第14話「催眠レポート」
「催眠アプリの再現性は認められなかったよ」
「あれぇ?」
にゃる君に催眠をかけてから3カ月ほど経ち、もうすぐ中学2年の夏休みを迎えようとしている。
その間にミスターMはEGOさんの協力を得て催眠アプリを作ったのだが、残念ながらその結果は失敗に終わったということだった。
「教えてもらったとおりの素材を組み込んでみたんだが……。被験者を朦朧とさせることに成功したが、キミが提示してくれたレポートのように暗示を埋め込むことはできなかったね」
「その他にも何か要因があるということなんでしょうか? たまたま僕の暗示と被験者の適正ががっちり噛み合ったとか?」
「催眠術士の才能もあるのかもしれんが……あるいは何らかの要素が奇跡的な噛み合いを見せたのか、はたまたキミが採用した素材に何か特別性が隠されているのかもしれん」
特別性か……。
「ということは、僕とミスターMが使った素材を比較すれば、何が催眠に効果的な要素なのかを洗い出すことができるというわけですね」
「その可能性もあるね」
あれから3カ月が経つのだが、僕のアプリ改良計画は行き詰まりを見せていた。アプリをどのように調整すればより効果的な催眠をかけられるのかがわからない。要素を変えていろんな人に催眠を試せば、効果を比較することでより改良が進むはずなのだが、未だに手ごろな被験者候補を見つけられていなかった。
ミスターMがアプリ開発に成功すれば、より多くの被験者のデータを取ってもらうことができると考えていたが、どうやらそちらは諦めた方がよさそうだ。
「とはいえ使った素材自体に大した差はないはずだ。それに脳に多くの刺激を与えて朦朧とさせるメカニズム自体が……いってしまえば非常に雑なので、素材を変えたところで結果にそこまで大きな違いが出るとも思えん」
「では、僕とミスターMの催眠術士としての適正の差? もしくは、脳を朦朧とさせる以外の偶発的なメカニズムが作用しているということですよね」
「うわぁ……信じたくないなあ。催眠術士としての力量で駆け出しの子に負けたとか……私これでも催眠術の本出してるのに……。何らかの未知のメカニズムであってほしいよ」
「ミスターMの力量は信じてますよ。だって僕の師匠ですから」
僕が本心からフォローすると、EGOさんがクックッと笑いながら横から茶々を入れてくる。
「えー? 先輩、もう駆け出しの中学生に追い抜かれちゃったんですかぁ? まあ青は藍より出でて藍より青しと言いますし、老人はいずれ若者に追い抜かれちゃうもんです、気を落とさないで!」
「てめぇEGOォ! 俺はまだ若手だよ! お前こそアプリ開発に3カ月もかかりやがって、あっという間に作ったひぷのん君を見習ったらどうかね?」
「個人で3カ月で作ったなら十分早いと思いますがねぇ!? こっちも別に本業がありますので! 空いた時間優先的に使ってあげたんですから感謝してほしいもんですけどぉ!?」
「うるせー失敗作寄越しやがって! どうすんだよ研究費使っちまったぞ!」
「発注書が悪いんですー! こっちの作業は完璧でしたー!」
むっ、もしかしてケンカしてる?
これはいけない。師匠たちには仲良くしてもらわないと!
ここは僕の一世一代のギャグで笑ってもらおう!
「やめて! ケンカしないで! 僕のために争わないで!」
「……」
「……」
「「いや、元はといえばお前のせいなんだよなぁ……」」
笑ってはくれなかったが、なんか仲直りしてくれたようだ。よかった。
「まあいい、ひぷのん君からの資料代で仮想通貨はだいぶ稼いであるからな。これを現金化して補填するとしよう」
「おや、ポケットマネーで埋めちゃいますか?」
「こっそり催眠アプリ作ろうとして失敗しましたなんて、大学に報告できんだろう……。下手すると私の正気が疑われるぞ」
「まあそりゃそうですね。頭の固いお偉方の度肝を抜く奇抜な研究は、こけると大変ですな」
「人間を朦朧とさせるアプリができたという点では一歩前進かもしれんがな。研究を深めればスタンガンの亜種として利用できるかもしれんぞ」
「なるほど、転んでもただでは起きないところはさすが先輩ですね」
大人の世界って難しいんだなあ。
「いずれにしてもそちらが使っている素材も気になるので、一度詳細な素材を見せ合いませんか?」
「そうだな。比較実験をするに越したことはない。EGOくん、後で素材の入れ替えを頼むよ。……いちから作るわけでもないんだし、安くしてくれるよな?」
「はいはい、アフターケアはやりますよ」
とりあえずこれでミスターMと僕が作ったアプリの素材の情報は交換できた。
失敗作と成功作の素材を僕の側で比べることにあまり意味はなさそうだが、ミスターMの側で研究を進めてくれることに期待したい。
その一方で僕の側でも何か改良に繋がりそうなことはやっておきたいが……。
そうだな、とりあえず素材の『純度』を高めるというのはどうだ。
ノイズなどを極力抑えることで、より強度の高い催眠状態に持ち込めるかもしれない。これをこの夏休みの課題にしよう。
「ところで、ひぷのん君はそろそろ夏休みだね。今年はどう過ごすのかな?」
「もうあれから1年になるんですね」
