227 天才との戦い方
(ちゃんと送り出せてよかった)
ノエルが去った後の隊長執務室。
ルークは一人、安堵の息を吐いている。
最善の対応ができたかはわからない。
しかし、最低限彼女が余計なことを考えず前に進めるように背中を押すことはできた。
(次の問題は、これからどうするか)
執務室の机で資料を見つめながら思う。
(やられっぱなしでは終われない)
記憶に欠落があったとはいえ、ガウェインの一件で殿下に上を行かれたことは、ルークにとって単なる事実以上に大きな意味があった。
幼い頃から自分の先にいたミカエル・アーデンフェルド。
父が自分の目指すべき相手として提示した本物の天才。
気づいている。
頭脳の面で、自分の力はミカエル殿下には及ばない。
しかし、だとしても生憎それであきらめられるような性格はしていない。
負けず嫌いであきらめが悪いのは、僕も彼女と同じだから。
何より、現実は人々が思っているよりも複雑だ。
強いものが負けることもある。
勝率が1パーセントしかなかったとしても、その1パーセントを引けば勝つことはできる。
(これはガウェインさんの影響か)
背中を見てきた先輩を思い浮かべて口角を上げる。
自分ではとても届かない大きな敵。
本物の天才に一発入れて偽物の矜持を示す。
同時にそれは、国同士の諍いのような不純物によって、ノエルが大切な何かを失わないように守ることにも繋がる。
(ガウェインさんへの恩返しもできるしね)
余裕が無くて、今以上に独断専行や無茶をすることも多かった昔の自分。
嫌われて当然の態度を取っていたのに、まるで気にせずに扱ってくれた先輩。
多分、自分で思っていた以上に恩義を感じていたのだろう。
少なくとも、ノエルのことがなかったとしても、殿下と一戦交えようと計画するくらいには。
もらったたくさんのものを少しでも返すために。
殿下の上を行き、大切な人たちを守る。
ノエルが悲しむような事態にならないようにする。
(まずは殿下の行動を探ること)
今後の動きを予測するために資料を再点検し始めたときのことだった。
執務室の扉がノックされる。
扉を開けたのは意外な人物だった。
(うちの隊のイリス・リード)
魔導国で評判の天才と言われ、より困難で成長できる場所を求めてアーデンフェルドの王宮魔術師団に入った新人の一人。
王宮魔術師という仕事にまだ慣れている途上だけど、持っているポテンシャルに関しては他の若手魔術師とは比べものにならないものがあると感じていた。
巻き髪の彼女は鋭い目で真っ直ぐにルークを見つめる。
「ノエル先輩は王の盾に異動するんですか」
どう答えるべきか少しだけ迷った。
未確定の人事情報について伝えるのは褒められた行いではない。
しかし、同じ隊の後輩でありノエルを慕っている彼女ならいいか、と判断した。
「そうなる方向で進んでる」
「副隊長の席が空きますよね」
睨んでいるように見えるくらい強い意思が込められた目だった。
「君はなれないよ。経験豊富で優れた実績をあげている魔術師はたくさんいる。当面はミーシャ先輩を副隊長補佐に昇格させてしばらくの間動くことになるだろうけど」
「わかっています。私には経験も実績も足りない。だからこそ、厳しい環境に身を置きたいんです」
その言葉には、傲慢だった以前の彼女とは違う冷静な視点と本気の思いが込められているように感じられた。
ルークは少しの間彼女を観察するように見つめてから口を開く。
「どうしてそこまで焦ってる?」
「焦りますよ。戻ってきた先輩は魔術師として前よりも力をつけている。一方の私は、若いのに少しも伸びてない」
「そういう時期はあるものだ。君は魔術師として完成度が高い分、簡単に成長できる余地は少ない」
「だから焦ってるんです。私は天才じゃなくて早熟だっただけなんじゃないか。このまま置いて行かれるばかりなんじゃないかって」
イリスは言う。
「ノエル先輩を見ていると不安になるんですよ。この人ほどの好きが自分にはない。現実とうまくやれなくて逃げるために魔法に打ち込んでいただけだから。純粋なあの人と違って歪んだ私は半端なまがい物だったんじゃないかって」
その言葉は、ルークの心に小さくない波を引き起こした。
同じような思いを自分も感じたことがあったから。
いや、今もどこかでそういう風に思っているかもしれない。
偽物だなんて自分を卑下せずにはいられない理由がそこにあるのかもしれない。
「言いたいことはわかった。厳しい環境に身を置きたいんだろ。一番過酷な現場に送ってやる」
瞳を揺らすイリスに、ルークは言った。
「ノエルの代わりに僕の相棒を務めろ。天才との戦い方を教えてやる」






