159 地下室の黄金
隠し部屋の位置を探すには、いくつかの障害があった。
まずは、書庫の前で待機している執事さん。
「おい。中に入れ」
言って連れ込んだ書庫の中。
ルークの動きは速かった。
素早く後ろに回り込んで拘束し、口元を手で覆う。
起動する魔法式。
《誘眠魔法》
眠った執事さんを書庫の奥に隠す。
それから書庫を出て、廊下を探索した。
「誰かに見られても堂々と。僕らは父親の家を歩いているだけ。いいね」
「わかった」
小声で言うルークにうなずきを返す。
長い廊下を歩く。
兵士さんとすれ違うたびに心臓が止まりそうになった。
バレてるんじゃないか。
何かミスして気づかれちゃうんじゃないか。
忍び寄る不安を懸命に押し殺す。
しかし、意外なくらいに兵士さんは私のことを疑っていなかった。
多分二人組というのが大きいのだろう。
逃走中の王宮魔術師は一人だけ。
加えて、命からがら脱出して逃走している私が、本館に忍び込んでいると思わないのは自然なこと。
うまく裏をかけている。
とはいえ、それでも百人以上の兵士さんが警戒しているわけで、厳しい状況なことには変わりないけど。
「おそらく、エプテオワーズ大聖堂が描かれた絵画のあたりだと思う。埃の付き方が他の絵と違ったから」
小声で言うルーク。
「たしかに、見張りの人も常に二人いるね」
両側から距離を置いて、隠し部屋があることを悟らせないように意識しつつの警戒態勢。
見晴らしの良い長い廊下なので、怪しい動きがあればすぐに気づかれてしまう。
「どうするの?」
「あまり時間も無い。強行突破しよう」
ささやくように言ってから、声を荒げた演技で続けた。
「おい、お前達! この像を俺の部屋へ運べ」
一瞬でルークは別人になっている。
見事な演技力に感嘆しつつ、私も澄ました大人なレディの演技でアシスト。
「それはできかねます、バルドゥール様。今私はこの屋敷を警備する仕事を任せられておりますので」
困った顔で近づいてくる兵士さん。
「俺が言ってるんだぞ。運べよ」
「しかし、それは――」
ルークが動いたのはそのときだった。
不意をつき、素早く後ろに回り込んで拘束して誘眠魔法で眠らせる。
もう一人が慌てて反応したそのときには、私が既に彼の背後に回り込んでいた。
魔法で眠らせて、力なく崩れ落ちた彼の身体を抱える。
「さすが」
「長い付き合いですから」
素早く二人の身体を隠してから、大聖堂の絵画を点検する。
壁を叩いて音を聞いて、隠し扉の機構を判別。
ルークが扉を開けるのに、さして時間はかからなかった。
中に入って扉を閉め直す。
そこは蘇芳香の絨毯が敷かれた小さな部屋だった。
薄暗い魔導式電球の明かり。
三方の壁に書棚が置かれていて、分厚い本と資料が一面に並んでいる。
(ここに第三王子殿下を救う手がかりが……)
時間は限られている。
《固有時間加速》を使って本と資料を一冊ずつ確認していく。
しかし、肝心の手がかりはなかなか見つからない。
それどころか、ヴィルヘルム伯の行っている不正についても扱われている数字が小さいものばかり。
「ルーク。ここ、もしかしたら罠かもしれない」
「罠?」
「時間を稼ぐための囮かもって。なんとなくだけど」
「あり得るね」
ルークは口元に手をやって部屋を見回す。
かがみ込んで、小さく目を見開いてから絨毯をめくった。
「当たりだ。地下に続く隠し扉がある」
絨毯の下にあった隠し扉。
正方形のそれを開けると、井戸のような大きさの穴が広がっていた。
金属製の梯子が打ち付けられていて、地下深くへと続いている。
梯子を下りようとしてルークは、動きを止める。
「ノエルが先に降りて」
「なんで?」
ルークは無言で私のスカートを指さした。
