は分析済みだ。
あのときは催眠後に記憶を統合していなかったために、異なる記憶を持つ自分が発生してしまって、それが人格へと成長してしまったのだ。
プログラムで例えるなら、独自の変数を設定しておいたのに、要が済んだあとにそれを初期化しておかなかったせいでエラーを吐いたような、そんな初歩的なミス。
どうすれば対処できるのはもう自分の身をもって知っている。
あらかじめ制限時間を設定しておいて、催眠が解けたあとに記憶を即座に僕に統合してしまえばいいのだ。
そうすれば催眠中の人格はすぐ僕に吸収されて、副作用も起こらないはず。完璧だ。
とりあえず時間は2時間くらいでいいだろう。
よし……! これで僕は、理想の執事になってありすを喜ばせられるぞ。
僕は意気揚々とスマホを掲げ、久しぶりにアプリを起動した。
「催眠!」
次回で終わるかなあ。




