外伝「鬼ハヤリするクッキングチャンネルができるまで(前編)」
本日2話投稿!前後編の前編です。
※本編開始から2年前を舞台にした、ありすママのお話です。
今回本編にまったく関係ありません。完全にやりたかったからという理由だけで書きました。
「お願い、1回でいいから~。1回だけ手伝ってほしいの~」
「1回って言われてもなー……」
ママ友から両手を合わせて頭を下げられ、頼子はどうしたものかと額に手を当てた。
「ヨリーちゃんしか頼める人がいないの~。一生のお願いだから、ちゃんと謝礼も出るから~」
「うーん……でもあたし、ホント芸能人じゃないからロクにしゃべれないと思うし。そもそも……動画配信? 人が料理してるところなんて映して誰が見るの?」
「そこは大丈夫。世の中奇特な人が多くて、人がゲームしてるところ見るだけでも楽しいって人がいっぱいいるのよー。ヨリーちゃんはプロの料理人なんだし、サクッ! ジュッ! モグッ! って華麗に料理すればみんな釘付けよー。それに料理番組って人気あるじゃない?」
そんなもんかなぁ、と頼子は首を傾げずにはいられない。料理番組が人気っていっても、あれは芸能人が料理を食べる方ばっか映してるし。
ネットにあまり詳しくない頼子には、動画配信サービスと言われてもあまりピンとこなかった。
「お願い! 私の旦那の事業開始イベントなの、ここで勢いつけなきゃいけないの。お願いだからライブ配信で料理を作って!」
「ううーん……」
そもそも何故こんな依頼をされているのかといえば、ママ友の瑠々香の夫が動画配信タレントを集めたプロダクションを立ち上げたのである。
民間放送局の人気アナウンサーとしてお茶の間の顔だった彼は、先頃長年勤めた局を退職して独立を果たした。彼は局アナ時代、スポーツやゲームイベントの実況者としても人気を博していたが、今後は活躍の場を動画配信サービスに移すと宣言して、動画配信者を集めて会社を興した。
その事業開始記念イベントとして、自社の動画配信者総出演の12時間連続ライブを企画したのだが、料理チャンネルを担当する配信者が直前になって突然引退を宣言してしまった。そこで普段瑠々香と親しい頼子に、どうにか穴埋めとして料理をしてもらえないかという話が回って来たのだ。
正直頼子にはまったく理解の及ばない話だった。折角局アナとして人気があるのに、何故わざわざ退職して、しかも動画配信なんてよくわからないことを始めるのか? それで本当に食って行けるのだろうかと心配になってしまう。瑠々香は夫には先見の明があると信じているようだが……。
しかし瑠々香の一家にはいつも本当に世話になっている。せめてもの恩返しをするなら今しかないのではないか?
「……仕方ないわね、瑠々香の頼みだもの。でも本当に料理するだけよ? あたしそんな大したしゃべりとかできないからね?」
「やったー! ヨリーちゃん大好きー!!」
「こ、こらっ! 暑苦しいわね、抱き着かないでよっ!」
大喜びの瑠々香に抱き着かれながら、頼子は内心で溜息を吐いた。
これ、コック長に知られたら大目玉だろうなあ。ただでさえ先日熱を出した娘の看病で休んだことにちくちく嫌味を言われているというのに。代休取るのは労働者の権利だろ、あのクソハゲめ。
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「3、2、1……はい、スタート」
「は、初めましてっ! 急遽代理で料理をすることになったヨリーですっ!」
自宅のキッチンに立ったエプロン姿の頼子は、ガッチガチに緊張しながらカメラに向かって頭を下げた。なにしろこれまでの人生でカメラに向かってしゃべった経験なんて皆無なのだ。
カメラマンを担当する瑠々香は、めちゃめちゃ緊張してるわねーと苦笑を漏らす。まあ1回限りの代打なのだし、完全に素人の頼子には多くは期待していない。トークはまず無理だろうと思っている。
しかし動画配信は出演者が素人臭くても許される土壌があるので、それはそれでいい味になってくれるだろう。とにかく本命は頼子の料理の腕であって、瑠々香はそこには大きな信頼を置いていた。
(料理については一度通してリハーサルもしてるし、台本通りに進めながら視聴者と軽く雑談してもらえばいいわねー)
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「初見です!」
「ヨリーちゃんかわいー。若妻感あるね」
「何歳ですか! どこ住みですか!」
「ガチガチに緊張してるけど大丈夫か? 手を切るなよ」
「ヨリーさん! ご本人を私にください!」
「何を作ってくれるんですか?」
「オープニングイベントだしケーキとかかな?」
「おいおい、こんな素人丸出しなのを連れてくんじゃねえよ」
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「ええと、それでは早速料理をしていきたいと思います。今日はあたしの得意料理の……寿司フライを作りますね!」
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「!?!?!?!?!?」
「寿司フライ is 何」
「ゲテモノキターーーーーーーー!!!!!」
「開設早々日本食の文化を破壊する女」
「和食の破壊者めぇ!!!」
「いや、待て。今ググったら富山で売ってる店があるらしいぞ」
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(掴みはバッチリね~!)
