48 竜の山
「竜の山における霧の異常発生?」
厳格な両親に内緒でBランクの冒険者としても活動しているニーナは、その調査のためにこの町に滞在しているらしい。
「そう。原因不明の白い霧が出ていて、冒険者ギルドでも入山規制がかかっているの」
竜の山は西部国境の先、未開拓地にある。
難度7。Cランク以上の冒険者しか入れないこの場所は、希少な薬草や魔鉱石が採れることで有名だった。
とはいえ、登頂していいのは第二層と呼ばれる下層の地点まで。
そこから先に進むことは厳しく禁じられている。
かつてこの山の最上層に挑んだSランク冒険者は言った。
この山には、人間が挑んでいい相手じゃない怪物がいると。
飛竜種。
西方大陸における最強の生物。
その一体が棲まう山として、彼の地は竜の山と呼ばれている。
「霧の発生源は何なのか。人為的な犯行の線もあると考えて、冒険者ギルドはこの辺りで最も優秀な冒険者たちに声をかけた。特別チームが編成されてのクエスト。私もそれに誘われてここにいるんだけど」
「そんなチームに誘われたんだ。すごいね、ニーナ」
「他の人はみんなAランク以上でちょっと肩身が狭いけどね」
ニーナは照れくさそうに微笑んでから言う。
「でも探索の結果、見つかったのは大型の魔物が食い散らかされた跡だった。本来もっと上の階層にいるはずの魔物の死骸が第一層で何体も見つかったの。死体を検証して、私たちは捕食者を推測した。深く食い込んだ巨大な爪の跡と、骨を砕くまで数十回にわたり繰り返しつけられた牙の痕跡。捕食者はさらに大きな体躯を持ち、狂化状態にあると私たちは結論づけた」
「まさか――」
「狂化状態の飛竜種が第一層まで降りてきてる。私たちはそう考えてる」
絶句せずにはいられなかった。
狂化状態の魔物は見境なく周囲のすべてを攻撃する。
飛竜種は状態異常に強い耐性を持っているから、狂化状態になんて普通はならないはずなんだけど。
でも、現実としてなってしまっているとしたら――
町や都市どころか、西部地域そのものが消し飛ぶような事態にさえなりかねない。
「避難勧告は出さなくていいの?」
「今、出してもらう方向で動いてる。周辺の私設騎士団や自警団にも協力をお願いして、集まってもらってるところ」
「王宮魔術師団にも声かけてみるよ。ちょうど今日、西部での遠征に向け出発してるはずだから。同行してる王立騎士団も駆けつけてくれると思う」
「そんなことができるの……!?」
ニーナは驚いた様子で瞳を揺らす。
「冒険者の要請で動いてもらえるような組織じゃないのに」
「遠征に出てる小隊のトップは私の親友だから。これだけの緊急事態だし、すぐに動いてくれると思う」
「ありがとう。本当に助かる……!」
前のめりになって言うニーナに、王宮魔術師をしててよかったな、と思う。
コップのお茶が波紋を作ったのはそのときだった。
大地がかすかに振動している。
外から、町の人たちの声が聞こえた。
窓の外を見る。
人々はあわてた様子で東の方へ走っていく。
「あの、お金ここに置いておきますね!」
店主さんに言って、ニーナと外に出た。
近くにいた一人に声をかける。
「何があったんですか」
「飛竜種が! 西の森に飛竜種が出たんだ! 君たちも早く逃げろ! 死んじまうぞ!」
ニーナと顔を見合わせる。
「王宮魔術師団に救援要請をしてくる。ニーナは?」
「町の外に出て、救援が来るまで時間を稼ぐ」
「危ないよ! 相手は飛竜種だよ!」
ニーナは立派に大人になっていて。
だけど私の中ではやっぱり昔の彼女が感覚的に残っている。
いつも私の後ろに隠れていたニーナ。
ドラゴンと戦うなんて危ないことできるとは思えなくて。
だけど、そこにいたのはもう私が知らない彼女だった。
「言ったでしょ? こういうとき、みんなを守れる私になりたくて、私は冒険者をしてるって」
それから、にっこり笑って言った。
「究極最強魔法使いの一番弟子な私が、ドラゴンなんてやっつけちゃうから。任せて」
すごいな、と心の底から思った。
勝てる相手じゃないかもしれない強大な怪物に対して、他の誰かを守るために自ら一番危険な最前線に立つなんて。
かっこいい。
本当に、尊敬せずにはいられない。
ニーナと別れてから、冒険者ギルドの通信用魔道具で王宮魔術師団の遠征先に連絡する。
通信が繋がるまでしばし時間がかかった。
ルークはすぐに行くと言ってくれたけど、組織を動かすとなるとどうしても時間がかかってしまうはずだ。
救援が到着するまで、持ちこたえないといけない。
今、この町にはお母さんもいる。
確実に守り切るためにはどうすればいいか。
答えは簡単だった。
事態の元凶である飛竜種を止めればいい。
私みたいになりたいと言ってくれたニーナ。
二代目究極最強魔法使いがみんなを守るために戦うと言っているのだ。
初代である私が行かないで誰が行くんだっての。
転がるように逃げる人の群れの中を、逆方向へ走る。
待ってて、ニーナ。
初代だって負けてないんだってところを見せてあげるんだから。






