第54話「2人だけのクリスマスキャロル」
(さて、午後はどうしようかな)
ありすのお弁当を食べてお腹も膨れた。
もうこのまま昼寝してしまいたいくらい幸せな気分だが、一緒に遊ぶ約束で来ているのでのんびりお昼寝というわけにはいかないだろう。
午後からの予定は何も決まっていない。
ミスターMによると、デートというのは女の子をどこに連れて行くのかでセンスを問われるものらしい。世の女性は自分をどう楽しませてくれるのかを見定めているのだそうだ。だから下手なところに連れて行くと途端にダサイ男だと思われてしまうのだという。
なんて恐ろしい。まるで抜き打ちテストだ。
でもそれを聞いたEGOさんは
「そんな真似するのは自分が男より格上だと思ってる性格の悪い女だけですよ。仮にやるとしても付き合い始めだけでしょう。ひぷのん君と彼女なら今更どこに行こうが同じです、好きにしなさい」
と笑い飛ばしていたので、多分どこに連れて行ってもいいはずだ。
なおミスターMはそれ以降何も言わなくなってしまった。何があったのだろう。
しかし遊ぶといってもどこに連れて行ったものやら。
僕はインドア派だから、遊ぶといったらもっぱら自宅でゲームだけど多分今日は普段やらないことをするのがいいんじゃないだろうか。
そう思いながらありすの方を見ると、ばっちり視線があった。さっきから僕の顔をじーっと見ていたのだろうか。ニコッと嬉しそうに微笑まれて、僕の心臓がバクバクと激しく脈打った。
今日は普段よりも可愛いから、破壊力がすごい。自分好みの服を着てくれるってなんて凄まじいんだ。いや、それ以前に何か今日のありすはすごく上機嫌で、見ていてすごくソワソワする。本当のことを言えばもうずーっとありすだけ見ていたい。
「どこか行きたいところある?」
「あー……いや、特に」
あっ、何を言ってるんだ僕は……!
思わず「それよりありすをずっと見ていたい」と口走りそうになって慌てて言い直した結果、なんかすごくそっけない返事になってしまった。
まるでデートがつまらないと思ってるみたいじゃないか。感じ悪いぞ!
「あ、いや、違う。別につまらないわけじゃなくて、ありすと一緒ならどこでも楽しいから」
しどろもどろに下手な言い訳をしていると、ありすはくすっと笑った。
「ハカセにはどこで遊べばいいかなんてわかんないよね。いいのよ、これからはたまには外で遊びましょ」
「うん」
僕はほっと安堵の息を吐きながら、こくりと頷いた。
そういえば僕は街で遊んだことがほぼないので、どういったところが楽しいのかよくわからないのだった。
にゃる君とささささんはゲームセンターでよく遊んでるようなので多分楽しいのだろうが、それを真似して僕たちが楽しいのかはよくわからない。
それならありすが楽しいところに連れていってもらうのが一番いいだろう。
「じゃあ、行こっか」
ありすが差し出してくる手を握り返し、僕は尋ねた。
「どこ行くの?」
「カラオケ」
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「~♪」
ありすの熱唱を聴き終わった僕は、パチパチと拍手を送った。
これはすごい。
お世辞じゃなく、素晴らしい歌声だった。
例によって歌の良し悪しはさっぱりわからないし流行歌のチェックもまるでしていない僕だが、ありすの歌はすごい。
何というか、心をがっしりと掴んでくるものがある。脳が揺れる感覚というか、思わず歌の世界に引きずり込まれるものがあるのだ。
「お粗末さまでした」
「いや、全然粗末じゃないよ。一人歳末コンサートくらいの迫力があった」
「それは言いすぎでしょー」
そう言いながら、ありすはまんざらでもないようにニコニコと笑いながらジンジャーエールで喉を潤した。
それにしても、ありすはこんなに歌が上手かったのか。
一緒にカラオケに行ったことがないから全然知らなかった。にゃる君やささささんと4人で遊んだことは何度もあるが、カラオケは誘われるたびにやんわりと拒否していたはずだ。
「ありすはカラオケ嫌いなのかと思ってた」
「そんなことないわよ、ひとりでよく来てるし。歌うのは好きかな」
「そうなの? ささささんに誘われても断ってるからてっきり嫌いなのかと」
「あー……人前で歌うのは嫌いかな」
そう言ってありすは少し陰のある笑顔を浮かべる。
その表情を、僕はどこかで見たことがあった。
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『そうだ、今日ガッコ終わったらみんなでカラオケ行かない? ぱーっと遊びまくろうよ。久しぶりにありすの歌聞きたいな』
『あー、それいーじゃん。絶対たのしーよ。ね、ありす?』
『そうね……それもいいわね』
ありすは取り巻きたちの提案に曖昧な笑みを浮かべて頷いていた。
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そうだ。あれは忘れもしない、中1の土下座事件のすぐ後のこと。
クラスの女子たちにカラオケへ誘われたありすは、こんな微妙な顔をしていた。
あのときは乗り気じゃないのかな程度に思っていたが、ありすの持つ『声の力』のことを考えれば話は変わってくる。
先ほどありすの歌を聴いて脳が揺らされるような魅力があると感じたが、実際にありすの声に含まれる催眠音波で脳が侵食されているとしたら?
