第33話「名前を賭けた闇のゲーム」
よいお年を。
「名前を賭けてゲームしない?」
「なんか悪魔みたいなこと言い出したな……」
くらげちゃんの夏休み勉強会ということで、ありすと僕はくらげちゃんの勉強をみていた。いや、まあ正確にはありすがくらげちゃんに教えていて、僕はその横でタブレットで読書しているという形である。
ありすは実際には教え下手ということもなく、くらげちゃんがわからないところが出てきたらあれこれとアドバイスして、すぐに解決している。多分ありすとくらげちゃんの知能が同水準で、意図が伝わりやすいのかもしれない。
それなら僕はいらないなと思って自室で研究しようと思ったのだが、くらげちゃんとありすからここにいなさいと引き留められた。2人で僕のシャツの裾をつまんで、じーっと上目遣いを送ってくるのだ。この目に勝てるわけもない。
さて、勉強会が始まってから3時間ほど経過した頃、くらげちゃんは息抜きに何かゲームしようと言い出した。それもただ遊ぶだけでなく、本気で遊ぶために何かを賭けようというのである。
「賭ける? 中学生がギャンブルはいただけないな」
僕が眉をひそめると、くらげちゃんはパタパタと手を振った。
「お金なんて賭けなくていいよぉ。ケンカの元になっちゃうし。なんか罰ゲームとかご褒美とか賭ける感じにしない?」
「ああ、新谷君や沙希がいつもやってるみたいな感じね。いいんじゃない、あれは私も面白そうだと思ってたの」
「なるほどなあ。確かにちょっと楽しそうだ」
にゃる君とささささんは相変わらずゲームで対戦しては妙な罰ゲームを課しあっている。先日は夏のアルバイトを何にするかという勝負をして、ささささんがにゃる君に着ぐるみのアクターをさせることになった。
なんかのゲームと僕たちの市がコラボフェアをすることになったそうで、にゃる君はゲームマスコットのタマゴリラ君とかいう、ゴリラとも卵ともつかない奇妙な生き物の中の人をやることになったのである。
僕たちもささささんと一緒に見に行ったのだが、子供たちに蹴られては「タマゴォォォォォ!!」と奇声を上げてすごい速度で追いかけ回していたのが印象的だった。本当にあれで販促になってたんだろうか。
ささささんはお腹を抱えて笑い転げていたので、あの2人の中では楽しい思い出になったのかもしれないが。
「でも着ぐるみは嫌だな、拷問だろあれは」
「さすがにあれはちょっとね……」
「そんな疲れるのはしないよぉ、勉強もしないとだし。じゃあねえ、名前を賭けてゲームしない?」
「なんか悪魔みたいなこと言い出したな……」
魔女の老婆に名前を取られた可哀想な女の子が風呂屋で働かされるアニメ映画を連想して、僕は妹の悪魔的発想に戦慄した。
「いやいや、そんな大層なものじゃなくてね。ゲームで勝ったら今日1日その人にあだ名をつけて、その名前で呼ぶことにするの」
くらげちゃんの説明に、ありすがぽんと手を打った。
「なるほど! じゃあハカセに『犬』って名前を付けて、『犬、喉が渇いたわ! ジュース持って来なさい!』とか言えるわけね!」
なんて恐ろしい奴だ、僕を飼い慣らそうとしてくる……!
やはりありすは女王気質なのだ。復讐心がまた掻き立てられてきたぞ。
「これは絶対に負けるわけにはいかないな……!」
「おっ、お兄ちゃんもやる気だね! じゃあやろやろ! 対戦アクションね!」
くらげちゃんが引っ張り出してきたのは、少し前に発売されて好評を博した対戦アクションゲームの最新作だ。
ローカルでは最大4人まで対戦でき、バトルロイヤルで相手を場外にはじき出すわちゃわちゃした操作感が人気である。
だが悪いな、このシリーズは小学生のときに結構やりこんでいた。最近ゲームしてないが、基本操作は最新作でも変わっていないはず。
ゲームマニアのくらげちゃんはともかく、ありすに負けるつもりはない。
「じゃあ僕はクロウ=ホーガンを選ぼうかな」
クロウ=ホーガンは僕の持ちキャラの宇宙サムライプロレスラーで、見るからにパワータイプに見せかけて実はテクニカルな戦いを得意とするキャラだ。
ジャンプ小攻撃と大攻撃でコンボを繋げて削り倒す飛びキャラなのだ。
「源義経じゃん……」
「? ありす、何を言ってるんだ。こいつはそんな名前じゃないよ、クロウ=ホーガンだよ」
「思い切り九郎判官って言っちゃってるじゃん……」
「はいはい、早くキャラ選んでねー」
さて、それじゃあやるとするか。
最低限……ありすには勝つ!!
