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第25話「忠犬騎士ヤッキー」

「これがうちの子のヤッキーよ、可愛いでしょ!」



 『ワンだふるわーるど』開発工程において、奴との出会いだけは忘れることはできない。本当に苦い思い出だった。


 ダミーの研究内容に食いついたありすは、僕の犬語翻訳アプリの製作を手伝おうとさまざまな犬種に関する資料や、おばあちゃんに頼んで撮影してもらったという膨大な動画データを用意してきた。


 ありすが犬種によって感情表現もさまざまだというので、僕は撮影した犬の犬種を自動判別するAIを開発した。さらにこのAIに、動画で撮影した犬の仕草や鳴き声、犬種、年齢から感情を判別し、言語データベースから文章を構築する機能を組み込んだのである。

 ぶっちゃけて言うとこのAIを作るのが一番手間がかかった。


 とはいえ何とか基礎を作るところまでは漕ぎつけたので、早速実際の犬を撮影してちゃんと翻訳が機能するか試そうということになったのだ。


 被検体にはありすが飼っている犬を使うことになった。

 ありすが去年おばあちゃんにもらったという犬は、脚が短くて胴が長く、耳はぴょこんと尖ったとてもユーモラスな姿をしていた。

 なんか見るからに短い脚でよちよち歩きそうなんだが、見た目に反して歩くのが結構速い。胴が長くて短い脚といえば僕でも知ってるぞ。



「これ、ダックスフントってやつ?」


「違うわよ、この子はウェルシュ・コーギー・ペンブローク! 元は牧羊犬で、すごく賢い子なのよ。ウェルシュ・コーギーにはペンブロークの他にカーディガンっていうのもいるんだけど、ペンブロークの方が一回りサイズが控えめで、耳も小さいの」



 犬のことになったらめっちゃ喋るじゃん。


 ありすはしゃがんで、ハッハッハッと舌を出して短く息を吐いている犬の頭を撫でた。



「ヤッキーは本当は夜月(やつき)って名前なんだけど、言いにくいからヤッキーって呼んでるの。すごく人懐っこい子だから、ハカセもすぐ仲良くなれるわよ」


「へえー、よろしくなヤッキー」


「ぐるるるるるるる……!!!」



 ヤッキーは僕の方を向くと瞳を細め、低いうなり声を上げた。

 あっ、これ他人の感情がわからない僕にもわかる。思いっきり敵意だろ。



「すごい威嚇されてんだけど?」


「ペンブロークは牧羊犬だから、知らない人への警戒心が強いの。大丈夫だよヤッキー、この人は悪い人じゃないからねー」


「きゅーんきゅーん」



 ありすはヤッキーの頭を撫でながらスマホを向け、動画を撮影し始めた。

 そしてアプリの翻訳画面を僕の方に向ける。



『ご主人様 大好き 甘えたい 好き好き』


「ね、すごく人懐っこいでしょ?」


「なるほど」



 動画を撮影することで、いろんな感情をリアルタイムで表示できるようにしたのがこの翻訳アプリのポイントだ。

 この分だとちゃんと言語データベースも拾えているようだな。AIがたまにノイズを拾ってしまって変な誤訳をする恐れがあったが、問題ないようだ。

 僕もやってみるか。

 タブレットに入れたアプリを起動して、ヤッキーに向ける。



「ヤッキーこっち向いてくれ」


「ぐるるるるるる」



 どれどれ、何て言ってるのかな?



不埒者(ふらちもの)め! 貴様、ご主人様に近付いて何を企む! ()く消え失せよ!!』



 えっ、饒舌(じょうぜつ)すぎない……!?

 犬ってこんな複雑な表現できるの? AIが気を利かせすぎて誤訳してない?



「ぐるるるるるる」


『我がいる限り、ご主人様に手出しはさせぬ! 命惜しくば去るがいい!!』



 ぐるるるるるるしか言ってないのに文意変わってるんですが!?

 微妙な仕草の違いやトーンで変わるのだろうか。僕が作っておいてなんだが、謎が深い……!

