第24話「合格祝賀会!」
『芳華高校合格おめでとーう!』
にゃる君とささささんがパァンとクラッカーを鳴らし、キラキラとしたテープや紙吹雪が宙を舞った。
ありすが家から持ってきたケーキを取り出し、僕がクラッカーから避けていたグラスと食器をそれぞれの前に配る。
僕たち4人は誰も欠けることなく、同じ高校への入学が決まった。
そこでささささんがぜひパーティーを開いてお祝いしようと言ったので、今日はカラオケの一室を借りて、高校合格の祝賀会を開くことになったのだ。
ちなみに今日は歌わないとありすが断固として主張したので、純粋なおめでとうパーティの場として利用している。折角だから一曲歌ってもいいと思うけど……僕は音痴だしそれでいいや。
「うわー、ありすちゃんのケーキおいしそう!」
「マジか、これ手作りだろ? ありすサン料理うめー……!」
「私じゃないよ。これ、ママが焼いてくれたの。みんなで食べてねって」
「ありすのママは料理研究家なんだよ」
へえーと感心するにゃる君とささささんに、僕は付け加える。
「ありすはおにぎりとゆで卵くらいしか作れないから料理に期待しちゃだめだよ」
「そうだけど、それ今言う!?」
「またあのケーキを食べたいって言われたらありすが困るかなと思って」
「ぐぬぬ……」
親切心で言ったのに、何か少し怒らせてしまった気がする。不思議だ。
僕はぷんすかとそっぽを向いてしまったありすに視線を送り、カラオケの店員に持ってきてもらったナイフを手に取る。
「じゃあ入刀するね」
「「わー!!」」
にゃる君とささささんがパチパチと拍手する中で、僕はケーキを8つに切った。よしよし、我ながら上手に切れたな。
「すごくぴったり8等分できてるね……」
「ハカセって意外と器用だよな。精密機械みてえ」
ナイフはナプキンに包んでテーブルの端に置いて、まだそっぽを向いて腕組みしているありすに声を掛けた。
「切り終わったよ」
「うん、ありがと」
こちらに向き直ったありすに、家から持ってきた可愛いフォークを添えてケーキを差し出す。ニコニコしているので、もう機嫌は悪くないみたいだ。
『かんぱーーい!!』
みんなの前にケーキを並べたところで、グラスを打ち鳴らして乾杯する。
にゃる君がジンジャーエールをぐいっと飲み干し、かーーーっと叫んだ。
「あー、1年頑張った勝利の味ぃ! たまらねえぜ!!」
「いやーホント頑張ったよねボクたち」
ささささんがうんうんと頷く。
実際合格できたのは本人の努力あってこそだと思う。
ありすがしょっちゅう勉強会に参加してきたので、催眠集中法はそう毎回使えなかったのだ。最終目的であるありすに催眠をかけるためには、万が一にもにゃる君やささささんが催眠にかかっているところを見せるわけにはいかない。
だからありすが参加した勉強会では、普通に学習するしかなかったのである。
これで間に合うのか? と内心ヒヤヒヤさせられたが、にゃる君とささささんが途中から家や塾でも熱心に勉強してくれるようになった。
彼らの間でどんな心境の変化があったのかはわからないが、おかげで成績も上がって無事高校合格に漕ぎつけられたのである。催眠集中法はほぼ最初のブーストくらいにしか役に立たなかったな……。
「まあこれも俺たちの秘めたる素質とたゆまぬ努力のおかげだな」
「チョーシのんな。そもそもはハカセくんのおかげでしょ」
「……え、なんで?」
ささささんの言葉に僕は首をひねった。割と本気で何もしてない気がする。
本人たちの努力の結果にしか思えないのだが。
「ハカセくんが最初の勉強会で、集中する方法と勉強のおもしろさを教えてくれたじゃん。あれがあったからその後も継続して頑張れたんだよね」
