154 コーヒーとシロップ
私の提案に、シェイマスさんは苦い顔をしていたけれど、最後には納得してうなずいてくれた。
情報を勝手に持ち出されていた取締局の人からすると、その容疑者に協力を要請するというのは受け入れがたいものがあったのは間違いなくて。
それでも、了承してくれたのはきっとこれが、絶対に失敗が許されない強制捜査だから。
(みんな、なりふり構わず第三王子殿下を救おうとがんばってる)
レティシアさんの執務室へと歩きながら、気持ちを引き締めた。
(私も、できることは全部やっておこう)
問題は、レティシアさんが本当に二番隊から情報を持ち出していた犯人なのかどうかがわからないということだった。
シェイマスさんが怪しいと睨んでいる根拠は、まったく隙のない手口と一番隊時代の言動だけ。
実際の先輩の行動に怪しいところはないのだと言う。
『……それ、普通に思い過ごしじゃないですか?』
『そう思うのも当然だろうな。だが、一番隊時代のレティシア・リゼッタストーンを見てきたからこそ、その可能性を考えずにはいられないんだ。あいつならやる。自分に繋がる証拠を一切残さずに』
シェイマスさんの言葉には、不思議な説得力があった。
長年、取締局で幾多の事件を追ってきた人だからだろうか。
根拠が不確かでも、決して軽んじてはいけない意見であるような気がした。
(まずは、レティシアさんが情報を持ち出した犯人なのかどうか突き止めないと)
説得する上で、シェイマスさんに言われた条件は、犯人であることが確定するまで今夜の強制捜査の情報を伝えてはいけないということ。
強制捜査の日時は絶対に外部に漏らしてはならない最重要機密。
知っている人の数は少しでも少ない方がいい。
(外部に漏らすのだけは絶対にダメだ。慎重に言葉を選ばないと)
レティシアさんの執務室へと向かう。
歩き慣れた三番隊のフロア。
しかし、秘密を抱えてるからだろうか。
今はなんだか知らない場所みたいに見える。
(もう着いちゃった。けど、心の準備が)
もう少し歩いてから、戻ってこようか。
逡巡してから、部屋の前を後にしようとしたそのときだった。
「ノエルさん、どうかした?」
背後から聞こえたのは聞き慣れた声。
凜としてかっこいい憧れ大好きな先輩。
レティシアさんがそこにいた。
呼び止められてしまった以上、断って逃げることもできない。
必然的に、私は落ち着かない気持ちで執務室の椅子に座っていた。
「ノエルさんは、砂糖とミルク多めだったわよね」
「いいですよ、先輩。私がやります」
「大丈夫。私こういうの好きだから」
いつも通りの優しい先輩。
出してくれるコーヒー。
しかし、今は少しだけ警戒してしまう私がいる。
(何らかの薬が入ってる可能性は)
レティシアさんがもし悪い人だったとしたら。
無いと思いたくて、信じたくて。
それでも頭をよぎってしまう可能性。
(バカか私は)
首を振る。
あんな風になりたいってずっと目で追っていた先輩。
悪い人なわけないって知ってる。
カップのコーヒーに口づける。
レティシアさんは小さく口角を上げて言った。
「それで、どうかした? なんだかいつもと少し様子が違うけど」
「実は少し、二番隊の人とお話する機会があったんです。その中で先輩のことが話題になりまして」
「私のことが?」
「先輩は何か隠してることがあるんじゃないかって。そして、その隠し事について私も力になれるかもしれない。そう思っています」
経験や駆け引きで、レティシアさんには敵わない。
だったら、全力の熱意と誠意。
本当の気持ちはきっと伝わる。
私はそう信じてる。
「先輩の秘密を話してくれませんか。私、先輩の力になりたいんです」
「………………」
レティシアさんは何も答えなかった。
静かな時間。
漂うコーヒーの香り。
「……わかった。話すわ」
先輩は言った。
「実は父から、結婚相手誰かいないのかって圧力をかけられててね」
「え?」
「私は一人が好きだし、仕事が好きだから結婚に興味はないんだけど。でも、父からすると年頃の娘が一人でいるというのは、世間体もあって嫌みたいで」
「そ、それは大変ですね」
「二番隊には従兄弟がいるから、きっとそこから漏れたのね。この前なんて、『ヒモでもいいからいないのか』って言われちゃって。その後少し考えてから『やっぱりヒモはダメだ!』って言ってたけど」
「大分ご乱心されてますね、お父様」
「正直、少し悩んでる。私くらいの年齢だとみんなそうなんだと思うけどね」
かっこいい先輩の意外な姿だった。
普段のクールで完璧な感じからは想像もできなかった残念女子的なエピソード。
(ギャップがあってむしろ素敵だと思います! 大好きです!)
やっぱりレティシアさん良いなぁって思ってから確信する。
(レティシアさんは何も隠してない。二番隊から情報を盗み出しているのは別の誰かだ)
でも、そうなると浮かんでくるのは次なる疑問。
犯人は二人いる、とシェイマスさんは言っていた。
(一人はルークと仮定するとして、もう一人はいったい……?)
香ばしいコーヒーの後味と共に、そんな疑問が残った。