 AIにはめちゃめちゃな数の犬動画を見せて犬の感情表現を学習させたのだが、僕が知らないうちにアルゴリズムは複雑な進化を遂げているようだ。


 タブレットを睨み付ける僕を見て、ありすが小首を傾げながら近寄ってくる。



「どうしたの、ハカセ? 何かバグったりした?」


「あー、いや……」


「ぐるるるるっるるるる!!」


『あっ、いけませんご主人様! こんなどこのヒトの骨ともわからぬオスに近付いては! 我が退治いたします、お下がりくださいませ!!』



 なんだこいつ、犬のくせに騎士気取りか……!?



「わうわうわう!」


『さあ、覚悟せよ不埒者! ご主人様は我にとって唯一無二の主君、母にして敬愛する主人! 我の目が黒いうちは何人たりとも触れさせはせぬ!』



 無言でタブレットをありすに見せると、ありすはわぁ! と嬉しそうな声を上げた。



「ヤッキー、私をそんな風に思ってくれてたのね! ありがと!」


「わうーーーん」


『もったいないお言葉でございます!』


「でもヤッキー、ハカセはそんな悪い人じゃないのよ。心配いらないわ」


「ばうっ!?」


『ご主人様!? それはなりませんぞ!!』



 2人……いや、1人と1匹の仲良さげなやりとりを見ているうちに、何かムカムカしてきた。

 この犬、ありすと出会ってまだ1年しか経ってないくせに長年仕えた忠臣みたいなムーブしてやがる。

 こっちは小1からの付き合いなんだぞ。たかが1年しか飼われてない分際で、僕とありすの間に割って入ろうとは。ここは身の程をわからせてやるべきなのでは?


 僕はありすに近付くと、その手を握った。



「えっ……! は、ハカセ?」


「バウッッ!?」


『き、貴様ァ! ご主人様から()を離せ!!』



 ククク……効いてる効いてる。

 お前なんかよりも僕の方がありすとの関係が深いというところを見せつけてやる。


 僕はありすの顔をじっと見つめた。



「今日のありす、すごく可愛いな。髪もふわっとしてるし、眼もぱっちりしてる。ゆるふわコーデっていうのかな、その服も似合ってるよ」


「えっ……! や、やだ……急にどうしたのよぅ」



 ありすは僕のお世辞に顔を赤らめ、もじもじとしている。ちなみに嘘ではなく、僕は本当に可愛いと思っている。いつもあえて言わないだけで。



「わうーー!!」


『ご、ご主人様ァ!! そのような悪漢の甘言に乗せられてはいけません!』



 ククッ、どうだ騎士め。

 貴様が牙を捧げた主人に、自分が知る以前からの深い関わりがあるオスがいると知った気分は……!!


 姫への忠義に燃える若き騎士の前に現われた、姫と婚約を交わしている悪役伯爵になったかのような気分で僕はニヤリとほくそ笑んだ。

 いや、婚約とか別に交わしてはいないんだけど。



「あおーん!」


『ご主人様! ご主人様、正気にお戻りください! おのれっ悪党めが!!』



 ワンワン吠えて警告を送るヤッキー。

 しかしありすはムッとした顔でヤッキーを叱りつけた。



「ヤッキー、うるさい! 無駄吠えしちゃダメでしょ!」


「わうん!?」


『そ……そんな……!! ご主人様ぁ……!!』



 ククク……フハーハハハハハハハハッ!!!

 悔しいか? 憎いか? それもまた甘美よのう!!


 僕はヤッキーに最後のひと押しを見せつけるべく、ありすの肩を抱き寄せた。



「ありす、こっちへ……」


「えっ、あっ……は、ハカセ……!? どうしたの、今日なんか変じゃない?」


「……ちょっとおかしくなってるかもな。今日のありすが可愛すぎるから」


「~~~~~~!」



 ありすは湯気が出そうなほど顔が赤くなっている。

 ちなみに僕の方もだいぶおかしくなっている自覚がある。自分が何を言っているのか全然わかっておらず、とりあえず思いつくまま舌を回している。

 思えば自分からありすとこんなに接近するのは初めてで、そう思うとなんだか胸はドキドキするし頭がグルグルしてきた。



「わうー! わうー!」


『ご主人様ァ! ご主人様ァァァァァァア!!!』



 さあやるぞ、ヤッキーに最後のひと押しを見せつけるんだ!

