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167 エピローグ2


 王宮魔術師団本部。

 一番隊隊長であり、中央統轄局局長《明滅の魔法使い》アーネスト・メーテルリンクの執務室。


 王国一の結界魔法使いが作った十八の魔法結界が張られた異様な空間を訪ねていたのは、銀髪碧眼の魔法使いだった。


 ルーク・ヴァルトシュタイン。


 三番隊第三席を務め、歴代最速記録を更新しながら昇格を続けてきた天才魔法使い。


「手紙でお伝えした件、検討してくださいましたか?」


 ルークの言葉に、アーネストは表情を変えずに言った。


「君には早すぎる。以前にもそう伝えたはずだが」

「たしかに、あのときはそうだったと思います」


 ルークはうなずく。


「しかし、あれから僕は次期聖宝メイガス級候補者の誰よりも結果を出してきた。犯罪組織《黄昏》を壊滅させ、ヴァイスローザ大迷宮の未踏領域攻略に参加し、アーデンフェルド王国に多くの迷宮遺物と魔導資源を供給できるパイプを作った。国別対抗戦では人間の魔法使いには無敗だったエステル・ブルーフォレストを倒し、《精霊女王》とも対等に戦った。加えて、先のヴィルヘルム伯の事件では、僕とノエルの貢献が大きかったことは理解していただいていますよね」

「たしかに、成果の上では申し分ないだろう。しかし、君の望みには相応の責任が伴う。王宮魔術師団の歴史上でも初めてのことだ。強い批判にさらされることもあるかもしれない。君が才能ある魔法使いだからこそ、大切に育てたいというのが私の意見だ」

「配慮していただいてありがとうございます。でも、僕にはあまり時間が無いんです」


 ルークは丁寧に言葉を選びながら理由を話す。

 その中には、アーネストが知らない情報も含まれている。


 険しい目でルークを見つめて言った。


「一歩間違えれば君はすべてを失う。それでもやらせてほしい、とそう言いたいわけだな」

「失うことは少しも怖くないですから。元々欲しいものでもなかったですし。ただひとつ、絶対に失いたくない例外を除けば、ですけど」

「そして、そのひとつを失わないために君は私を動かそうとしている、と」

「そういうことです」


 アーネストは腕を組み、目を閉じる。

 張り詰めた空気。

 重たい沈黙が流れる。


「君の考えはわかった」


 アーネストは目を閉じたまま言った。


「検討する。そのときは覚悟をしておけ」






 ◇  ◇  ◇


 レティシア・リゼッタストーンは、いつもと違う何かをその日感じていた。


 毎日繰り返してきた日常業務。

 見慣れた景色。

 おそらく、今後思いだすことはない取るに足らないやりとり。


 しかし、そのすべてが不思議なくらいに新鮮に見える。

 まるで、よく似た別の世界に来たみたいに。


(本当に自分は恵まれている)


 改めてそう実感すると同時に、名残惜しいなんて身勝手なことを思ってしまう。


 すべて自分が望んだことなのに。


 報いも痛みも含めて。


 それでいいと確信を持って言えていたはずなのに。


(弱いな、私は)


 しかし、レティシアは首を振って前を向く。


 行いの責任を引き受ける。

 胸の痛みを堪え、平気なふりをして笑う。


 それが大人になるってことだと思うから。


「失礼します」


 相棒バディであり上官であるガウェインの執務室。


 分厚い資料に視線を落としていたガウェインは、レティシアが机においた封書を一瞥して、眉をひそめる。


「なんだ、これは」

「辞表です」


 レティシアは言った。


「王宮魔術師団を辞めようと思っています」






「理由を聞いても良いか」


 ガウェインの言葉にレティシアは小さくうなずいて言った。


「ヴィルヘルム伯に関する一連の不正事件について。取締局の情報を盗みだした上で、ヴィルヘルム伯が運営する孤児院への違法捜査を行っていました。加えて、孤児院の少女を眠らせて変身薬で成り代わり、ヴィルヘルム伯の邸宅へ侵入した。すべて社会と組織のルールを破った行いです」

「それも今回の事件を解決する上で必要なことだったと俺は考えている。全部俺の指示だと報告したからお前に責任はない」

「私が独断で行ったことです。聞かれた際には、虚偽の報告までした。背任行為以外の何物でもありません」

「どこから情報が漏れるかわからない状況ならそれも必要な判断だった。加えて、部下にそういう行動を取らせたことについては、俺に上官として責任がある」

「……………………」


 レティシアはしばしの間、顔を俯けてから言った。


「なんで貴方はそこまで誰かのために自分をなげうてるんですか」

「そんなに立派なもんじゃねえよ。気に入ったやつには余所に行ってほしくない。単にわがままなだけだ」

「でも、一番隊にいた私を副隊長に指名したのも、貴族達に潰されそうになっていた私を守ろうとしてですよね」

「……仕方ない。この際だから本当のことを話そう」


 ガウェインは静かに口を開いた。


「あれは冷たく細い雨が降りしきる夜のことだった。俺はある人物と会っていた。そいつは学生時代の後輩でな。表に出せない重要な案件を抱えていた」


 真剣な口調で続ける。


「あいつは俺の耳元に口を寄せて言ったんだよ。『寝てるだけで金が無限に入ってくるビジネスがある』と」

「…………は?」

「思慮深い俺は冷静に話を聞いて検討した。そして、その話に乗ることにした。いいやつだしまあ大丈夫だろう、と。寝てるだけで金が無限に入ってるとか最高すぎるしな」

「とりあえず『思慮深い』という言葉を作ってきた先人達に土下座してください」

「驚いたことに、それは詐欺だった。結果、俺は多額の借金を抱えることになった」

「そうなるでしょうね」

「俺はアーノルドさんに頼み込んだ。うっかり組織の金に手を付けてしまいそうだから、管理できる優秀なやつをくれ。こうして、元々同期で関わりもあったレティシアがうちに来ることになったわけだ」

「……現実が想像していた以上に残念で困惑しているんですが」

「つまるところ、俺は人を疑うのが苦手で誘惑に弱くて、一人では生きていけない人間なんだよ。だから、真逆の冷静でしっかり者の副官が必要なんだ」


 ガウェインはレティシアを見つめて言った。


「お前の居場所は俺が守る。どんなことをしても絶対に。だから、お前も俺のことを助けてくれ。俺にはお前が必要だ」


 レティシアは小さく目を見開く。


 部屋を沈黙が満たした。

 顔を俯けて、言葉を探して。


 それから、言った。


「わかりました。私で良ければ」

「これからもよろしくな、レティシア」


 ガウェインはにっと目を細めてから言う。


「早速ひとつ相談なんだが、『一日一時間あることをするだけで年収が二倍になる副業がある』って話があって俺は前向きに検討しているんだが――」

「断りなさい」




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