伝承に伝わるセイレーンではないが、ありすの歌声には聴く者を魅了する力があって、それを幼い頃から自覚していたとしたら?
もしかすると、ありすは取り巻きたちを『掌握』するために初手で彼女たちをカラオケに連れて行って、たっぷりと歌声を聴かせたのではないだろうか。
だけど成長して今度は取り巻きたちが邪魔になって……あるいは声の力で他人を支配することに罪悪感を感じるようになって、それでもうカラオケに一緒に行くのはやめたのではないか。
多分どちらもだろうな、と思う。
にゃる君やささささんみたいなちゃんとした友達がいれば、無理やりに支配した仮初の友達なんて虚しいだけだろう。
でもそれなら僕をカラオケに連れてきたのは……僕がどうでもいい存在だから、ということは流石にないだろう。いくら僕でもそれくらいはわかる。
ということは、ありすは僕が『声の力』への耐性を持っていることに気付いているということだ。
……でも、それはいつからだ? ありすはどの時点で、僕が耐性を持っていることに気付いていたのだろう。
いや、それを言うなら僕はどの時点で耐性を身につけたんだ?
僕が考え込んでいると、ありすは小声でごめんね、と呟いた。
「え、何が?」
「私が変なこと言ったから、気を遣わせちゃったかな」
……ん? ああ、そうか! 人前で歌うのは嫌だって言ったから場の空気が悪くなったのかと思われてしまったのか。
これはいかん。今日はありすに屈託なく楽しんでほしいんだ。
こういうとき何とフォローすれば……。
ただでさえ思考に水を差されて慌てているところに混乱を重ね、結局僕がどうにか口にしたのは思ったままのことだった。
「いや、嬉しいよ。ありすにカラオケに連れてきてもらってよかった」
「嬉しい……? どうして?」
「だって僕は『特別』なんだろ。ありすの歌声は僕が独り占めできる。こんなに嬉しいことは他にないよ」
どうせならもっと気取ったことを言えればよかったのに、僕ってやつはどうしてこんなに思ったままのことしか言えないんだ。
ありすはほのかに顔を赤らめ、下を向いてもじもじとマイクを握る手をいじっている。
「あ、そうなんだ……嬉しいんだ……」
「当たり前だろ」
こんなに素敵な歌声を聴けるのが自分だけって時点でこそばゆい気持ちなのに、それがありすの歌声だなんて最高に決まってる。いっそ誇らしいとさえ思う。
頬が緩んでしまうのも当然のことだろう。
僕は自然に浮かんできた笑顔をありすに向けた。
「もっとありすの歌を聴かせてほしい。普段我慢してる歌声をいくらでも披露してほしい。僕はありすがどれだけ歌っても、ちゃんと聴いてて、全部受け止めるから」
「…………」
……はっ、キモいとか思われなかったかな。
ついニヤけた顔をそのまま向けてしまった。
ありすは目を丸くして僕の顔をじっと見た後、ますます顔を赤くして黙り込んでしまっている。うわあああ、やってしまった!
やらかした感のあまり心臓にズキズキと痛みを感じながら沈黙に耐えていると、ありすは上目遣いをしながらおずおずと口を開いた。
「じゃあ……お言葉に甘えて、今日はたくさん歌うね」
「うん。ぜひ聴かせてくれ」
ほっ……。よかった、スルーしてもらえたようだ。
「それと、私だけじゃなくてアンタも歌いなさい」
「え? 僕?」
予想外のことを言われて、きょとんと目を瞬かせる。
「僕は音痴だから聴いても楽しくないよ」
「知ってるわよ、音楽の成績くらい。下手でもいいの! 私がアンタの歌を聴きたいの!」
「と言われてもなあ……僕は歌とかあまり知らないよ」
まさか童謡を歌うわけにもいかないだろう。幼稚園じゃあるまいし。
そう言うと、ありすはにっこりと笑った。
「今日は何の日だと思ってるの? クリスマスイブでしょ。クリスマスキャロルのひとつでも歌いなさい」
「あー、まあそれなら幼稚園や小学校で歌ったことあるな……」
「でしょ? 私も一緒に歌ってあげるから!」
そして僕たちは、思いつく限りのクリスマスの曲を一緒に歌った。
ありすと一緒に歌うという経験はとても新鮮で、心が浮き立って。
僕はまたひとつ、ありすにこの世の楽しいことを教えてもらったのだ。
「こんなに楽しいクリスマスは、生まれて初めてかもしれないな」
そうぽつりと呟くと、ありすはクスリと笑いかけてきた。
「そう? じゃあ来年は記録更新するわね。これからも毎年を一番楽しいクリスマスにしてあげるんだから」
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