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「わーい、私の勝ちぃ!」
「ば……馬鹿なっ!?」
くらげちゃんの操るノブ・ナーガの本能寺全焼斬りが、僕のクロウを爆炎で包み込んで場外に吹き飛ばした。
くそっ、自分ごと炎上する自爆攻撃をうまく使いこなしてきたか……!
「みづきちゃんうまいなぁ」
「えっへん!」
ありすは案の定大してうまくないのだが、くらげちゃんが異様に強い。
僕がゲームから遠ざかっていた間に、彼女はどれほどの進化を重ねていたのか。もはや小学生の頃のくらげちゃんの強さではない……! やりこんでいる……!
くらげちゃんはにへっと笑うと、人差し指を立てて唇を撫でた。
「さーて、じゃあお兄ちゃんにどんな名前を付けてあげようかなー。あっ、ちなみにお兄ちゃんに名前を付けたら、ありすちゃんもそう呼んでね!」
「うん、いいわよ」
「変なルールを後出ししてきたな……」
まあいい。
僕も男だ、二言はない。いかなる屈辱でも甘んじようじゃないか。
「さあ、犬でも猫でも好きにつけろ!」
「じゃあねえ……お兄ちゃんは今日一日『パパ』で!」
「パパ!?」
予想の斜め上のあだ名に、僕は目を剥いた。
なんだそれは。一体どういうつもりの命名なんだ。
くらげちゃんはんふーと笑いながら、ごろーんと頭を僕の膝の上に置いた。
「パパー。娘のみづきちゃんだよー、パパー。なでなでしてー」
「……あだ名のはずなのに、何故か娘を撫でることを求められている……!?」
「いーじゃん、オプションでー。ねーありすちゃんもやろ?」
「えっ!?」
くらげちゃんに促されたありすは、せわしなく視線をあちこちに送ってから、僕を上目遣いに見つめてきた。身長が結構違うので、自然そうなるのだが。
「……いい?」
「まあ、いいよ。勝負は勝負だから」
「じゃ、じゃあ……」
ありすがごくりと唾を飲む音が響く。
「ぱ、ぱぱぁ……」
顔を赤らめたありすが、僕の膝の上に頭を乗せて見上げてくる。
……ぐっ……!
な、なんだこの味わったことのない感情は……!?
「今日の私はありすお姉ちゃんと姉妹だよー。ほら、お姉ちゃんも撫でて撫でて」
「え……えぇ?」
「娘を可愛がるのはパパのつとめでしょ!」
なんかあだ名だけのはずなのに、家族サービスまで求められている。
「い、いいのか……?」
僕が恐る恐る聞くと、ありすはふいっと目を逸らした。
「か、髪型崩さないようにしてよね……!」
撫でろということらしい。
僕はそっとありすの頭頂部に手をやり、髪の毛をセットし直すような手つきで柔らかく撫でてやる。
ありすはうっとりと目を細め、んふんと鼻を鳴らした。
「パパ! こっちも構って!」
「あー、はいはい……」
姉ばかりに構うなと妹が主張してくるので、くらげちゃんの頭も撫でる。
「パーパ♪」
「パパぁ……」
姉妹を膝の上に乗せながら、僕は2人の頭や首筋を撫でてやる。
首を触られたありすはくすぐったそうにしながらも、ぐったりと脱力した感じでその身を僕に委ねていた。
「あー、癒されるぅ……。お兄ちゃんって身長高いし包容力感じちゃうね、ありすちゃん」
「ふにゅう……♪」
娘たちは気持ちよさそうに僕の手を受け入れ、リラックスしきっている。
く……くそっ、なんだこの脳裏をよぎる娘たちと過ごした日々の映像は……!?
幼稚園から小学校入学、卒業、そして中学生……!
甘えられたことも、非行に走ったこともあった。
しかし様々な苦悩や悲しみ、そしてかけがえのない喜びを娘たちと共有して父娘3人で生きてきた……!
そして高校生、大学生、就職……! やがて結婚……! どこの馬の骨とも知らぬ男がへらへらと僕の娘の手を握り、「お父さん私この人と結婚します」と結婚報告を……!
