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230 迎賓館での決闘


 迎賓館の東にある芝生の上で、私は三人の帝国騎士と向かい合っていた。


 周囲では少なくない数の人たちが視線を向けている。


 王室の関係者さんたちと元老院議員のカシウスさんに同行している人たち。


 王の盾(キングズガード)の魔術師さんと騎士さんたちも少し離れたところから見つめている。


 試されているような、測られているような視線。


 しかし、今の私はそうした彼らの視線が不思議なくらい気にならなかった。


 そんなことよりもずっと大切なことが私の中にはあった。


(今までよりも良い魔法が使えるかもしれない……!)


 可能性への期待。


 はやる心をおさえて、意識を集中する。


(大切なのはイメージ)


 考えすぎてもいけない。


 むしろ考えずに身体と感覚に任せることが大切。


 無意識の力を信じる。


 力を抜く。


 目の前にいるのは三人の帝国騎士。


 しかし、それよりもずっと強い化物じみた相手をイメージする。


 カシウスさんの部下が鋭く言葉を放つ。


「――――始め!」


 三人の騎士が私に向けて地面を蹴る。


 刃の代わりに薄く広がった金属でできている訓練用の剣。


 しかし、当たれば無傷では済まないし、当たり所によっては命を失う可能性だってあるかもしれない。


 気を抜くことはできない。


 実際よりもずっと強い敵をイメージする。


 私ではとても勝てない力を。


 とても敵わない速さを。


 いつもよりも素早く展開する魔法式。


固有時間加速スペルブースト


 瞬間、景色の動くそのスピードに私は息を呑んだ。


(いつもより遅い)


 初めて試すやり方だったからこそ、魔法式の精度にブレが生じてしまったのだろう。


 鋭い一閃は想定より速く振り抜かれる。


 全神経を集中してなんとかかわす。


 しかし、着地したときには既に二人目の騎士による追撃の一撃が振り抜かれている。


(やられる――!)


 対応しきれない攻撃。


 迫る敗北に呼吸の仕方を忘れつつ起動した魔法式は、いつもよりも鮮やかに光を放った。


 次の瞬間、私はかわせないはずの攻撃をかわしている。


(教国の大聖堂で戦ったときの感覚)


 極限状態で見つけた何かがそこにはある。


 三人の騎士が連携して放つ連続攻撃。


 上段と下段を同時に裂く攻撃を間に飛び込んでかわす。


 私の動きは結果的に緩急をつけたものになった。


 ゆるやかなものから突然速くなったことで、帝国騎士は一瞬私を見失う。


 目を見開いて辺りを見回してから、背後にいる私に気づいて慌てて飛び退いた。


(いつもより速く動ける)


 手応えと驚き。


 しかし、帝国騎士は私の感慨を待ってはくれない。


 三人の騎士が地面を強く蹴る。


 筋肉の収縮。


 無呼吸での一閃。


 瞬きの間に振り抜かれる三人の剣撃。


 しかし、既に私はその場所にいない。


 彼らのすぐ後ろで浮いている。


 視界から消えるための緩急をつけた動き。


 身体が軽い。


 伸びた髪の一房も切られないように動けるくらいにすべてが見えている。


(思っているよりも私、できるのかも)


 積み上げてきたものが結びついて、たしかに私の力になっている。


 空も飛べるんじゃないかと思えた学生時代よりも、もっと高く飛べるような――


 鮮やかに光を放つ魔法式のきらめきに目を細めた。


(――楽しい!)






 ミカエル・アーデンフェルドは小柄な魔法使いを見つめている。


 まばたきもせず、その一挙手一投足をひとつも逃さずに捉えようとしている。


 そこにあるのは興奮だった。


 予想と想像を超えてくる唯一の存在。


 攻撃魔法を使わず、ただ攻撃を回避しているだけ。


 にもかかわらず、その動きには帝国騎士を寄せ付けない力の差が感じられた。


 ただ速いだけではない。


 緩急を付けることで視界から消える巧妙さも持ち合わせている。


 近いものは剣聖との御前試合でも見せてはいた。


 だが、重ねた経験は明確に彼女を上の世界に引き上げている。


(私の助言に対してここまでの適応――)