去年はディープウェブへアクセスするために知識を深め、それからEGOさんにブラックマーケットで呼び止められ、EGOさんからの『宿題』にチャレンジすることになったのだった。
「今年は催眠アプリを自分なりにもうちょっと改良して……あとは特には決まってないんですが。ただ、今年はなんだか催眠アプリの被験者になってくれた友達が、海に行こうとか山に行こうとか僕の家で遊ぼうとか、やたら誘ってくるので去年みたいにずっとアプリ制作とはいかなさそうです」
3カ月が経ってもにゃる君の催眠は解ける様子がない。
そして僕の右腕が完治しても、人懐っこくまとわりついてはやれ日曜日に遊ぼうとか、放課後ゲームしようとか、とにかく遊びに誘って来るのだった。
僕としてもできるだけ近くでデータを取りたいので、可能な限りは遊びに付き合っている。
なお、不良仲間との縁は完全に切れたらしい。
一度顔をボコボコに腫らせて学校に来て、「これでオトシマエはつけてきた」って得意そうに笑っていた。
集団で暴力をふるわれて笑う意味がわからないが、スッキリした顔をしていたので彼にとっては良いことだったのだろう。
その後は柔道部に入ったり、塾に通ったりと、新たな学生生活を過ごしている。
ちなみに僕は塾に通っていない。授業を聞けば国語と歴史以外は一発で理解できるし、忘れない。逆に国語は授業で習ったことがテストにあんまり出てこないし、歴史は人名をまったく覚えられないのでいつも赤点ギリギリだ。元々脳がそのようにできているので、塾に行こうが成績は変わらないだろう。
数学と英語はほぼ100点を取れるので、それで不利を補っている。数学は何度計算しても答えが変わらないのがいい。地に足がついていてとても安心する。全部の科目がこうだったらいいのに。
国語と歴史のテストを受けずに済むにはどうしたらいいだろうかとありすに尋ねたら、クスクスと笑いながら冗談を言われた。
「じゃあ将来は私と一緒にオックスフォード大学でも行く? 少なくとも国語と日本史は勉強せずに済むわよ?」
「騙されないぞ。どうせ英語で『このときの花子は何を考えていたのか答えろ』って訊いてくるんだろ?」
そう冗談で返すと、アリスはお腹を抱えてコロコロ笑っていた。
馬鹿笑いしても可愛らしく見えるんだから、美人って得だな。
「……そうか、友達と遊ぶか。それはいいことだね」
EGOさんがしみじみと言ったので、僕は首を傾げた。
「いいことなんですか?」
あまり実りある時間には思えないのだが。
ゲームで対戦したり、にゃる君がナンパに失敗したりするのを眺めたりするよりは、資料を読み耽ったりアプリ制作のバイトしたりする方が断然有意義ではないだろうか。
だがEGOさんはそうではないと言う。
「いいことだとも。友達とへとへとになるまで遊ぶなんて、学生時代しかできない体験だからね。勉強したり仕事したりなんて、大人になれば嫌でもやらなきゃならないんだ」
「大人は学校を卒業しても勉強するものなんですか?」
僕の疑問に、ミスターMが答えてくれる。
「しない人もいるね。だがした方がいい。世界はいつも変わり続けている。それに合わせて勉強して、情報をアップデートし続けなければ、あっという間に世界の進む速度から取り残されてしまうよ。バカになりたくなければ、常に世界に追いつく努力をすべきだ。それは私たち学術やエンジニアの世界に身を置く者に限ったことではないよ」
「だけど、そんなめんどくさいことを学ぶのは大人になってからでもいいんだ。何のてらいもなく友達と遊ぶことは今しかできない。それもまたひとつの勉強だよ。だからひぷのん君、正直私とミスターMは安心しているんだよ。キミに友達ができて良かった。私たちはキミに知識を教えることはできても、一緒に遊ぶことはできないからね。どうか、その友達を大事にしてほしい。たとえきっかけが催眠術であったとしても」
お父さんと似たようなことを言うんだな、と思った。
にゃる君に催眠をかけたあの日、お父さんは僕だけを書斎に呼ぶと「本当はケンカをしたんだろ?」と訊いてきた。
僕はもちろんケンカなんてしてないと答えたが、ケンカしてないなら腹なんか何度も打たないだろとお父さんは笑った。
そしてこう言った。
「父さんは別にケンカしたことを責めてるわけじゃない。お互いに庇い合っているようだし、仲直りはできたんだろう?」
僕が頷くと、お父さんは嬉しそうに笑った。
「それはよかった。お前にもやっとケンカできる男友達ができたんだな。その友達を大切にするんだぞ。お前の世界は深い霧に包まれているが、友達と過ごす日々はきっとお前の中の霧を晴らしてくれるだろう」
そして、話はそれだけだと言って、お父さんは棚からとっておきの洋酒を取り出して美味しそうに飲んだ。
お祝いごとがあったときにしか開けない、特別なボトルだった。
……やっぱり夏休みは、にゃる君と過ごす時間を増やしてみようかな。
「でもそんなこと言って先輩、その被検者の男の子がいてくれたら自分がストッパーになる負担が減るとか思ってるんでしょ?」
「……それは言わない約束だよ……」
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