235 幻想
叙任の儀が終わり、名実ともに王の盾の筆頭魔術師になった私だけど、仕事の内容はそれまでとほとんど変わらなかった。
細かい書類仕事や手続き、護衛任務の際の配置などの一切をサヴァレンさんに任せて、私はミカエル殿下に同行して警護の任に当たった。
お飾り感があるのは否めない部分があったし、むしろそう言われて当然だったとも思っている。
(だとしても、私は求められる役割を果たすだけ)
筆頭魔術師として殿下に同行しながら、私はその場に応じて期待される役割を果たそうと取り組んだ。
状況から判断して、最適な行動を取るのは私の得意分野だ。
威厳と風格が求められる場では、威厳と風格を出せるように努めた。
言葉数を少なくし、ボロを出さないように意識して、すごい魔術師だと錯覚させるような振る舞いを意識した。
魔法技術の高さを示すことが求められる場では、相手に応じて効果的な魔法を選んで披露した。
大きかったのは、殿下が私の得意分野に持っていける状況を作ってくれたことだ。
ミカエル殿下は魔法に関しても豊富な知識を持っていて、言葉巧みに私の得意な魔法が使えるように誘導してくれた。
私は何も考えず得意な魔法をぶっ放すだけでよかったし、得意分野の知識を披露して「なんでも知ってますけど」みたいな顔をしているだけでよかった。
接する時間が短い中で、相手の見せていない部分を見通すことはできないから。
苦手分野や隙を見せなければ、自然に形作られるのは理想化された余白。
相手の心に実像よりも優れた幻想を作ることができる。
「ノエルさんは王宮中の人から魔法の神のように尊敬されている、一億年に一人の逸材なのですね」
元老院議員さんの言葉に、私は白眼を剥きながら立ち尽くした。
幻想があまりにも大きくなりすぎている。
良心の呵責がすごい。
殿下はいったいどんな説明をしたんだ。
「ミカエル殿下が言ってましたよ。ノエルさんを見ると、魔術師たちは纏う魔力の気配の尊さに感動して涙を流さずにはいられない、と。熱心な信者も多くいて、一日に十一回ノエルさんがいる方角を見て礼拝しているんですよね」
私ではないやばい存在が元老院議員さんの瞳に映っていた。
こんな話を信じさせる殿下の話術が、一番おかしいと強く主張したい。
しかし、殿下が作り上げたイメージ通りの優秀な魔術師として振る舞うのが、私の仕事である。
私はか細い声で「ソウデス……」と応えた。
「私生活も完璧で、若い女の子たちが憧れずにはいられない丁寧な暮らしをしているんですよね。毎朝、ベランダの花に微笑みながら水をやって、月の魔力で育てるハーブティーを飲んでいると聞きました」
魔法の本を読んで夜更かしした後、魔導式目覚まし時計の七回目のベルでなんとか起きてから、買ってたのを忘れて消費期限が切れたパンを食べた今朝の自分を思いだした。
私はか細い声で「ソウデス……」と応えた。
「魔法の道を究めるために食べ物にもこだわっていて、常に栄養バランスに気を使っているんですよね。揚げ物は衣を剥がして食べ、間食はせず、就寝する五時間前から一切の食事を摂らないと心がけているとか」
魔法の道を極めたいけど、ごはんは好きなように食べたくて。
栄養バランスは一切気にせず揚げ物も食べたいだけ食べ、間食も大好きでお腹いっぱいになったらすぐに寝ている普段の自分が頭に浮かんだ。
私はか細い声で「ソウデス……」と応えた。
殿下が作り上げた、空想上の私に脳を焼かれた元老院議員さんとの会話の後、私は殿下に抗議をした。
「帝国貴族さんの私に対する評価がやばくて怖いです」
「高く評価されている。良いことじゃないか」
「あれもう私ではなく、空想上の生き物ですから。実態と違いすぎて、自分が残念に思えて悲しくなりますから」
私の言葉に、殿下はにっこりと目を細めた。
「その反応が見たくてやってるところがあるからね。これからも面白い反応を期待してる」
なんてやつだ。
鬼畜外道だ。
王子じゃなかったら武力行使で黙らせられたのに、と悔しく思いつつ殿下に同行を続けた。
ある日の会談で、元老院議員さんは言った。
「元老院最高議長が殿下に会いたいと仰っていまして」
殿下は「光栄です」と微笑んだ。
三日月のように弧を描いた口角には、状況が計算通りに進んでいる喜びが含まれていた。