 ……ん? でも最後のひと押しってなんだ? ここからどうすればいいんだ?


 僕はありすの瞳を見つめたまま、次の一手が見つからず硬直する。



 するとありすは何やら覚悟を決めたようにすっと瞳を閉じ、顔を上に向けた。



 えっ? これどうしたらいいの? ありすは何を求めてるの?



「わぅ」


『……で? ここからどうするわけ?』



 ……ヤッキー!?

 ありすの背後に回した手で握ったタブレットに、ヤツのメッセージが表示された。



「わぅん」


『言っちゃ悪いが、我いつもご主人様の顔をぺろぺろしてるんだが? その程度日常茶飯事(にちじょうさはんじ)なわけだが? まさかご主人様の顔ぺろもできんとは言わんよなぁ?』



 圧縮言語で煽るじゃんこの犬……!?



「わうわう」


『さあそこからどうするんだ?』


「わうー」


『時間は有限だぞ』


「へむへむへむ」


『ちくわ大明神』


「わうーーー」


『早く決めるんだな……!』



 ちくわ大明神!?

 盛大に誤訳したぞ、今のなんて言ったんだ。



「……?」



 僕が固まっていると、ありすが訝しそうに薄目を開けた。

 うううう……! ヤッキーには……ヤッキーにだけは負けるわけにはいかないんだ!


 僕は覚悟を決め、ありすの鼻の頭をぺろっと舐めた。



「なっ……!!」



 ありすが目を見開いて、鼻に手をやる。

 そんなありすを他所に、僕はヤッキーに勝利宣言した。



「おらぁ! 見たかヤッキー!! ぺろったぞ!!」


「わうーーーーーー」


『へっ、鼻かよ。口にしないとは……このヘタレが』


「な……なんだとぉ!?」



 ばちぃぃぃん!!!


 その瞬間、ありすのスナップの効いたビンタが僕の頬を襲った。



「バカ犬! おすわりっ!!!」


「はい」


『はい』





「アンタねぇ、こともあろうに犬と張り合ってケンカするって何事なの? 人間らしい矜持とかあるでしょ? そもそも女の子の顔を舐めるとか何考えてるの? まったくデリカシーとかガミガミガミガミガミ……」



 その後僕はヤッキーと並んで正座させられ、なんかすごい怒ったありすに説教されたのだった。



「わぅー」


『まあこっちはおすわりなんて全然辛くないんだけどな』


「くそっ、こいつ……!」



 この犬は僕の天敵だということがよくわかった。もう二度と近付くまい。

 そんな決意を固める僕に、ありすは深いため息を吐いた。



「聞いてるのハカセ? まったく……人間よりも犬の方が共感できるなんて。ホント、変なところでグランマと似てるんだから」

コーギーは子犬の頃に断尾されることが多いですが、ヤッキーはおばあちゃんの意向で尻尾が残っています。

だから通常のコーギーよりも感情表現が多彩なんですね!(ガバ理論)



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― 新着の感想 ―
[一言] ちくわ大明神を発生させる犬の仕草発見学会が設立されそう
[良い点] キス待ちアリスちゃんかわいい [一言] 誰だ今の それはともかく翻訳アプリ思った以上にやばいやん… ざっくり感情わかるくらいかと思ったらかなりの意訳混じりで表現してくるとかすごい それで…
[良い点] 饒舌すぎィ! [気になる点] おっぱいがどうとか発育への言及多い癖にキスすらする気がないだなんて… まぁ恋してる自覚ないけどさぁ…お前さぁ… [一言] サイコパスが動物に嫌われるパターンか…
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