「あーそうそう、『知識を得ることをゲームのように思え』ってやつ。あれはいい言葉だったよなー。おかげで勉強が楽しくなったぜ。まあ初回ほどじゃなかったけど」
「へー、ハカセがそんなこと言ったの? たまには良いことも言えるんじゃない」
もぐもぐとケーキを頬張る2人の言葉を聞いて、ありすが珍しいものでも見たような顔をした。
僕はそれどころではない。
「あれを覚えてるの?」
「そりゃ覚えてるよ、あの集中法は革命的だったもん。あれをきっかけに、ボクらも意識してある程度集中できるようになったんだよね」
「いわゆる『ゾーン』に入るってああいう感じだったんだなって。一度やり方覚えちまえばあとは真似するだけでいいからな」
「えっ、そんな集中方法があるんだ。ハカセ、何で私には教えてくれないのよ」
「あー……ええと……ありすに教えたら勝てなくなるだろ」
僕がその場を切り抜けるために何とか絞り出した言い訳ににゃる君とささささんが笑い、ありすはぷくっと膨れながら僕の脇腹を指でつつく。
いや、キミら笑ってるけど、僕にとっては笑い事じゃないんだが。
記憶残ってんじゃん。
しかもなんか変な能力に目覚めてるじゃん。
確かに催眠をかけた直後は記憶がなかったはず。
しかしいつの間にか2人は催眠の内容を思い出している。これはどうやら催眠されたこと自体を覚えているのではない。催眠中に僕がかけた暗示を、僕から説得や教示を受けたものとして記憶を補正しているようだ。
……催眠が既に解けているのか?
いや、催眠が解けているとしたら、それ以前ににゃる君とささささんの更生もなくなって元の不良といじめっ子に戻っているはず。
それに2人が言った、勉強のおもしろさを教えてくれたという発言も気にかかる。勉強がゲームと同じおもしろさになるという暗示は、僕が指を鳴らして超集中状態にしたときだけ効果を発動するはずだ。それが僕の制御を外れて、普段の意識にも影響を及ぼしている。
意識して超集中できるようになったという件に至っては意味不明だ。僕の暗示は彼らの中でどんな化学変化を起こしたというんだ。
だめだ、何が何だか全然わからない。どうなってるんだ?
「……2人とも、高校でも勉強頑張れそう?」
何を訊いたらいいのか決めかねて、かろうじてそう言うとにゃる君は爽やかな笑顔でドンと胸を叩いた。
「おう、心配すんなって。大丈夫、ちゃんと勉強についてくからな」
「ボクらなら大丈夫だよ! いやー他人を心配するなんて、ハカセくんもこの1年でちょっとは人間らしくなったのかな~?」
「だといいんだけどねー」
そう言ってささささんとありすはコロコロと笑い合う。
……思えばささささんも催眠かけた直後とはなんか変わったな。
なんかこう、ちょっと毒舌キャラになってきた。
少し元々の人格に戻ってきている気がする。
ここ1年のささささんは、やたらにゃる君とよくつるんでいた。
何やらことあるごとに2人でゲーム対決して、負けた方が言うことを1つ聞くという勝負をしているらしい。一人称が『アタシ』から『ボク』になったのも、勝負で負けて変更させられた結果だ。
当初は陰キャから陽キャに反転させたはずなのだが、なんか現在はポジティブ思考でオシャレなゲームオタクという感じに落ち着いてきた感がある。割と毒舌も口にするけど、他人を傷つけて自分が気持ち良くなるためではなく、ジョークとして会話を盛り上げるために場面と相手を選んで使っているようだ。
それに知人が困っていると、目ざとく見つけて悩み事の相談に乗っている。たとえそれで悩みが根本的には解消されなくても、彼女が愚痴を聞いて明るく励ますことで心が楽になるらしく、みんなから好かれているようだ。
これも催眠が彼女の中で変化した結果なのか? それともにゃる君の影響を受けたせいか?