 美しい魔法式の残滓が空気中に舞う。


 目にも留まらぬ動きに、王の盾(キングズガード)の魔術師たちが息を呑む。


 舞う魔法式の残滓を呆然と見つめている。


 元老院議員カシウスが口を引き結ぶ。


 高い練度で知られる帝国騎士の評判を考えるとあってはならない事態。


 小さく手を動かした。


 何らかの指示を送っているように見える。


 その意図をミカエル・アーデンフェルドは瞬時に予測する。


『“あれ”を使いなさい』


 帝国騎士が目を見開く。


 しかし、それはほんの一瞬のことだった。


 周囲からは見えない小さな動きで、懐の何かを起動する。


 帝国騎士の動きがその速度を増す。


「ここまでは余興です。こちらも本気でいかせていただきますよ」


 淡々とした声で言うカシウス。


 おそらく、何らかの迷宮遺物を使ったのだろう。


 目の前の光景に、見ていた王の盾(キングズガード)の一人がか細い声を漏らした。


「速すぎる……なんだ、あれ」


 彼の言葉は正しい。


 その場にいた魔術師たち全員が感じていたことだったと言ってもいいだろう。


 それは明らかに過剰な攻撃だった。


 化物じみた速度の帝国騎士が、ノエルを追い込む。


 攻撃魔法を封じられた状態。


 集団による一方的な攻撃。


 近距離戦闘が苦手な職種である魔術師に対するものとしては明らかにやりすぎている。


 攻撃が当たり始める。


 かわしきれない。


 対応し切れていない。


 剣撃がノエル・スプリングフィールドの髪を一房切り飛ばす。


 宙を舞う。


 王宮魔術師団の制服の裾が切り裂かれてはためく。


 前面からの攻撃に懸命に対処している中で、警戒が甘くなった斜め後ろから、背後に回った騎士がノエルに向けて剣を振り下ろす。


 かろうじてかわすが、それが精一杯だった。


 受け身も取れずに転倒する。


 石粒が頬を裂く。


 赤い線から血の雫が伝う。


 無防備な背中。


 崩れた体勢。


 飛びかかる帝国騎士に、ノエルが展開したのは魔法障壁だった。


 物理攻撃を防ぐことに特化した障壁は簡素なもの。


 騎士の攻撃を止めることはできず破砕する。


 しかし、砕けたと思ったその奥には次の障壁が展開している。


 一秒にも満たない時間の間に、ノエル・スプリングフィールドは七十を超える魔法障壁を展開している。


 息を呑む王の盾(キングズガード)の魔術師たち。


 同じ魔法の道を歩んできたからこそ、その異常さが彼らには鮮明にわかるのだろう。


 簡単な魔法とは言え、規格外の起動速度。


 魔道具師時代の過酷な労働環境で磨かれた業務遂行能力と並行処理能力。


固有時間加速スペルブースト》による単純作業の速さを活かして視界を覆う量の障壁を展開する。


(しかし、それではわずかな時間を稼ぐことしかできない)


 ミカエルは冷静に先の展開を予測している。


 彼の見立て通り、簡素な障壁は三桁を超えても数秒の時間を稼ぐことしかできなかった。


 障壁の残滓が舞う。


 十秒にも満たない間に、二百の障壁が破壊される。


 一人の騎士が障壁に空いた穴に飛び込む。


 するりと身をくぐらせ、訓練用の剣を無防備なノエルに向けて突き立てる。


 次の瞬間、ノエルはするりと身をかわして騎士の背後に回っていた。


(適応が追いついた――)


 ノエルの動きがその速度を増す。


 目で追うことも叶わない。


 懸命に追い立てる帝国騎士。


 一方的な攻勢。


 降り注ぐ剣撃。


 繰り返される突進。


 しかし、髪の一房にさえ触れられない。


 ノエルが小さく身体をずらす。


 一瞬前にいたその空間に騎士が剣撃を振り下ろしている。


 動きの先読み。


 攻撃パターンを予測しての対応。


 表情、視線、息づかい、癖。


 状況把握能力が捉える無数の情報のすべてから彼女は騎士の攻撃を完全に見切っている。


 背後から振り抜かれる剣撃を、独楽のようにくるりと回転してかわす。


 背中に目があるかのような空間把握。


 風の気配が触覚として機能している。


 騎士たちにはわずかな距離が無限のように遠く感じられた。


 すべてを知られているような錯覚。


 当てられない。


 何をしても当てられない。


 帝国騎士が動きを止めた。


 溜まりきった乳酸。


 疲労。


 肩で息をしつつ、かすれた声で言った。


「届きません。私では当てられない」


 その中心で、小柄な魔術師は荒くなった息を落ち着けていた。


 運動量は帝国騎士よりずっと多かったはずだ。


 しかし、まだ体力は残っているように見える。


 恐ろしいまでの持久力。


 適応能力による消費体力の最適化。


 吹き抜ける風が栗色の髪を揺らす。


 誰も言葉を発することができなかった。


 目の前の光景を呆然と見つめていた。





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チミっ子いげふんげふん 子柄だったのも幸いしたね……いい意味ですよ?
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