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59 白銀級


「ねえ、ノエル。玄関の前で貴方がドラゴンと話しているのを見た気がするんだけど……」


 目が覚めて困惑した声で言うお母さんに、私は言った。


「何それ? 夢でも見てたんじゃない?」

「そ、そうよね! よかった。やけにリアルな夢だったのよ。お母さんもうびっくりしちゃって」


 事態の隠蔽に成功して、ほっと息を吐く。


 ドラゴンさんの訪問から全力で目をそらし、なかったことにして私は日常に戻った。


 折角ご厚意でいただいたものだから、と一応特級遺物の呼び笛は持ち歩いている。

 携帯せずにお母さんがうっかり吹いちゃったりしたら、大惨事だしね。


 つまり、今の私はいつでもドラゴンさんを呼び出せる状態。

 そう考えるとなんでもない日常がちょっと楽しい。


 表の姿は駆け出し王宮魔術師。

 でも、その正体はドラゴンを呼び出せる最強魔法使いみたいな!


 特殊なシチュエーションに少しわくわくしつつ、王宮魔術師としてお仕事をする日々。


「お前、白銀シルバー級に昇格な」


 ガウェインさんに言われたのはそんなある日のことだった。

 狂化状態の飛竜種から町を守ったのが評価されてのことだと言う。


 手当が付いてお給料が上がるとのこと。

 その上、ガウェインさんから個人褒賞までもらえてしまった。


 ありがたい……ありがたすぎるよ、ホワイト労働環境!


「つ、次はもう少しゆっくり昇格してもいいからな?」


 そう封筒をくれるガウェインさんの声は少しふるえていた。

 きっと部下の私が早く成長してうれしいんだろう。

 よし、次ももらえるようがんばらなきゃ!


 意気込んでから、ひとつ気になることがあるのを思いだす。

 それは、負けたくないライバルであり親友のこと。


「もしかして、これって歴代最速だったりします?」


 王宮魔術師として第五位の階級、白銀シルバー級。

 千人近い王宮魔術師の中でも、人数的には上位十パーセントに入る階級。


 さすがのあいつも、この早さなら――


 期待に胸を弾ませて聞いた私に、ガウェインさんは言った。


「歴代二位だな。一週間差で二位」

「薄々気づいてましたけど、ルークってどうかしてますよね」

「みんなお前も負けないくらいどうかしてると思ってるけどな」


 ガウェインさんはあきれ顔で言う。


「とはいえ、短期間での昇格自体は過去にもいくつか例がある。王宮魔術師団は身分や年齢よりも実力を重んじる組織だ。図抜けた実力者が短期間で白銀シルバーまで昇格した例は過去にもいくつかあるし、聖宝メイガス級になるような連中は大体そういう道を辿る」

「ガウェインさんも昇格早かったんですか?」

「当時の記録は更新した。とはいえ、王宮魔術師団も昔は貴族主義や年功序列の空気が残っていたからな。風通しが良くなるにつれ、昇格がしやすくなる部分もあるから記録が更新されていくのも自然なことではあるんだ。俺が先輩たちより優れているわけじゃない。むしろ上の世代の人たちの方が優れてると俺は思ってるよ」


 なるほど、早さがそのまま実力というわけではなく、その時代の空気や状況も昇格速度には影響するものらしい。


 考えてみると、私もたまたま昇格につながるような仕事に恵まれたのが大きかったもんな。


 調子に乗らず、謙虚に地道にがんばっていかなくちゃ。


「とはいえ、上に行くにはここからが大変なんだがな」

「そうなんですか?」

黄金ゴールド聖銀ミスリル、そして聖金アダマンタイトへの昇格はそれまでに比べてずっとハードルが高いんだよ。ルークのやつもここからは結構かかってるしな」

「たしかに、言われてみれば」


 ルークが聖金アダマンタイト級に昇格するまでには二年半以上かかっている。

 それでも最年少記録だし、王国中で話題になるようなすごいことだけど。

 でも、ここまでの早さを考えると、その難しさを感じずにはいられない。


「大事なのは焦らないことだ。時間のかかる時期は誰にでもあるし、焦って自分を見失えば泥沼にはまる。ゆっくりで良い。少しずつで良い。昨日の自分より一歩でいいから前に進めるように取り組んでいくのが最良だと俺は思ってる。あとは、自分に厳しくしすぎないことだな」

「え? でも自分に厳しい方がいいんじゃないんですか?」


 ストイックに自分を追い込んで取り組んだ方が成果も出るような気がするのだけど。


 見上げる私に、ガウェインさんは言った。


「厳しいのは良いことだが、危険な部分も含み持っている。厳しすぎるのは最悪だ。続かないし、必ずいつかその代償を払うことになる。一番強いのは楽しめるやつだ。楽しんで継続できるやつは、結果的に人より多く積み上げることができるんだよ」

「楽しんでいいんですか? 仕事なのに?」

「お前は誰よりも楽しんでるように見えるが」


 ぎくり。

 私は固まってから、あわてて言う。


「い、いや、真面目にやってるんですよ。でも、魔法は好きなのでやっぱり楽しくなっちゃうところはあるというか」

「いいんだよ。楽しんでそれでいい。その気持ちがお前を良い魔法使いにしてるんだと俺は思ってる」


 ガウェインさんはにっと笑って言った。


「何より、一度きりの人生なんだ。仕事だって前向きに楽しみながらやる方が絶対いいだろ?」


 楽しんでいいんだ。

 その言葉を私は大切に受け止めた。


 他の何よりも大好きだった魔法。

 憧れだった王宮魔術師。


 思いきり楽しんで、楽しみ抜いて、

 もっともっと優秀な魔法使いになって、あいつをびっくりさせてやる!


 よし、やってやるぞ!


 意気込みを新たに、張り切ってお仕事に励む私だった。



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