第34話「せっかくの夏休み、体を鍛えるなら今!」
あけましておめでとうございます。
季節感がないお話で恐縮ですが、今年もよろしくお願いします。
『せっかくの夏休み、体を鍛えるなら今!』
ありすがモデルとして出演している女性向け雑誌の表紙に、そんな見出しが躍っていた。
パラパラとページをめくってみると、エクササイズでモテカワスリムに! とか体のラインをシュッと整えて悩殺水着で彼のハートをゲット! とか、そんな感じの特集記事が組まれているようだ。
そして特集記事のモデルとして、タンクトップ姿のありすがストレッチで汗を流している姿が掲載されていた。パシャリと撮影して、速やかにPDFでコレクションフォルダへ保存。
くっ、ちょっとエッチじゃないか。
こんな姿をカメラの前に晒して、男たちがいやらしい目で見たらどうするんだ。いや、女性誌だからそうそう手に取らないか……。
ありすが出ていることだし、特集記事をパラパラと流し読みしてみる。
『亜里沙ちゃんにインタビュー!』
亜里沙とはありすの芸名である。
生意気にも芸能人気取りでインタビューに答えているのか。どれどれ。
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――亜里沙ちゃんは普段どれくらい運動していますか?
亜里沙「1日1時間くらいは体を動かしてます。甘いものを食べちゃった日は30分プラスかな」
――いつもどんな運動をしていますか?
亜里沙「軽いストレッチと腹筋、あとはジョギングです。私、犬を飼ってるんですけどすごく元気な子で、散歩のついでに走ってますよ。いい運動になります」
――いっぱい運動するんですね。辛くないですか?
亜里沙「全然辛くないですよ、体を動かすのは好きなので! 運動するのが大嫌いって子が友達にもいるんですけど、少しくらい運動した方が気分転換になって勉強とかも身が入るのになって思います」
――運動嫌いな子はどうすれば改善できると思いますか?
亜里沙「運動しなきゃって義務感があると辛いと思うんですよ。やっぱり楽しむことが第一かなって。それか、いっそ運動してるときは頭を空っぽにするとか」
――亜里沙ちゃんとしては、やっぱり恋人にするならスポーツマンがいいですか?
亜里沙「いえ、そんなことないですよ。筋肉ムキムキの暑苦しい人とかちょっと怖いし。スマートで頭がいい人の方が好きです」
――でもやっぱり女の子としては引き締まった腹筋とか細マッチョな腕とかもかっこいいかなって思うでしょう?
亜里沙「それは確かに、嫌いな女の子はいないと思います。いざというとき守ってくれそうな人って素敵ですよね」
――やっぱり亜里沙ちゃんも細マッチョな男が好きなんですね! 理想の彼氏をゲットするには、やっぱり運動は絶対必要。これを読んでいる貴女も、この夏はいっぱいシェイプアップして素敵な恋しちゃおう!
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…………。
僕はぷにょんと若干肉が付いたお腹をつまみ、単に細いだけの腕に力こぶを作ってみた。
「うん、わかってはいたけど全然だめだな……」
試すまでもなく生粋の運動不足である僕に筋肉などついているわけがない。遺伝的にやせ型なので手足は細いが、腹筋がないのでお腹は少したるんでいる。
僕は子供の頃から運動が大嫌いなのだ。そもそもが運動神経をお母さんのお腹に置き忘れて生まれてきたとしか思えないほどの運動音痴なのである。
今でこそマシにはなったが、幼稚園の頃などは何もないところでよく転んで膝をすりむいていたものだ。かけっこは万年ビリだし、ボール投げも苦手。
運動嫌いなのは、多分幼児の頃からの運動への苦手意識を引きずっているのだと思う。まあ、そもそも興味がないことにはまったくやる気が出ない性分のせいもあるだろうが。
しかし、そうか……ありすは細マッチョな男が好きなのか。
どうもこの記事は運動しろという結論ありきで話を誘導している感が出ているのだが、ありすが引き締まった腹筋や腕が好きと答えたのは事実だ。
「……運動してみようかな」
いや、僕は別にありすがどんな男が好みだろうが構わない。
構わないのだが、夏休みにちょっと筋肉がついてたりしたら驚かせることができるのではないかという、そんなちょっとした悪戯心だ。まったく他意はないぞ。
それに先日、罰ゲーム中に錯乱したありすにワンパンでKOされたのは、我ながらあまりにも情けなさすぎた。いくらなんでも女の子のパンチ一発で気絶するなんて、男として問題がありすぎる。これはどうにかしなくてはいけない。
それにありすもいざというとき守ってくれる人が素敵と言っているじゃないか。このままでは僕がありすに守られる側になってしまう。
これはいい機会だと考えよう。
これまで何度も運動不足をなんとかしなきゃと思いながら、結局めんどくさくなって逃げてきたのが僕だ。
今回こそはちゃんと運動して体を鍛えるのだ!
