82 会談
「よくやった! よくやったぞノエル!」
「助かった! これで戦犯扱いされずに済む!」
「ありがとな! 本当にありがとな!」
試合が終わった後、私は先輩たちにもみくちゃにされることになった。
引き分けのはずなのに、まるで勝ったかのような盛り上がり。
それだけ、剣聖相手に負けなかったのが誰も予想していない大戦果だったということだろう。
私が演習場の魔術障壁に亀裂を入れちゃったせいで、運営の人たちはいろいろ大変だったみたいだけど。
それも、近年稀に見る盛り上がりを見せた御前試合の印象的な出来事として好意的に受け止められた様子。
「戦犯にならずに済んだ礼だ。なんでも奢ってやるよ」
「ほんとですか!」
連れて行ってくれたのは王都にあるステーキで有名なお店。
お高いお肉をご馳走になって私は幸せいっぱい。
たくさん食べて楽しい時間を過ごした。
ああ、赤身に雪のように散る霜降り!
なんでこんなにおいしいのっ!
とろとろのお肉が消耗した身体に染み渡っていくのを感じる。
「追加お願いします!」
「ま、まだ食べるのかお前……」
「え? まだ腹四分目くらいですけど」
「…………」
何より、私の頬をゆるめてくれたのは自分の魔法が剣聖にも通用していたという事実だった。
剣聖は雲の上を通り越して遙か彼方の存在。
小さい頃から知っている王国史に名を残す偉大な騎士。
思いだしても信じられなくて、夢でも見てたんじゃないかって疑ってしまいそうになるくらい。
……いや、むしろこれ本当に夢なのでは?
「お前って変に自己評価低いところあるよな」
そう話すと、先輩はやれやれ、と笑って私に言った。
「練習の時からできるやつだとは思ってたけど、今日のは本当にすごかったよ。剣聖相手に一歩も退かず最後まで勝ちを目指して前に出てた。俺も魔法に人生の多くを捧げてる一人だからわかる。お前が、どれだけ多くの時間を魔法に注ぎ込んできたのか」
それから、真面目な顔で先輩は続けた。
「もっと自分を認めてやってもいいんじゃないか? 少なくとも、俺はお前のことすごいやつだと思ってるよ」
そんな風に言ってもらえると思ってなくてびっくりする。
王宮魔術師団に来る前は、役立たずとか、才能ないとか、ずっと言われてたから。
褒めてもらえることも増えたけど、まだ慣れなくて。
本当に私のことなのかなって信じられずにいる自分も少しいて。
でも、だからこそうれしい。
王宮魔術師団に入れてよかったと心から思う。
あそこで拾われてなかったら、こんな気持ちには出会えなかっただろうから。
拾ってくれたあいつに感謝しなきゃ。
今はここにいないあいつのことを思いだす。
二人で勝ち取った引き分けでしょ、と何度も誘ったのだけど、用事があるらしくルークは来られなかったのだ。
折角奢ってもらえるチャンスだったのに、勿体ない。
そういえば、いったい何の用だったんだろう?
ルークが私の誘いを断るのも、思えばあまりないことのような気がするし。
幸せな時間の中で、ふと首をかしげる私だった。
◇ ◇ ◇
同時刻。
ルーク・ヴァルトシュタインは正装に着替え、鏡の前で襟元を整える。
戦場に向かうかのような面持ちで向かったのは大王宮。
庭園を歩きながら、彼女と踊ったことを思いだす。
まるで世界に二人きりみたいに感じた夜のこと。
小さな手。
弾んだ声。
息づかい。
あたたかい体温。
それは他の何にも代えられない幸せな時間だった。
彼女の隣にいられるなら、どんなことでもする。
そう心から思ってしまうくらいに大切な存在で。
抱える『危うさ』に自分でも気づきながら、それでも他の気持ちを僕は知らなくて。
だから、失敗は絶対に許されない。
「お待ちしておりました、ルーク様」
恭しく頭を下げる執事長。
舞台を用意したのは自分だ。
内通している貴族に作らせた対外的には存在しない会談。
準備は想定していたよりずっと順調に進んだ。
難航することを予期し用意した次善策はすべて使われることなく終わった。
望んでいたとおりの状況。
しかし、そこにある作為の気配に彼は気づいている。
おそらく、ここまでは向こうも望んでいた展開。
こちらの意図を理解した上で、正面から向き合おうと言うのだろう。
一介の魔法使いではとても太刀打ちできる相手では無い強大な存在。
第一王子殿下――ミカエル・アーデンフェルド。
「それでは、始めようか」
しかし、怖いとはまったく思わなかった。
それはきっと、格上の相手にも臆さず立ち向かう誰かの姿をずっと傍で見てきたから。
現実主義で長いものには巻かれるのが本来の自分の気質で。
だから、無鉄砲さも勇気も、君からもらったもの。
怖いのは、彼女の傍にいられなくなることだけ。
隣にいるためなら、どんな相手にだって立ち向かう。
ルーク・ヴァルトシュタインの目に迷いはない。
会談が始まる。






