161 強行突破
隠し扉が開く。
赤い絨毯の敷かれた廊下。
私たちを取り囲む屈強な兵士たち。
数は十四人。
その一番後ろで、本物の横暴息子が嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「この俺を気絶させ成り代わるとは。簡単には殺さない。プライドを折り、徹底的に痛めつけて屈服させてやる」
あまりに先ほどのルークの演技そのままで、思わず感心してしまった。
「最優秀主演男優賞あげるよ」
「じゃあ、君は最優秀主演女優賞だね」
「やっぱり? 隠しきれない才能出ちゃったな」
これは、スカウトされて舞台デビューする準備をしておかないといけないかもしれない。
しかし、そんな小声での軽口も横暴息子には聞こえていない様子。
「ふるえて詫びて命乞いをしろ。自分たちだけで済むと思うなよ、お前の家族も両親も関係するすべての人間を社会的に抹殺して生きていけなくしてやる」
「僕の家にできるなら是非やってほしいね」
感情のない声で言うルーク。
「それより、確認しておきたいことがあるんだけど」
「なんだ? 怖くなったのか?」
「どうして魔法を封じる遺物を使わずにいるのか不思議でさ。使った方がいいんじゃない?」
「使わずに屈服させた方が絶望が大きいだろう。お前達は徹底的に痛めつけて屈従させてやらないといけないからな。希望を持たせてやらないといけないのさ」
「……ったく。折角罠を用意してたのに」
こめかみをおさえるルーク。
「そんなに恐ろしいか? 下等で下賤な盗人どもめ。力の差を思い知らせてやるよ」
嗜虐的な笑みを浮かべる横暴息子。
ルークは深く息を吐いてから言った。
「弱すぎて相手にならないから頭を抱えてるんだよ」
炸裂する電撃。
瞬きの間に、兵士たちは意識を刈り取られている。
気絶していることに気づかず立ち尽くす十四人の兵士たち。
その身体が次々と崩れ落ちていく。
(なんて術式起動速度……こいつ、腕を上げてる)
思わず息を呑んだ。
酷使していた体の療養による回復。
抱えていた負傷の完治。
そして、国別対抗戦でエヴァンジェリンさんと戦った経験がルークの力を引き上げている。
(……これだから天才様は)
あきれと共に、湧き上がってくるのは喜びの感情。
(ルークが帰ってきた)
今まで通りのムカつくくらいできるあいつだ。本物だ。
「ひっ、ば、化物ォ……っ!」
腰を抜かす横暴息子。
「遺物を起動しろ!」
周囲に控えていた兵士たちが遺物を起動する。
魔法が使えなくなって、しかしルークは落ち着いていた。
「さて、ここからが本番か」
「魔法なしで突破する方法を考えないとだね」
言いながら、私は妙案を思いついて口角を上げる。
「ねえ、良い方法を思いついたんだけど」
「良い方法?」
「うん。兵士さんたちを封じ込める最強の盾」
私の視線の先を確認して、ルークは納得した様子で「ああ、なるほど」とうなずく。
そこにいたのは腰を抜かした横暴息子だった。
悪い顔をする私たちを呆然と見上げて言った。
「へ?」
「おらおら! こいつがどうなってもいいのか! 道を空けろ!」
数分後、私たちは横暴息子を人質にして屋敷の外へ向かって進んでいた。
たじろぐ兵士さんたち。
この展開はまったく予想していなかったのだろう。
一定空間内で魔法を使えなくする特級遺物はあっても、人質を取られている以上、攻撃をすることはできない。
「ひ、卑怯な……」
「ふはははは! 勝てばいいんだよ、勝てば!」
高笑いする私。
完全に悪役の行動だったが、楽しいので気にしないことにする。
「お、おい! 絶対に攻撃するなよ!」
上ずった声で言う横暴息子。
「俺の命が最優先だ! 指示に従え! 道を空けろ! 空けるんだ!」
こちらの要望を全部受け入れてくれるので、ありがたいことこの上ない。
「いいよ、さすが最強の盾。ナイス説得っ」
小声で言うと、横暴息子は一瞬はっとしてから言った。
「ま、まあ俺も生き残らないといけねえし。必死でやるしかないって言うか」
「命を大切にしててすごいなって思う。なかなかできることじゃないよ」
「そ、そうか?」
少し戸惑った様子で言う。
最強の盾はそれからも大活躍だった。
横暴息子の上ずった声に、兵士たちは為す術無く後退していく。
その光景は、彼にそれまで経験したことのない何かを与えているように見えた。
「……俺、今まで何をやってもダメでさ。みんなにバカにされてるみたいな気がしてつらくて」
「そうだったんだ」
「他のやつを屈服させてるときだけは安心できたんだ。俺はこいつより価値があるって思えるから」
「それが理由であんな風な態度を」
「でも、遂に少しだけ向いていることを見つけたかもしれない」
頬を赤く染めて言った。
「俺、がんばるよ。三人で生きて帰ろうぜ」
「うん!」
感動のシーンだった。
思わず泣きそうになってしまったくらいだった。
つらい日々の先で、彼は生きる道を見つけたんだ。
敵だった相手との熱い友情。
やっぱりいいなぁ、と瞳を潤ませる私の隣でルークが小声で言った。
「人質ができることってなんだよ……」
「ルーク、そういうのよくないよ。生きる道を見つけるってすごいことなんだから」
「僕が間違ってるのか……?」
ルークは困惑していたけれど、間違ってるのは事実なので深くうなずいておいた。
「や、やめろ! 撃つな! ボクの命が最優先だ!」
「いいよ、ナイス演技。ふるえ声が最高っ」
怯えた演技で言う横暴息子を、小声で褒める。
「任せてくれ。次はもっといい演技をするから」
どんどんやる気になって演技に熱が入る横暴息子。
友情パワーで屋敷の出口がすぐ傍まで見えてきたそのときだった。
「そこまでだ」
立ち塞がったのはヴィルヘルム伯だった。
右手に小型の銃を持ち、その照準を手枷で拘束された女性に向けている。
藤色の髪。
すらりと長い手足。
いつも憧れていたその姿。
「そん、な……」
かっこいい大好きな先輩。
レティシアさんが人質としてそこにいた。






