第17話「CASE2:いじめグループの根暗ちゃん」
「……効いたかな?」
立ち尽くしたままぼうっとなった女子の顔先に指を持っていき、何度か振ってみて眼球運動を確かめる。
反応がないな……にゃる君のときと同じく無事催眠状態にかかったのだろう。
「うーん、やっぱり効くよなあ。なんでミスターMが作ったのは失敗したんだろう」
ミスターMが作ったアプリをもらって分析してみたいところだ。
まあお互いそれはしないと約束しているが。
さて、催眠アプリ試作第2号のコンセプトは『純化』だ。素材からさらにノイズを消去して、催眠強度を上げることを目指している。
これならにゃる君のときよりもさらに強い催眠が可能になっているはずだ。
にゃる君のときは不良から好青年に変化させたわけだから、それ以上となると価値観をまるっきりひっくり返して真逆の人間に変えるくらいは挑戦したい。
お金を払えば何してもいいと本人も言っていたことだし、遠慮なくやらせてもらおう。
さて、まずは彼女がどういう価値観を持っているのかを知るために、いろいろと訊かせてもらおう。
無抵抗な彼女を椅子に座らせて、情報を聞き出していく。
「まず、キミの名前を教えてください」
「佐々木沙希です……」
「ささきさき。ささきさき、ね」
口の中で何度か転がしてみる。割と特徴的で覚えやすい響きだが、やっぱりちょっと覚えきれないな。
何かあだ名を付けよう。
「『さ』が3回も入ってるし、『ささささん』って呼びますね」
「はい……あだ名は『さささ』です……」
ささささんは寝言を口にするかのようなとろんとした口調で頷いた。
催眠は順調に効果を発揮しているようだ。
とりあえずにゃる君のときと同じように将来の夢とか聞くのがいいのだろうか。
「ささささんの将来の夢はなんですか?」
「お金持ちで顔が良くて性格がいい男のお嫁さんになって、不自由なく贅沢して暮らすことです……」
なかなかパンチの効いた回答きたな。
僕もいまいち詳しくないけど、14歳ってもっとキラキラした夢を抱いているものなんじゃなかろうか。いや、まあ金色にキラキラしてると言えなくもないが。
とりあえずこっち方面の切り口はやめよう。
いじめグループに入ってるって言ってたな。こっちから攻めてみるか。
「ささささんは女子グループでいじめを受けていますか?」
するとこれまで穏やかだった表情が、にわかに苦しそうなものになった。
これは要注意だな。あまりストレスをかけると催眠が解けるかもしれない。催眠強度を試せるチャンスだが、せっかくなので維持する方向でいこう。
「はい……お金を持ってくるように強制されています……。持ってこないと、顔に落書きされたり、嫌いな男子に告る罰ゲームをやらされます……。嫌なのでお金を持っていきます……」
「嫌いな男子は誰ですか?」
「同じクラスの葉加瀬です……」
僕かよ!?
やっぱ陰キャなのが悪いのだろうか。こっちはクラスの隅っこで静かに暮らしているだけの無害な生き物なので、一方的にヘイトを寄せないで欲しい。
参考までに一応聞いてみるか。
「何故葉加瀬くんが嫌いなのですか?」
「大嫌いな天幡ありすといつもイチャイチャしているからです……。陰キャのくせに、あいつだけ報われているのが気に入りません……。夏休みにバーベキューで恥をかかされたのも屈辱です……」
イチャイチャなんかしてねーし。この子は何か思い込んでいるようだ。
しかしバーベキューということは……。そういえば下準備しているときにありすの悪口を言った奴がいたので何か言い返したような気もする。この子だったのか。
それにしてもありすが大嫌いというのは見逃せない。ありすに害を与えるのなら、何かしでかす前に排除する必要があるだろう。
「ありすさんが嫌いなのは何故ですか?」
「可愛くて頭がよくて、いつも自信たっぷりにキラキラしているからです……。私もああなりたいのに……理想の自分を見せつけられて自慢されているようで腹が立ちます……」
なるほど、嫉妬か。
眩しい存在は人を惹きつけると同時に、憎悪もまた引き寄せるというわけだ。
ありすも大変だな……。
「それに、私がいじめられるようになったのも、あいつのせい……」
「詳しく聞かせてください」
ささささんが語るところによれば、去年の新学期すぐには彼女はありすの取り巻きにいたらしい。スクールカーストの上位に紛れ込めたとほくほくしていたのも束の間、彼女は僕の悪口を言ったことが原因でありすの不興を買い、取り巻きから追放されてしまった。
