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76 彼の理由


 ルーク・ヴァルトシュタインは王宮内に独自の情報網を持っている。

 王国貴族社会に存在する不正と癒着――これを弱みとして握ることで、自身の協力者として使えるようにした貴族たち。


 だからその日の朝行われた第一王子ミカエル・アーデンフェルドと三番隊隊長ガウェイン・スタークの会談についてもある程度の情報をつかんでいた。


 要点は大きく分けて三つ。


 三番隊に所属する白銀シルバー級魔術師、ノエル・スプリングフィールドを御前試合の出場者として選考したこと。


 第一王子はノエル・スプリングフィールドの実力と将来性を高く評価し、その成長に最も適した環境で彼女を育成すべきだと考えていること。


 そして彼女の将来を考えると、王宮魔術師団ではなく王の盾(キングズガード)で経験を積ませた方が良いという考えを持っていること。


「ノエル・スプリングフィールドの王の盾(キングズガード)選抜に向け、既に少なくない人数が動いています。おそらく御前試合の後、一ヶ月以内には内示が出るのではないかと」


 報告を聞いたルークは、自室で深く息を吐く。


(動きが予想以上に早い)


 恐れていた事態。

 王家直属の特別部隊――王の盾(キングズガード)への異動。

 それはすなわち、王宮魔術師団に所属するルークとの相棒バディとしての関係も解消されることになる。


「悪い。止められなかった」


 会談を終えたガウェインは言った。


「いえ、気づかっていただいてありがとうございます」

「お前のためじゃねえけどな。若くして注目を集める平民出身の魔法使いとなると、保守派の貴族の中にはよくない感情を持っている者も少なくない。王の盾(キングズガード)所属になればそういう貴族とも近い距離で働かなければならなくなる。一年目のあいつにはまだ早い。それだけのことだ」


 ガウェインは続ける。


「残念だがおそらく、あいつの王の盾(キングズガード)行きは既に事実上決まっている。王子殿下のご意向だ。一介の魔法使いがどうこうできる状況じゃない」


 ルークを一瞥して言った。


「それでも、お前はあきらめないんだろ」

「そうですね。やりようはあると思ってますよ」

「何をする気だ」

「王子殿下の動向から推測するに、その望みは成長に最も適した環境をノエルに提供することです。だったら、僕の隣がそうであることを示せば良い」


 ルークは言う。


「御前試合。僕が協力することによって、王子殿下の想定を超える戦いを見せれば、この状況をひっくり返すことができる。その可能性がある」

「なるほどな。まだ真っ当な方向で安心した」

「どういう方向だと思ってたんですか?」

「あいつをさらって、地の果てまで逃げるとか」

「しませんよ。僕はノエルの幸せを何よりも願っているので」


 肩をすくめてからルークは続けた。


「もっとも、こういうのが気に入らない人もいるみたいですけどね」

「大分危なっかしいからな、お前」

「でも、今回は言われた通り自分の幸せのために行動するつもりです。あいつの隣にいるために。王子殿下が相手だろうと絶対に譲らない」

「そうか」


 ガウェインは目を細める。


「思う存分やってこい。悔いは残すなよ」


 うなずきを返しながら、僕は自分の嘘に気づいている。

 彼女を失えば、それがいかなる形でも後悔せずにはいられない。


 それはどんなに努力したところで、達成感や満足感では絶対に充足できないことで。


 だからこそ、全力を尽くすんだ。


 他の何よりも大切なたった一つ。

 代わりなんてないことを知っている。


 誰が相手だろうと絶対に譲らない。


(さて、何から始めるか)


 おそらく、彼女は御前試合が決まって動揺していることだろう。

 王国史上最強の騎士と称えられる剣聖が相手となると、力の差は歴然。


 あまりにも格が違いすぎる。

 戦う前から気持ちで負けてしまうのが自然なことだ。


 だけどそれでは、勝負にさえならない。

 戦えない。


 問題は、その壁をどうやって乗り越えるか。


 策を練るルーク。

 執務室の扉が開いたのはそのときだった。


 入ってきた彼女は真剣な顔でルークに言う。


「御前試合勝ちたい。協力して」


 予想外の言葉に少し驚いて、


(まったく、君は本当に……)


 漏れそうになる笑みを噛み殺す。

 持っていた紅茶を置いて言った。


「任せて」


 目の前にあるのはあまりにも高い壁。

 誰も彼女が勝てるなんて思ってないし、ルーク自身も厳しい戦いになることを理解している。


 それでも、あきらめる気はまったくない。


 絶対に譲れない、何よりも大切なたったひとつ。

 彼女の隣にいるために。


 剣聖だろうが、王子殿下だろうが、立ち塞がるなら迎え撃つだけ。


 ルーク・ヴァルトシュタインはそう決めている。



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