この1年ほど休眠させていた催眠アプリ研究に、にわかに新たな動きが出てきた感がある。
別のアプリの開発や家庭の問題に脳のリソースを取られていたけど、そろそろこちらの研究も再開するべきだろう。
……家庭問題かぁ。ここ半年というもの、くらげちゃんとどんどん仲が悪くなっているんだよな。
元からキモ兄貴とは呼ばれてはいたが、最近は顔を見るのも嫌という態度をされている。両親も深く心を痛めているが、お母さんは思春期だから見守るしかないと言っていた。お母さんがそう言うのだから、僕の出る幕ではないだろう。だけどやっぱり心配で、なかなか研究に集中できないでいる。
どうにも最近、他にやることや心配ごとが多すぎるよ。
僕がひとり頭を悩ませていると、ありすがちょっと自慢げに口を開いた。
「ちなみに今回のパーティーは、ハカセが作ったアプリの完成おめでとう会でもありまーす! はい、拍手ー!」
「おおー!! 言ってたアレ、ついに完成したのか!」
「おめでとー! やんややんやー」
「あ、うん。ありがとう」
予想外のお祝いをされて、僕の頭が一気に切り替わった。
ありすが言ったのは、この1年でこつこつと作っていた別のアプリのことだ。
といっても催眠アプリのような、僕にとって大きな意義のあるアプリではない。どうってことないお遊びアプリだ。
ようやく完成したので、もうじきリリースしようと思っている。
「犬の気持ちがわかるアプリだったよな。確か名前は……『バウ……』」
「いやそんな単語入ってないから。『ワンだふるわーるど』だから」
何か言い掛けたにゃる君を遮って、僕は自分で決めた正式名称を口にした。
「ありすちゃんも開発に協力したんだよね」
「そうよー。私とハカセの初の共同開発作品なのよ!」
ありすはえへんっとやたら偉そうに胸を反らした。
ゆさりと1年前よりさらに成長したDカップが揺れる。おお……と身を乗り出したにゃる君のお腹に、ささささんが無言で肘鉄を喰らわせた。
『ワンだふるわーるど』は犬を動画撮影すると、声と仕草と表情を読み取って現在どんな気分なのかを教えてくれる翻訳アプリである。
といっても100%確実に翻訳できるわけではなく、的中率はせいぜい90%程度といったところ。どうせなら100%を目指したかったが、僕の力量では不可能だった。ありすは人間同士でも100%意図が伝わるわけないんだから上出来だよと励ましてくれたけど。
あと、おまけとしてありすがアイデアを色々出してくれた機能をいろいろくっつけてある。
僕にはこんなものが売れるとは思えないが、ありすはこれはすごいアプリができたわと大喜びしていた。ありすが満足したのだから、この時点で十分役目は果たしたかな。
そもそも動物に何の興味がない僕が何でこんなものを作る羽目になったかというと、ありすへの偽装工作がきっかけだった。
あの初めての勉強会の後、僕はありすに研究しているものがあると口を滑らせてしまった。それ以来ありすは僕が何を研究してるのかと、折につけてしつこく聞き出そうとしてきたのだ。
どうもありすは僕のことを何でも知りたがっている節がある。お前は僕のお母さんかよ。いや、本当のお母さんでもそこまで息子のプライバシーを根掘り葉掘り聞いてこないよ。
いくら何でもお前に催眠かけるアプリ開発してるんだよとは言えないので、仕方なく嘘をつくことになった。そういえばこの前動物はいいわよとか言ってたな、と思いつつ適当なことを口走ってしまったのだ。
「……動物の気持ちがわかるアプリ、とか」
「動物? 何の?」
「犬……とか?」
「犬っ!?」
あのときのありすのキラキラした瞳は忘れられない。
ありすがものすごい犬好きだということを、僕は失念していたのだ。
最近まで犬なんか飼ってなかっただろと思ったのだが、イギリスのおばあちゃんがすさまじい愛犬家なのだそうだ。ありすも小学校に上がって日本に来るまでは、多数の犬に囲まれた生活をしていたのだという。
僕の嘘を聞いたありすは、それはもう嬉しそうに協力を申し出た。