行き場をなくした彼女は別のスクールカースト上位のグループに潜り込んだのだが、そこは性悪な女子たちが支配するいじめグループだったらしい。
当初は彼女も他人を蹴落としていじめる側だったのだが、次第にパワーバランスが変化して自分がいじめられる側になってしまったのだという。
「ありすさえいなければ、私の生活はもっときらめいていたのに……」
「なるほど」
「だから葉加瀬を誘惑して、仲を引き裂いてやりたかった……」
……僕の悪口を言ってありすの不興を買った? 全然記憶にないのだが。僕の知らないところでそういうことがあったのか。まあ、そもそも僕は他人の悪意に超鈍感なので、僕が忘れてしまっているだけでそういうこともあったのかもしれないな。
しかしまあ何というか……この子自分がいかにもありすの被害者みたいな口ぶりをしているけど、この子自身も相当な性悪だと思う。なんかありすの悪口を言うときイキイキして楽しそうだし。僕を誘惑する云々は意味がよくわからないが……。
ともかくありすの身を守るためにも、この子は何とかしないといけないな。それがどれだけ大手術になろうとも。
「キミは他人の悪いところを見つけるのが得意のようですね」
「はい……そうかもしれません……。他人の粗探しをしていると、自分が相手より上になった気がして気分がよくなります……」
「それにネガティブな思考も多いようです。本当は自分が嫌いなのでしょうか」
「はい……自分のことは嫌いです……。自分はみじめで最低の女だと思っています……。毎晩自殺することを考えています……」
他人に対する観察力が良くも悪くも高いのは、彼女の特性なのだろう。他人にまったく興味がない僕には想像もつかないが、これは使えそうなネタだぞ。
随分と心の闇を聞かせてもらったが、メスを入れるならここだろう。
頼むぞ、催眠アプリ!
「キミは今日から他人の悪いところよりも、良いところを探すことの方が楽しく感じられるようになります」
「良いところ……でも……」
抵抗されているな。価値観を直接上書きするにはまだ催眠強度が浅いか。
だがにゃる君にやったように、うまいこと話の流れをコントロールできれば。
「他人の良いところを見つけるたびに、キミは自分のことをひとつ好きになれます。他人の長所を見つけられることは、キミの素晴らしい長所だからです」
「私の……長所……良いところを見つけられること……」
「そうです。そして他人の良いところが発揮されるのを見守ったり、埋もれている魅力を開花させる手伝いをするのが好きになります。それがキミが自分を好きになれるためにも大切なことだからです」
「……はい……。他人の良いところを手伝う……自分を好きになる……」
「キミが自分を好きになるほど、ネガティブなことは考えなくなります。どんなことでも前向きに捉えて、良い点を無意識の中で見つけようとします」
「わかりました……」
よしよし、いい感じだぞ。
これがうまくいけば、彼女は根暗でひがみっぽい性格が裏返って明るく親切な性格になるはずだ。
あとは何か、催眠が効いたという見た目にわかりやすい指標がほしい。
「とりあえずイメチェンしましょう。自分が魅力的だと感じるので、キミはおしゃれをしたくなります。それから、言葉遣いも変えて、よく笑うようになります」
「はい……オシャレと言葉遣い……笑う……」
「試しに笑ってみてください」
僕がそう言うと、ささささんはにこっと微笑んだ。
邪気が抜けていい感じだ。さっきの悪口を言ってるときの性格の悪い笑顔とは全然違うな。
「その笑顔は魅力的ですね。これからはそうやって笑いましょう」
「わかりました……」
ささささんは夢うつつでそう答え、穏やかな表情を浮かべた。
ああ、それから……。
「では、いじめグループも抜けましょう。そこはもうキミにはふさわしくありません」
「……っ」
僕がそう命令すると、ささささんは苦しそうな表情を見せた。
抵抗されている。
「何か抜けられない理由がありますか?」
「抜けたら……制裁される……ひどいことされる……抜けられない……」
なるほど。
にゃる君はリンチを恐れずに不良グループから抜けたが……ささささんはそこまで心が強くないということか。
このままだと何も変わらないな。
仮にこの子が良い子になったとしても、いじめグループの沼に引きずり込まれたらいずれまた元通りになるだろう。
根腐れた植物を救うには、まず土から入れ替えなければ。
「わかりました、すべて僕に任せてください。解決してあげましょう。まずはいじめグループの人たちの名前を、ここに書いてくれますか?」