「時間に余裕がある夏休みこそ、運動して肉体改造するチャンスだ! さあ、やるぞ! 今すぐ外に飛び出し……」
そう口に出した僕は、そっと窓の外を見た。
7月のカンカン照りの空は青く晴れ、眩いばかりの日光がじりじりとアスファルトを照らしている。外に出るだけで熱気と湿気で体力を奪われそうだ。
「……飛び出したら熱射病で倒れそうだから、また後日にしよう」
はっ! いかんいかん、いつもそうだ。
また後日と言ったことが後日に遂行されたことなど一度もないじゃないか。
今思い立ったときに始めないといつやるというのだ!
「でも始めたとしても三日坊主で終わりそうだよな……」
はっ……! いかん、また無意識に妥協しようとしている。
とにかく始めるのが大事だ。
現状まったく運動してないわけだから、まずは軽い内容でいいから体を動かすんだ!
「となると腕立て伏せと腹筋、スクワットあたりか……? これなら室内でもできるから、暑くても関係ないな。でも、腕立て伏せとかすると体が痛くなってしんどいな……汗かいたらシャワーも浴びないといけないし、寝る前でいいか」
とりあえず暑いしアイスでも食べよう。
冷房がガンガンに効いた部屋で食べるアイスは最高だなもぐもぐ。
………………。
はっ! また自分に言い訳してサボってしまった!
「なんてことだ、運動から逃げる癖が性根に染みついてる……!」
僕はどうやら無意識に運動から逃げる思考をしてしまうようだ。
これはもう僕の意思ではどうしようもないことなのかもしれない。
そういえばありすは運動が苦手ならどうすればいいと言っていただろうか。
確か義務感で運動すると辛くなるから、楽しむことが第一と言ってたな。
まあそれは僕には絶対に無理だが。
その次が頭を空っぽにすることか……。
頭を空っぽに……空っぽ……。
そのとき、僕の脳に天啓とも呼べる考えが舞い降りた。
「あっ……そうか! 自分に催眠をかけて運動させればいいんだ!!」
より正確には、一定時間の間自分を催眠状態にして運動させるのだ。
催眠がかかっている間は何も考えてないに等しいから、運動することに苦痛も感じない。もし苦痛であったとしても、運動している間の記憶が残らないようにしてしまえば、苦痛を感じていないも同然というわけだ。
実のところ催眠アプリ試作第1号を作った時点で自分を被検体にすることは考えていたのだが、もしそれで自分の頭がおかしくなったらどうしようもないのでその案は封印していたのだ。
しかしこれまでの実験を通じて、どうやら催眠アプリを使っても特に健康上の問題はないことが確認されている。
これなら自分を被検体にしても大丈夫だろう。
「そうと決まれば、早速効率的なプランを考えよう!」
僕はウキウキと、自分にどんな運動をさせるかの案を練り始めた。
何しろ僕が疲れるわけじゃないんだから気楽なものだ。
感覚としては育成シミュレーションゲームに近い。操っているキャラに効率的に勉強や運動をさせてパラメータを上げるようなイメージである。
まず運動する時間は1時間でいいだろう。根拠はありすが毎日1時間運動していると言っていたからだ。
運動メニューは……これもありすにならってストレッチと筋トレ、それとジョギングでいこう。ストレッチせずに運動すると、関節を痛めることがあると体育の授業で聞いたことがある。
よし、ストレッチ10分、筋トレ20分、ジョギング30分のコースにしてみよう。
筋トレの内容は腕立て、腹筋、スクワットだ。
運動する時間帯は夜がよさそうに思う。
夜だと車が危ないといえば危ないが、多分日中に熱射病になる危険を考えればまだ涼しい夜の方がいいと思う。
夜8時から9時くらいがいいかな。
催眠の段取りとしては、自分に催眠アプリを使った後に音声プレーヤーを自動的に起動させるようにして、あらかじめ自分が吹き込んでいた音声で暗示をかける。これでバッチリだろう。
これまで結構な人数に催眠をかけてきたが、自分を被検体にするのは初めてだ。なんだかワクワクしてきたぞ。催眠にかかるってどんな感じなんだろうか。
僕は早速音声プレーヤーに暗示を吹き込み、高鳴る胸を抑えつつ、催眠アプリを自分に向けて起動させた。
「催眠!」
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