大量の資料を持ち込み、無数の動画データを提供し、なんなら飼っている犬まで被検体にしたのである。被検体といっても試作段階のアプリで撮影しただけだが。あのときのことは思い出したくもない。リアル犬は僕の天敵だった。
にゃる君とささささんが受験地獄に苦しんでいる間、僕は犬アプリ開発地獄に墜とされていたのである。
適当な嘘なんてつくもんじゃないと、僕は自分を呪ったものだ。
とはいえアプリ開発自体はそれはそれで楽しかったし、何よりありすがずっとご機嫌だったのは嬉しい誤算だった。
それにしてもありすがいろいろアイデア出してくれたので、調子に乗って翻訳機能以外もいろいろつけてしまったな。おかげで開発まで1年もかかってしまった。
「ねーねー、アプリって売れたらもうかるの?」
「さあ……どうなんだろうね」
ささささんの言葉に、僕は首を傾げた。
これまでEGOさんのアプリ開発の手伝いはしてきたが、それが一体どんな値段で売られているのか僕は知らない。
別に儲けるために作ったわけでもないので無料配布でいいだろうと思ったのだが、ありすとEGOさんがしきりに止めるので500円に設定した。犬だけにワンコインというくだらないジョークで決めた。
無料広告が入るタイプでもいいかなと思ったが、ありすは広告が入るアプリが大嫌いなのだそうだ。ありすのために作ったアプリなのだから、徹頭徹尾ありすの好きなようにさせてあげよう。
売り上げも全部ありすに渡そうと思っていたが、固辞されている。この売り上げは僕が飛躍するときに使いなさいと説教されてしまった。僕はアプリ作ったくらいで、資料集めは全部ありすがやったのだから、せめて半分は渡すべきだと思うが……。
おこづかい程度のお金が入ったら、何らかの形でありすに還元しようかな。
そう思っていると、にゃる君がおどけるように口を開いた。
「よっ、高校生エンジニア様! 売れたらなんか奢ってくださいな」
「にゃるはちょっと遠慮しろよなー。ボクたちがお祝いする側でしょ、普通」
ささささんはそう言ってにゃる君を叱るけど、日ごろから2人には随分と助けられている。もう催眠アプリの被験者だから、というだけの関係ではない。何か少しでもお返しできるチャンスがあるなら、ぜひ乗っておきたい。
「ううん、いいよ。何がいい?」
「マジで? じゃあヨクド!!」
「オッケー」
廉価なハンバーガーチェーンの名前を出されたので、安請け合いする。
広い世界にいるであろう物好きが数人でも買ってくれれば、にゃる君とささささんに奢るくらいはできるはずだ。
「いよっ、ハカセくん太っ腹!」
「お大尽!」
にゃる君とささささんはパチパチと拍手している。
これはお返しなんだから気にしなくていいんだよ。それに催眠勉強法の被験者になってくれた謝礼をまだ払ってないしね。
そんな僕たちのやりとりを見て、ありすはくすっと笑った。
「言っちゃ悪いけど、ハンバーガーごときで妥協したことを後悔するわよ」
そんなに売れないと思うけどなあ。
ありすは犬好きすぎて目が曇っているのではなかろうか。動物が好きじゃない……というか、今回の件で犬が苦手になった僕からすると明らかに過大評価だ。
そんな僕をよそに、ありすは持ち込んだぶどうジュースをプラスチックのコップに注ぎ、みんなの前に配った。
「では改めて、私たちの明るい未来に乾杯!!」
『かんぱーい!!』
『ワンだふるわーるど』仕様
・犬を動画撮影すると、声と仕草と表情から感情を読み取って文章として表示する。的中率約90%
・犬を写真撮影すると内蔵されたAIがデータベースを検索して犬種を判別。多頭飼いに対応するため体型や模様から個体認識登録が可能
・定期的な動画撮影を行うと肥満や病気の兆候を警告してくれる健康維持機能
・GPSと連動して散歩の距離と速度を割り出し、散歩時の最適な運動量を犬種や年齢に合わせて計算してくれるお散歩アシスト機能
・撮影した動画や画像データをインデックス化して閲覧できるダイアリー機能『毎日ワンだふる』(撮影したデータをPCやクラウド上に外部保存することやSNSに投稿することも可能)
・500円ぽっきり、アプリ内課金と広告なし
大体ありすがアイデア出したのをハカセが1年かけて実装しました