瑠々香は手ごたえを感じてニヤリと笑みを浮かべた。
頼子に頼んだ理由のひとつが、彼女の得意料理の寿司フライだ。動画配信界隈においては物珍しさは大きなセールスポイントになる。聞き慣れないこの料理は注目を集めるのにぴったりだと踏んだのだ。
「寿司フライって聞き慣れないと思うんですけど、これはます寿司を揚げた料理です。おっと、その前にます寿司ってご存じですかね? ほら、駅弁でよく売ってる、ますを使った押し寿司です。桝の中にマスを詰め込むからます寿司、これ今日は覚えて帰ってくださいね」
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「ほへー」
「ます寿司自体を初めて知ったわ」
「あー新幹線の駅で売ってるよな。あれおいしいわ」
「すっぱくて苦手」
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「それじゃまずはます寿司を握っていきましょう」
そう言って頼子はドンッと丸ごとのニジマス1尾を冷蔵庫から取り出し、まな板の上に乗せた。
「手始めにマスを捌くわよー!」
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「そこから作るの!?」
「ます寿司買って揚げるんじゃねえのかよwwww」
「えっ、ちょっと待って、捌くのすげー上手い」
「女流寿司職人の方ですか?」
「これ素人の手際じゃねーぞ」
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「はい、こんな感じでササッと3枚におろします。ちなみにこれは養殖のニジマスだから大丈夫だけど、サケ科のお魚って天然モノはアニサキスがいるのよ。生で食べると寄生虫にやられて中毒起こすから、養殖じゃないので作るときは一旦マイナス20度以下で24時間以上冷凍したのを使ってね」
頼子はてきぱきとマスを解体していく。普段和洋のさまざまな料理を手掛けている頼子にとって、こんなのは慣れたものだ。
まあ本来は切り身があれば丸ごと捌く必要などないのだが、瑠々香がとにかく絵面のインパクトがほしいというので捌くところからやってみた。到底消費しきれないので、後で瑠々香の家でも食卓に並ぶことになるが。しばらく晩御飯はマス尽くしであろう。
瑠々香がちらりと配信画面に目をやれば、視聴者たちは頼子の手際に驚いているようだ。出だしの素人臭さをナメていた感じがなくなっている。
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「あっという間に切り身になった」
「私たちが食べているお寿司はこうして作られています」
「華麗すぎる」
「はえーすっごい……」
「ヨリーちゃん美人! 料理上手! お嫁さんになって!」
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「は? あたし既婚で娘いるけど?」
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「うわあああああああああああ!!! 僕が先に好きだったのにいいいいい!! 脳が破壊されるううううう!!!」
「こんな思いをするくらいならヨリーちゃんが捌いてるニジマスに生まれたかった」
「↑↑どう考えても旦那さんの方が先に好きになってる定期」
「若妻感あるほうがいい」
「初配信から処女厨をぶっ刺していくスタイルwwwww」
「主婦なんですか? 料理上手ですね!」
「ヨリーさんのお隣さんになりたい」
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いきなりの爆弾発言を投げ込んでいくスタイルに大丈夫かとヒヤヒヤした瑠々香だが、別に視聴者数は減っていないようだ。先に料理の腕前を見せつけていたおかげだろう。
「何よあなたたち、あたしがそんなモテないように見えるわけ? 言っとくけど速攻で旦那捕まえたからねあたし。その決め手になった料理がこの寿司フライよ! 外国人の旦那にこれ食べさせたらこれが東洋の神秘!? って叫んでイチコロで惚れたわ!! 外国人の旦那がほしけりゃこれ作って食べさせなさい!!」
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「マジで!?」
「美人若妻かと思ったらエキセントリックすぎる」
「そんなもん食わせたら引かれると思うんですけど」
「外国人の彼氏の口に揚げた寿司を詰め込んで結婚を迫った女」
「すごい! 真似します!!」
「将軍様、まず外国人の彼氏と出会う方法を教えてください」
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「え、外国人の彼氏と出会う方法? そうねー、あれは私がフランスのレストランで修業をしていたときに……」
『ヨリーちゃん、トークはいいから料理進めて!』
話に夢中になって手を止めた頼子に、瑠々香は慌ててカンペを飛ばした。
「あ、料理? うん、じゃあしゃべりながら続けるわね。えーと次は酢飯を作ります。これはたっぷりと砂糖と酢を入れるのがポイントね。フライにするのが前提だから、通常よりも甘い味付けするといいわよ。はい、熱々の白飯に一気にお酢と砂糖を混ぜ入れて、団扇でぱたぱたぱたと。で、何の話だっけ? そうそう、フランスのレストランで働いてたらそこに旦那が来たわけよ。旦那はイギリス人なんだけどね? それで……」
(ヨリーちゃんのエンジンがかかってきたわー……)
後編に続きます。