「許さんぞ! 娘は絶対に誰にも渡さんッ……!」
「何かシミュレートしてる!?」
「ハカセ? しっかりして、ハカセ!」
「はっ!? 僕は何を……!」
ありすに肩を揺さぶられて、僕は正気に戻った。
いかん、あまりにも役にはまり込んでしまったようだ。自己暗示で父親になりきって結婚式で号泣してしまうところだった。
「これは危険なゲームだぜ……!」
「いや、パパがアブない人なんだと思うよ」
「でも実際中毒性があってヤバかったかも」
白い目を送ってくるくらげちゃんの横で、ありすがいじいじとカーペットに渦巻きを描いてちらちらとこっちを見てくる。
まだ撫でられたりないのだろうか。
くらげちゃんはそんな雰囲気を断ち切るように、ぱんっと手を叩いた。
「じゃあ続いて第二回戦しよっか」
「えっ、まだやるの?」
「えーだってどっかの誰かさんに復讐のチャンスを与えてあげないと可哀想だしー?」
くらげちゃんは僕に流し目を送りながら、クスクスと笑っている。
くそっ……! 煽ってくるじゃないか!
「上等だ、今度は勝つ!!」
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「うりゃあ、超必殺! 壇ノ浦八艘ビート!!」
「あーーー!?」
僕が操るクロウが画面中をぴょんぴょん飛び回り、8回ものジャンプ攻撃を叩き込んでノブ・ナーガを画面外へと吹っ飛ばした。
「やっぱり義経じゃん!?」
復帰は……間に合わない! よっしゃ、僕の勝ちだ!
カンカンカンとゴングが鳴らされ、クロウ=ホーガンが「イチバァーン!!」と叫びながら右手の人差し指を天に突きあげる。勝利のポーズだ!!
「義経じゃなかった!?」
「ふふふ……。これで僕の勝ちだな」
「見事だよ、パパ。さあ私は逃げも隠れもしない。犬でも猫でもくらげでも、好きな名前を付けるがいい!」
「いや、くらげちゃんは元から呼んでるんですけど」
さて、どうしたものか。
僕はありすとくらげちゃんに交互に視線を送る。
どっちに名前を付けるかといえば、もちろんありすに付けて悔しがる顔を見たいが……。
うーん、ありすにあだ名を付けることがしっくりこないんだよな。
ありすはありすだ。
僕にとってありすは唯一無二の存在であり、それ以外の呼び方はありえない。
「どうするの、パパ?」
「そうだなあ……」
しかしせっかく勝ったんだから、報酬を行使しないのも違うな。
それは真剣に戦った相手にも失礼ではないか。
……そうだ。逆に相手に好きな呼び方をさせるというのはどうだろう?
「よし、じゃあありすに決めさせよう。ありすが僕にどう呼んでほしいのかを決めていいぞ!」
「えっ……ええっ?」
目を白黒させるありすをまっすぐに見て、僕は訊いた。
「さあ、ありす! 今日一日僕にどう呼んでほしいのか言うんだ!」
「そ、そんなこと急に言われても……」
「あ、でもご主人様とか女王様って呼ばせるのはナシな。あくまでもお前が目下だぞ! さあ、言え! わんこちゃんか!? それとも子猫ちゃんか!?」
「ええ~……!?」
ありすは常にもなくオロオロと狼狽している。
なんかものすごく顔も真っ赤だし。
これは珍しい反応だな……。
そんなありすを見て、くらげちゃんはニヤリと悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「パパ、そういうときはありすちゃんの顎をくいっと持って逃げられないようにするといいよ!」
「ん、こうか?」
僕はありすの顎に右手を添え、優しくクイッと引っ張って、彼女と視線を絡ませる。なるほど、こうやって返答を迫るんだな?
「はぅぅぅぅぅぅ……!!」
ありすの顔がボンッと音を出せるほど急激に赤く染まり、耳まで真っ赤になった。むう、未知の反応だ……!
「さあ、そこで優しく囁くようなウィスパーボイスで返答を迫って!」
わかりました、監督!
くらげ監督の言うままに、僕は催眠術をかけるときに使う落ち着いた声色でありすに囁いた。
「さあ、ありす……もう逃げられないよ。僕にどう呼ばれたい?」
「~~~~~~~~~ッッッ!!!」
目の中に渦巻きが見えるほど錯乱したありすのパンチが、僕の顎に突き刺さった。
「お……父娘でそんなのダメだようっっ!!!」
「ぐえーーーーーーーーーーっ!?」
見事なアッパーで脳を揺らされた僕は、その場に仰向けに倒れ込む。
カンカンカンカーン!
意識を失う直前、くらげちゃんの声が聞こえた。
「さ……最終勝者! ありすちゃんッ!!」
ありす「あああ、またハカセにひどいことしちゃった……嫌われる……嫌われる……」
くらげちゃん「まあまあ。お兄ちゃんなら別に今更それくらいで怒ったりしないと思うよ」
ありす「そうかなあ……そうだといいなあ……」
くらげちゃん「ところでありすちゃん、さっきのお兄ちゃんの囁きは録音してるんですよ」
ありす「言い値を出します」