なるほど、たしかにそれは私が先じゃ無いとよくない。
井戸のような穴の中へ降りていく。
吹き上げる生暖かい風。
かび臭い臭い。
梯子の冷たい感触。
地面との距離を確認して、ジャンプして着地。
顔を上げた私はそこにあった光景に絶句することになった。
一面に積まれた黄金の山。
金塊が所狭しと積まれ、照明の明かりをあやしく反射している。
「隠し財産か。随分ため込んでたらしい」
「す、少し持って帰っていいかな?」
「ダメだよ」
二千年くらい遊んで暮らせそうな黄金の量に、パニックになって煩悩に支配される私に対して、ルークは冷静だった。
「奥に棚がある。不正の証拠もありそうだね」
「そうだった!」
第三王子殿下を救う手がかりを探しに来たんだった。
慌てて駆け寄って、棚の資料を点検する。
そこに記録されていたのは、恐ろしい量の不正の山。
裏金、収賄、汚職……社会の闇を煮詰めたような記録の数々。
何より恐ろしいのは、裁判所と裁判官への裏金も多く記録されていることだった。
こんな金額をもらって、公平な判断なんてできるわけがない。
もみ消された犯罪の数々にめまいがしそうだった。
暴行、傷害、脅迫、殺人、強姦、使用人と孤児院の少年少女たちへの性的暴行。
無実の罪を着せられた人たちもたくさんいた。
そうやって敵対者を陥れ、力で屈服させて来たのだろう。
(なんという外道……! 殴りたい……!)
拳をふるわせつつ、第三王子殿下の事件に関連する資料を探す。
しかし、なかなか見つからない。
変身薬の効果も切れ始めていた。
ブロンドだった髪はほとんど元の髪色に戻っている。
この感じだと、あと数分もすれば元通りの私に戻ってしまうだろう。
(早く見つけないと……)
懸命にページをめくっていたそのときだった。
(クレオメネス王毒殺事件……)
失われた古代文明で使われていた言語体系と魔法式。
書かれている内容と魔法式の構造を丁寧に解読する。
(魔法式を織り込んだ毒薬を作る特級遺物と回復阻害の魔法式……)
思わず息を呑む。
ずっと探していたものがここにある。
ここまで詳細に魔法式を特定できれば、《救世の魔術師》ビセンテさんなら間違いなく第三王子殿下を救えるはず。
(これを持ち帰れば、助けられる)
「ルーク! 見つけた! 脱出しよう!」
「了解」
ルークは不正の証拠を持ち帰りやすいように紐で縛ってまとめていた。
極一部しか持ち帰れないのは歯がゆいけど、今は時間が限られているし第三王子殿下を救うのが最優先。
ルークに続いて梯子を上がる。
問題は、探索をしている間に変身薬の効果が切れてしまったことだった。
これでは、侵入時みたいに横暴息子と恋人のふりをすることはできない。
加えて、ナイスバディだった私の胸元は影も形もない無残な状態。
(許せん……私の胸元が控えめになってしまったのも、間違いなく悪徳貴族のせい。絶対ボコボコにしてやる)
行き場のない怒りを、元凶であるヴィルヘルム伯に全力でぶつけようと決意していたそのときだった。
「おい! 俺を気絶させた不届き者を探せ! 早くしろ!」
「犯人はバルドゥール様に化けています! 探してください!」
響く怒声と無数の足音。
「兵士が眠らされているぞ!」
「隠し扉だ! 犯人は隠し扉の中!」
……バレてる。
あちゃーと頭をかく私に、ルークは言った。
「急いで。罠を用意して裏をかく」
冷静な言葉。
「背中は預けるよ、相棒」
思わず頬が緩んでしまったのは、そこに頼りにされてる信頼を感じたから。
ほんと、誰よりも私に期待してくれるんだ、この人は。
だから私もうれしくて、期待に応えたくなってしまう。
気づかれないように口角を上げて、私は言った。
「任せて」






